婚約破棄→復縁?
「じゃあ辞めるんだ。側近」
「俺はまだ候補だよ。そもそも始めからなるつもりはなかったし」
王立学園。貴族が三年間通う学校。
今日は珍しくギルに一緒に登校しようと誘われた。
昨日の今日で話したいこともあり、断る理由はなかった。
馬車はお父様からのお許しが出なかったため、こうして歩く。見知った相手だからこそ、密室で男と二人なんて許さないと。
ギルは友達なんだから、そんな心配しなくてもいいと思うんだよね。
ギルと二人で登校するのは何気に初めてだ。いつもは必ず殿下がいたから。
お守りから解放されたギルは伸び伸びしている。ストレス溜まりそうだよね。殿下の近くにいるのって。
私が婚約したときから殿下の傍にいたから、かれこれ十年か。
──お互い、色々と頑張ったね。
遠い、遥か昔のように懐かしんでいると、ギルの足が止まった。
「おい。あれ……」
どういう感情なのか声は震えている。
指の先を追って見ると、なんと、殿下が花束を持って正門に立っていた。
──何あれ、怖っ!
まさかクラッサム嬢を待ってるの?
元平民だったクラッサム令嬢は貴族になっても、すぐに学園に来ることはなかった。制服の準備やある程度の教養を身に付けてからでないと。
ある程度の教養を身に付けてあの振る舞いをしてたのなら、貴族令嬢としては致命的。いつか足元をすくわれる。
私には関係のないことだし、どうでもいい。
関わりたくはないけど一応は王子だし、挨拶だけはする。
「おはようございます、殿下」
関係が消えても毎日のように顔を合わせなくてはならないのは苦痛。
胸が苦しくて辛いとかじゃなくて、普通に嫌なんだよね。何が嫌かよく分からないけど、とにかく嫌だ。
「待ってたよ。アンリース。君と結婚してあげるよ」
そう言って目の前に可愛らしいピンクの花束を差し出してきた。
物腰の柔らかさは幼少期より叩き込まれたもので、それだけは唯一王子らしい振る舞いとも言える。
傲慢な態度は嫌われるだけ。人徳を得るためのものなのだろう。
──そういう計算は出来るのに、どうして手のつけられないようなバカに育ったのかな。
殿下の笑顔は柔らかく、幾度となく見てきた“婚約者セリア”そのもの。
これはどんな嫌がらせなのか。
私よりもずっと近くにいたギルに助け、もとい、通訳を求めるもギルにも何が何だかわかってないようで顔をしかめていた。
「遠慮しなくていいんだ。受け取って。これは僕の気持ちだ」
「いりません」
そもそも、これから授業を受ける人間に花束渡すってどんな神経してんの。
邪魔で仕方ない。
一度帰れってことなの?
意味のわからない花束を貰うなんて怖すぎる。
「お金のことなら気にしないで。僕が買った物なんだから」
そりゃそうでしょ。
受け取ったあとに請求してくるような小さい男が王子だなんて絶対嫌。
今すぐにでも王子やめて欲しい。
「花も気持ちもいりません。欲しくもありません」
「わかるよアンリース。僕がデイジーと新たに婚約したから怒ってるんだよね。でも、大丈夫。君のことは僕が貰ってあげるから」
「えーーっと。クラッサム嬢とは別れるということですか?」
「あはは。面白いことを言うね。やっぱり君はちょっと頭が弱いみたいだ」
は?バカにバカって言われた。
完膚なきまでに言い返したいけど、関わりなんて持ちたくないからこのまま無視したい。
会話としては成立してるようだけど、実際は自分の言いたいことだけを言っているだけ。
殿下とまともな会話をした記憶はあまりない。いつだって私が合わせていた。
「僕の正妻はデイジーだけだ」
もういい。その先は聞かなくても何を言おうとしているのかわかった。
せめて周りに誰もいない二人きりだったら、口にしても良かったんだけど。
隣にすぐ報告する人がいるからな。仲が良いわけではないのに、頻繁に手紙のやり取りをしている。
ほとんどが私に関することだけど。
お父様を敵に回してタダで済むわけがないのだから黙っていて欲しい。
「アンリースには側室の座を用意するよ。これだけは先に言っておくけど、僕の愛はデイジーだけのもの。君にも体面というものがあるだろうから月に一度、寝室を共にしよう」
ここまでの侮辱を朝から聞く羽目になるなんて誰にも予想は出来ない。
一部始終を聞いていた生徒は殿下を睨み付ける。
頭の中お花畑なんかじゃなくて、空っぽなだけ。
私は婚約者に選ばれてから厳しい王妃教育を受けてきた。なりたくもない王妃になるための勉強は本当に苦痛。
話を受けた当初は、好きでもない人との結婚だけど、政略結婚とはそういうもの。子供ながらに現実を受け止めた。
でも、殿下と接するようになって嫌な気持ちにもなった。王妃になるということよりも殿下と結婚しなくてはならない決められた未来が。
王子という肩書きがあるにしても、頭の出来が悪すぎてマイナスにしかならない。
唯一、誰に対しても物腰が柔らかいことはプラスだったかな。
第一王子は皆に期待される存在。努力の人だと勝手に決め付けていたのもガッカリして失望した要因の一つ。
それでも!耐えて耐えて頑張った私の努力を嘲笑う台詞。
王妃になるために教育を受け続けてきた私を、あろうことか側室に迎えるなんて。
それだけならまだしも、全ての仕事を私に押し付けて二人は仲良くイチャつくつもり。
魂胆が見え見えすぎて腹立たしい。
「殿下。私達はもう赤の他人です。気安く名前を呼ぶのはやめて下さい」
これは昨日、殿下が言ったこと。私達はもう他人であると。
他人同士は気安く名前を呼ぶ仲ではない。きちんと線引きはしてもらわないと困る。
「はぁ。アンリース。意地を張らなくていいんだよ。僕と婚約破棄した君にまともな縁談なんてくるわけないんだから」
どれだけ自分を過大評価しているのか。
残念ながらお父様にお願いすれば、私は誰とでも結婚出来る。殿下以上の男性と巡り会える可能性のほうが遥かに高い。
わざわざ殿下如きに貰われなくても嫁の貰い手はいくらである。
私の代わりにギルが声を荒らげて怒ってくれようとしているけど、袖を掴みゆっくり首を横に振った。
バカの怖いところは考えなしのところ。
ここでギルが正論をかましたところで不敬と騒ぎ立て、ノルスタン家が処罰される。
私のせいで罪なき人が罰せられるのは我慢ならない。
「ご心配ありがとうございます。ですが。余計なお世話ですわ」
すぐに受け入れられないことにムッとした様子。
「意地を張らなくていい」
「婚約破棄を望んだのは殿下です。そして私はそれを受け入れました。私達は既に赤の他人なのです。これからはリードハルム嬢とお呼び下さい」
「うん。だからね。やり直してあげるって言ってるんだよ」
なぜ、浮気したほうに復縁する権利があると思っているのか。普通はされた側、私が決めることなのに。
そうか。この人は私が殿下を愛していると思い込んでいた。だから復縁を申し出れば喜んで飛びつくと思っている。
手紙にも、言葉でも、一度たりとも好きだなんて伝えたことはないのに。
もしかして、クラッサム嬢との記憶を私にすり替えてるんじゃ。
だとしたら迷惑なんてものじゃない。
これ以上の会話は時間の無駄。
「殿下。私は殿下とやり直すつもりはありませんので。どうぞ新しい婚約者と末永くお幸せに」
それだけ伝えて教室に向かう。遅刻したくないから。
「可哀想なセリア!」
茂みに隠れていた(チラチラ頭は見えていた)クラッサム嬢は花束を持ったままの殿下に駆け寄り慰める。
花を捨てるのは可哀想だから自分が貰うと。クラッサム嬢の見え透いた優しさに感激し、殿下は
「やはり僕の天使はデイジーだけだ」
復縁を望んだ数秒後、他の女とキスするような不誠実な男とやり直したい人はいない。
私は二人の愛を確かめるための茶番に付き合わされたのかな?だとしたらなんてはた迷惑。
──そんなに二人愛し合っているなら、どうぞご自由に。
心の底から祝福してあげますよ。私を巻き込まないならね。
二人だけの世界に入った彼らを放って、他の生徒も教室に急ぐ。チャイムの音、聞こえてないな。絶対。
「ねぇギル。もしかして殿下」
「だろうなぁ」
頭を悩ませる奇行に走る理由はただ一つ。
楽しいパーティーを終えて帰ったあと、陛下から告げられた。
婚約は滞りなく破棄され、同時に王太子ではなくなると。
幸せから絶望に真っ逆さま。
どんな顔をしていたか、容易に想像がつく。
真実の愛を選んだのなら、玉座は諦めるべきなのに。




