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悪いのはどっち?

「ギルラック!酷いじゃないか!」


 案内を終えたのか、昼休みが半分終わった頃に二人は戻ってきた。


 和気あいあいとした雰囲気はなく、殿下はギルを睨む。怖さは全くない。


「君のせいで僕とデイジーが先生に怒られてしまったんだよ」

「はい?」

「君が案内をしろと言ったのが原因なんだ。当然、君の責任だ。違うか?」


 違うかな。


 時間を気にせず勝手に行った殿下のせい。


「俺はちゃんと、昼休みにでもと言いました。最後まで聞かず飛び出したのは殿下でしょう?」


 余裕の返し。


 そんなことは聞いていないと反論するも、証人は教室にいる生徒全員。


 味方が一人もいないことに面食らっていたけど、すぐに殿下のほうが折れた。


「わかったよ。じゃあ、そういうことにしておいてあげる」


 というより。寛大な心の持ち主アピールだった。


 ギルってほんと忍耐力をありすぎ。よくこんな人と今までずっと一緒にいられたよね。


 私なら半日ともたずに辞めたい。


「これ。代わりに書いておいて」


 手渡されたのは二枚の紙。


「反省文だよ。今回は僕のせいってことにしてあげるけど、本当は君が悪いんだから君が書かないといけないだろ?デイジーの分と頼むよ。あ、わかってると思うけど筆跡は変えるんだよ。君のせいでまた怒られるなんて嫌だからね」

「お断りします」


 ニッコリと笑みを浮かべながら用紙を突き返す。


 突然の態度の変わりっぷりに殿下は混乱している。


 側近候補を頼めば何でもやる便利屋とでも勘違いしていたのだろう。


 側近の仕事は補佐ではあるものの、殿下がやらせてきたことのほとんどは自身がやらなくてはいけないこと。


 これまでは側近候補で、将来の主君になるはずだったからある程度は手を貸してきた。


 側近候補でもない。主君にもならない殿下の雑用をこなす必要はないのだ。


 次の授業は自習となり図書室で本を読むことになった。移動のため教室を出ようとするギルの手を掴む。


 簡単に振り解けるのに敢えてそうしない。


「君は僕の側近だろう?なら、僕のために」

「陛下から聞いていませんか?俺は昨日付けで貴方の側近候補から外れています。ですので、これまでと同じように接せられても困ります。他の人に頼んで下さい」


 寝耳に水。


 つい昨日までは尽くしてくれていた従者がいきなり手の平を返したように冷たい。


 冷静に状況を理解出来るわけもなく、ギルを掴む力が強まる。


 顔が良い者同士、手と手を取り見つめ合う姿は面白い。


 正確には一方的に掴まれているだけだけど。


 ギルは特に優秀だから、玉座を継いだ後も全てを丸投げするつもりだったに違いない。


 お互い、殿下から解放されて良かったね。


「仮に辞めたとして」


 仮にじゃなくて本当にだよ。人の話、聞かないな。


「僕達は友達だろう?友達がこんなにも頼んでいるのに、手を貸してくれないのかい」


 ほとんど命令に近かったような。


 側近と言ったり友達と言ったり。思いついたことを口にしてるだけだから支離滅裂。


 物事を都合の良いようにしか見られないフィルターは、どうやったら外れるのか。いくら現実を突き付けても瞬時に変換されてしまう。


 必死に頼んだのに冷たくあしらわれたというのが殿下の言い分。


 そもそも反省文は本人が書かなくては意味がない。


 書き方がわからない、あるいは、反省するべきことがないから書けない。一体どっちなんだろう。


 絶対に後者だ。


 編入したばかりで心細い愛する彼女のために一肌脱いだだけで、怒られるようなことはしていない。むしろ、教師が気を利かせて自分に案内を頼むべきだったと呆れているのかも。


「主従は友達にはなれませんよ」


 今のを訳すと友達ではない、になるけど伝わっているかな。


 事前に友達になろうと言われていたら、友達になれていたかもしれないのに。


「大丈夫だよ。ギルラック。僕達は十年の付き合いじゃないか。何も気にすることはない」


 案の定、伝わっていない。


 あのドヤ顔を真正面から見てしまったら、心底怒りが湧いてくる。


 心なしかギルの瞳から生気が感じられない。


 ──うん。私もそういう目、よくしてたよ。


 怖いを通り越して面白いくらいに話が通じたことはない。


「もうセリアってば。さっきからカッコ良すぎよ。私はセリアのこと大好きなのに、もっと好きになっちゃうよ」

「僕だってデイジーの可愛いとこを見てると、もっと好きになってしまう」


 なにこれ。


 一日に決められた回数イチャつかないと死ぬのかな。


 二人だけの世界に入ってしまえば周りの人間は視界から消えるみたいで、ギルを掴む手は離されていた。


 クラッサム嬢の両肩に手を置き見つめ合う。背景に花を浮かべて。


 私達が授業を受けている間に二人きりで何をしていたかは想像するつもりはない。


 王子が授業をサボって婚約者とイチャついていたなんて、陛下に報告案件。


 帰っても叱られる未来が待ち受けているのに、よくもまぁ人目も気にせずあそこまで……。


 あれでよく私に復縁を申し込めたよね。


 今の内にと、誰も二人に声をかけることなく移動を始める。


「災難だったね」

「本当だよ」

「まさかと思うけど。今まで代わりにやってたとか、ないよね?」

「やったほうが早いんだよ。俺らだって最初のうちは説明しながら自力でやってもらってたけど、あまりにも理解してくれないからさ」


 思い出すだけで深いため息が出るなんて、よっぽど酷かったのか。


 疲れが顔に出すぎている。


 そんなに嫌ならもっと早くに辞めたら良かったのに。あんまり無茶ばかりしてると体壊すよ。ストレスで。


「放課後さ。甘い物でも食べに行かない」


 ギルはこう見えて甘党で、食後に必ずデザートを食べる。多いときには三度の食事とおやつにも食べるのだからよっぽど好きなんだ。


「急だな」

「私もギルも頑張ったでしょ。お疲れ会しよ」

「それならタナールもだよ。アイツも辞めるんだってさ」

「じゃあ三人で行こっか」

「行くのは決定なのかよ」


 殿下から解放された幸せを語り合いたい。


「顔が浮かれすぎ」

「だって嬉しいんだもん。殿下と結婚しなくていいなんて」


 スキップしながら鼻歌でも歌いたい気分。


 屋敷の中なら本当にしてた。それぐらい嬉しくてたまらない。


 私の喜びをわかってくれるのは、同じく殿下の傍にいて迷惑を被っていたギル達側近候補。


「それならさ。エアルも誘わないか。いくら友達だとしても女一人だと、どんな噂が流れるかわからないし」


 エアルはタナールの婚約者で学園を卒業後、結婚することが決まっている。


 二人は仲が良く、会えない日は手紙の交換をして、休みの日は街にお出掛け。理想のカップルとまで言われるほど。


 私の友達でもあり、殿下と婚約中は何かと気を遣ってくれたものだ。


 学園に在学している婚約者同士は親睦を深めるためにも、なるべく同じ時間を過ごすことが当たり前となっていた。


 私達は同じクラスで手紙のやり取りもしていて、いずれは結婚する。せめて学園にいる間だけでも距離を置きたいと言われて一度として昼食を共にしたことはない。


 一緒に食べてくれる友達は大勢いるし、殿下と食べるより楽しい時間を過ごせそうだったから受け入れた。


 朝、一緒に登校するのは殿下がお父様を気にしているから。婚約者をほったらかしにしていると思われ目の敵にされることを恐れている。


 実際は、迎えに来る度に舌打ち(無意識)して機嫌悪くなっていたけど。自由の時間を私に奪われていると思っているらしい。


 放課後は勉強や公務が忙しいからと、一緒に帰る日は多くなかった。ギルからの報告で何もせずダラダラした時間を過ごしていたことはわかっている。


 私がそれを咎める理由はないし、私も私で忙しかった。王妃教育が。なので報告だけ聞いて、後のことは陛下と王妃様に丸投げ。


 クラッサム嬢とは常に一緒にいたいらしい。盲目的に人を好きになると、あんな風になるのか。


 改めて、私達の関係が政略の意味を持っていて良かった。仮にも愛なんてものが芽生えていたら地獄。


「アン様。朝は大変でしたね」


 これまた殿下から解放されたタナールの声は弾んでいた。浮かれているのがよくわかる。


 今日は珍しくエアルと昼食を摂っていないようだ。婚約者ばかりを大切にして友情を蔑ろにしたら本末転倒。


 そういうところをお互いに理解し尊重し合っているからこそ憧れられる存在となる。


 私もいつか恋をするなら、この二人をお手本にしたい。


「やめて。思い出したくないの」


 奇行と茶番。一度に巻き込まれるのはこれっきりにしてもらいたい。


 思い出すだけで頭痛が。


 私が痛い思いをしている内にギルが話をしてくれて、放課後は四人で甘い物を食べに行くことになった。

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