橋の下の竹
短期連載の予定です。
予約投稿はしないで、毎日少しずつ更新していきたいと思います。
『はあ?マイク◯ソフ◯の冷蔵庫ぉ?』
俺は想わず声を上げた。
カウンターの向こうにいた店員がチラッと無関心な目を向ける。居酒屋では酔って大きな声を出す客も多い。
「おいおい、いつからあそこが家電メーカーになったよ、タク?」
水無瀬 拓は、チューハイを一口飲んで
割り箸を置いた。
「いや、ホントなんだってよそれが。大学の後輩がさ、どっかの企業のコンペに応募して、もらった賞品で。」
拓はニヤニヤ笑いながらスマホを取り出す。こいつの出身大学は、誰もが知る有名大学だ。
俺の目の前に突き出された画面には、確かにあの有名なロゴのついた、小型冷蔵庫が映っていた。
「ウソみたいだよなー。」
拓は、更にニヤニヤしながら箸を手にした。
「賞品用の特注品とか、そういうのかもしれんが、あるっちゃあるわけだ。これが証拠な、総司。」
「まあ、そうか。」
俺は曖昧に言葉を濁した。つまらないことを面白がるのは、拓の癖だ。嫌味な奴じゃないが、今は拓のしたり顔がなんとなく鼻につく。
それは、俺のひがみってやつかもしれないと思う反面、なんでこいつばかりが、という苛立ちは消えない。
同じ地方都市で、小中高まで同じ学校で過ごした。
幼馴染、いや、親友だと周りは思っているはずだ。だが、俺たちの今の立場は相当隔たっている。
俺って男は実に了見の狭い奴だと、我ながら嫌気はさすのだが、事実は事実。
俺は高校を卒業後、建築関係の専門学校に進学し、拓は大学に進んだ。
二人とも、実家はそんなに裕福じゃない。頼みは奨学金だけだった。
俺は無利子と有利子、両方のタイプを借りたが、拓は返済不要の奨学金を、それも複数獲得した。
卒業して10年も経つと、この差がいかに大きいか、改めて思い知らされる。
差はそれだけじゃない。
建築と測量の資格は取ったものの、中堅とも言えない小企業で、やっと主任と呼ばれるようになった俺。
かたや、誰もが知る大企業で、同期を尻目に課長補佐になった拓。
聞いたことはないが、収入だって段違いだろう。
社会のヒエラルキーなんかに踊らされるのは、バカな話とわかっていても、内心面白くはない。
そんなことを考えながら、一気にチューハイを煽った俺は、拓の隣にいつのまにか座っている、見知らぬ男に気がついた。
俺と拓は、カウンター席に座っている。今日は水曜日で、客は7割の入り。
カウンターにも、テーブルにもまだ空きはあるが、何故かその男は拓の隣に座っていた。連れはいないようだ。
「鹿島さん、こんなに酔うまでどこで飲んでたんです?」
拓が男に話しかけた。
知り合いか?どうもそうらしいが。
俺は拓の声に滲んだ微かな苛立ちに気付いた。
あまり嬉しくない相手のようだ。
拓ごしに男を観察する。
歳は俺たちより少し上か。
男はひどく痩せていた。
拓は身長170センチあるなしで、痩せ型だが、鹿島と呼ばれたその男ときたら、痩せこけている、という形容がピッタリだった。
上背は、180センチの俺と同じくらいありそうなのだが、猫背の背中は曲がり、髪は伸びすぎている。
人一倍お洒落な拓と比べると、男の身なりは全くいただけなかった。
ホームレス、とは言わないが、垢じみたワイシャツの襟や袖口にはシミが点在し、こけた頬のまばらな無精髭は不潔にしか見えない。
いや、最近のホームレスには、もっと身綺麗なのだっているだろう。
コイツと比べたら、却ってホームレスの皆様に失礼では、と思ったとき、その男が俺を見た。
イヤな視線だ。
卑屈なくせに不躾。こっちを探るような、嘲笑するようなその目つき。
俺は一眼でこの男が嫌いになった。
「水無瀬くんよ、そっちはお友達?」
男の声は低く、くぐもって聞き取りにくい。酔っているせいか、それとも元々こういう声なのだろうか。どっちにしても、外見には似合っていると言えた。
「あ…。」
拓は戸惑ったように俺を見た。
視線は、何だか俺に謝ってるみたいに見える。確かに、この鹿島って男、好んで同席したいタイプじゃない。
俺のことは気にするな、と拓に軽く頷く。
付き合いが長いだけに、それで通じたようだ。悪いな、と言うように目だけで会釈を寄越して、拓は男と俺とを紹介した。
「へー、水無瀬くんの幼馴染か。じゃ、俺とも同郷ってわけだ。よろしく。」
「あ、どうも。」
拓越しにグラスを合わせる。
「同郷っても、鹿島さんとこと俺らのとこじゃ、市町村も違うし。」
「ああそらまあそうだが、あの川が流れてんのは一緒だろ。」
「川って、〇〇川ですか?あれはかなり長いですから。」
「昔から暴れ川で有名だしな。」
拓と鹿島はそんな話をはじめた。
その川はたしかに郷里を流れているが、俺たちの家からはわりと遠い。しかし、鮎釣りなんかで割と有名で、俺も子供の頃、泳ぎに行った記憶があった。
しかしこの鹿島って男、見れば見るほどうらぶれた感じが強くなる。人一倍身だしなみに気を使う拓の隣だから、余計に目立つのかもしれないが。
聞くともなしに聞いていると、どうやら鹿島は、拓の会社の先輩だったらしい。
だった、というのは、今はもう会社を辞めているからだ。退職後、郷里で農業をしているはずが、何故か今も東京に住んでいるようだ。その辺りの経緯については、鹿島は言葉を濁した。
あまり言いたくないらしい。家族についても同様で、今のこの有様を見ると、人生は彼にとって、過酷な時期にあるらしかった。
拓は察しよく話題を切り替えた。
気が利くのは昔からだ。
「最近はあの川も、でっかい堤防ができたらしいですよね。」
「そうらしいな。水無瀬くん、それにお友達も、〇〇川はよく知ってるだろう?」
俺たちは頷いた。その川は、百人一首にも出てくる、らしい。
あいにく、俺は古文は苦手だったが。
「あの川には、色々と伝説やら云われやらがあってな。例えば、橋の下の竹とか。」
俺たちは顔を見合わせた。
「なんですかそれ?」
話を振ってみると、鹿島は得々と語りだす。
それは、概ねこんな話だった。
昔。
暴れ川として知られたその川は、繰り返し氾濫した。谷は土石流で埋まり、山は木々を乗せたまま崩れ落ちた。
家が、作物が、人や牛馬までが流されて、時には村が全滅することもあったという。
自然と、命と生活を守るための取り決めが
流域の村に生まれていった。
例えば、その一つ。
大規模水害が発生した場合、多くの死者が出る。遺体は、身元がわかれば家族親戚のもとに帰るが、当然どこの誰やらわからない遺体もあった。
そんな遺体は、それが流れ着いた村が責任を持って葬儀を執り行わねばならない。
これはいつしか明文化された定法として、流域の町村で広く認知されていた。
だが、縁もゆかりもない死者など、正直言って厄介なお荷物にしか過ぎない。誰もそんなもの欲しくはないだろう。
ならばどうしようか?
要は、自分たちの村に流れ着きさえしなければ良いのだ。
そこで、竹の出番となる。
土左衛門が岸に寄ったら、役人や大勢の目に触れて既成事実となる前に、流れの中央に押し戻してしまえばよいのだ。
あまり褒められたことではないから、大っぴらにはできないが。
そんなわけで、橋の下などに、枝葉を落とした長い竿竹が常備された。
バレたら、下流の村々からの顰蹙を買うのはもちろんのこと、下手をすれば、不当に義務を逃れたとして、罪に問われかねない行為である。みな同じことをやってはいるが、本音と建前は区別されなければ。
だから、竹はひっそりと使用された。
人間くらいの大きさの動物の死体が流れ着きやすい場所は限られている。
上流で川の氾濫があれば、下流の村々では早朝の川霧に紛れて竹が使用された。
だが。
この役目、〝川番〟に当たる村人に、不可解な異変が起きはじめたのだ…。
ぢみ〜な展開ですみません。
徐々に色味のある華やかな場面も加えて行きますので、もう少しお付き合い下さい。
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