数年後の話。手にした幸せ
子供が生まれた。名前はアリス。
可愛くて、天使みたい。私とギルだけではない。みんながアリスを溺愛している。
──今ならお父様達の気持ちがよくわかるわ。
生まれてきてくれただけで愛おしい。
髪は私と同じで白く、瞳はギルの透き通る美しい漆黒。
あまり長い髪が好きではないようで、伸びてきたらすぐ切るようにしている。
すくすく育ってくれて、一人で歩けるようになった。誰かの後ろを追いかけるのが好きで、振り返ると極上の笑顔を見せてくれる。
ノルスタン家に嫁いだとはいえ、実家との繋がりが消えるわけでもなく。
両家の仲は最高に良い。
お兄様がお父様の跡を継ぐのは、もう数年先。
私もノルスタン家では良くしてもらっていて、実家にいるのとあまり変わらない気がする。
風の噂で聞いた。
旅商人として働くとある二人があまりにも使えなくて、途中で荷馬車を降ろされた。
金髪の男性とピンク髪の女性だとか。
降ろされた場所は紛争地帯。既に争いは終わり、和解していたため巻き込まれずに済んだ。
平和協定を結んだ両国の前に現れた金髪の男性は、自分はとある国の王族だと叫び保護を求めたものの無視された。
信じてもらえなかったのは、機密事項を何も知らなかったから。
興味のないことは右から左へ抜けていくセリアが、国のことを覚えているはずもなく。だからこそ、国外に追放する荒業が使えた。
おっと。金髪の男性がセリアであるという証拠も確信もないのに決め付けるのはよくない。
被害妄想が激しいと判断された二人と関わりを持ちたくない両国は、南にある小さな村に連れて行かれた。
そこは働きによって食料が支給される、帝国に支配された村の一つ。
一度入ったら二度と出ることが許されない村の形をした牢獄。
その噂を聞いたのは、領地からあの二人が追放された一年後。土地を巡った争いが終結し双方が和解したのも、ちょうどその頃。
デイジーの母親は今も娼館で働いている。借金には利子というものがあり、メーディお義姉様が用意した契約書にも記載されていた。
何年働けば解放されるのか。希望なんてなく、絶望の中で生きていくしかない。
──読まずにサインするほうが悪いのよね。
旅商人の名前は広まっていき、世界中の貴族が彼らの到着を楽しみに待っている。特にピンクダイヤモンドをあしらったアクセサリーは、幸運を呼ぶと噂が流れ今ではほとんどの貴族令嬢が身に付けている。
最初は商品を売るために彼らがついた嘘だったのに、ピンクダイヤモンドのイヤリングを付けた令嬢がずっと反対されていた恋人との結婚を許してもらえたことから噂は真実となった。
「どうしたんだ、アン。窓の外なんて眺めて」
振り向いた先にいたのはスーツを着こなすギル。柔らかい笑みを浮かべたまま、隣に腰を降ろす。
「昔のことをちょっと思い出していたの」
第一王子セリアの存在は、まるで最初からいなかったかのように、誰もその名を口にすることはなくなった。王宮に飾られていた肖像画も撤去。
「もしかして義兄様の結婚式のこと?」
お兄様とメーディ様の結婚は私の卒業後を予定していたけど、問題が片付いたため予定より一年早く式を挙げた。
メーディ様……お義姉様の花嫁姿は綺麗すぎて、女神が降臨したのかと思うほど。
次は私の番だと微笑まれると、美しさのあまり立っているのもやっとでギルに支えてもらっていた。
お祝いしてくれたお兄様の友達も目を奪われていたけど、誰もが心からの祝福の言葉をかけた。
二人はとてもお似合いで、そう遠くない未来で理想の夫婦と憧れられるだろう。
「義姉様、綺麗だったな」
「ええ。見とれちゃった」
「でも。俺は、アンが一番綺麗で、一番可愛い」
そう言ってくれるギルは微笑んでいて、ドキッとしてしまう。
「ねぇギル。私ね。あのとき婚約破棄をされて良かったって思ってる」
「どうした。急に」
「婚約したままだったら、死ぬまで面倒見ないといけなかったのよ?」
「あー……それ言われるとそうだな。面倒事も責任も全部押し付けてこられると最悪」
「それにね。好きな人と結婚も出来て、子供も生まれた。すごく幸せなの」
ギルのことが好きだとわかっていなかったあの頃は、ギルの隣にいるのが自分じゃないことが嫌で嫌でたまらなかった。
見知らぬ相手に嫉妬していたのだ。
そんな私をギルは受け入れてくれた。好きだと言ってくれた。
「失礼します。アリス様がアン様にお会いしたいと」
リザに抱っこされたアリスはご機嫌。天使の笑顔を振りまいている。
可愛すぎて胸がキュンとした。
私の隣にいるギルが視界に入っていないらしく、リザの瞳には私しか映っていない。
これはいつものことだ。ギルのことが嫌いなわけではない。リザにとって私が一番なだけで。
「アン様。そろそろ準備をしないと間に合いませんよ」
「もうそんな時間?ごめんねアリス。お着替えしなくちゃいけないから、パパと待っててくれる?」
「うん!ママ、おひめさまになるんだよね」
アリスは過去に出会った平民の彼女と違い、脳内がお花畑ではない。
悪いのはギルとリザ。
私の知らない間にアリスに、私がドレスに着替えたらお姫様になると嘘を吹き込んだ。
もちろん、そんなことアリスは信じていなかった。
あまりにもギルが本当のことのように言うから、私の侍女であるリザに聞いたところ「そうだ」と答えたのが原因。
最も、私の近くにいる二人がそう言うならと、信じてしまった。
私もちょっとした仕返しにギルは王子様だと言ってしまい、今ではすっかり私とギルを、お姫様と王子様と思い込んでいる。
子供のうちだけの夢なら壊すことはなく、このまま見させてあげようと訂正はしていない。成長すれば嘘であったと気付くはず。
その日までは夢を見ていて構わない。アリスはまだ、子供なのだから。
リザに手伝ってもらい青色のドレスに着替えた。
「アン様は幸せですか?」
「ええ。幸せよ。とても」
毎年、リザは聞いてくる。私の誕生日に。
答えは変わらない。
私は幸せだ。十六歳の誕生日に婚約破棄をされてから。
最初のうちは復縁を望まれ心底鬱陶し……煩わしかったけど、偽装とはいえギルとの婚約。
今ならわかる。本当はちょっと嬉しかったんだ。
「皆様がお待ちです。行きましょう」
答えに満足したリザは、紳士顔負けスマートにエスコートをしてくれる。
部屋の外で待機していたギルは戸惑い、そんなギルが面白いのかアリスはキャッキャと笑う。
会場の前に到着するとリザは、エスコートの役目をギルと交代した。
扉が開く。私達が最後。
会場にはお父様を始めとした家族、そして大切な友達がいる。
ギルの腕でもぞもぞしているアリスを降ろすと、一直線にスターシャとルルの元に走っていく。
スターシャは男の子だけど、お義姉様に似てとても美しい顔立ち。性格はお兄様似で、歳下には優しく甘い。そのため、アリスとルルのお兄ちゃんみたいな存在。
ルルはタナールの髪色を遺伝して濃い真紫。両親から受ける深い愛情もあって、気にする様子はない。可愛らしい顔をした男の子。でも、性格は男らしい。
どうもアリスはルルが好きみたいだけど、それが恋愛感情だといつ気付くのか。
私に似て鈍感にならなければいいけど。
スターシャは完全にお兄ちゃんポジションのため愛情を感じていても恋愛ではなく家族愛に分類される。
まだ子供なのに、まるで親のような優しく温かい目で二人を見守っていた。
「アン。誕生日おめでとう」
誰よりも先に私を祝ってくれたのはギル。
「そして、ありがとう。俺の幸せになってくれて。ありがとう。アンの幸せに俺を選んでくれて」
私は幸せだ。胸を張ってそう言える。
好きな人が隣にいてくれて、好きな人を愛せる喜び。好きな人に愛される喜び。
一回目の婚約破棄は悲しくもなければ辛くもない。あの日の私は全然、《《可哀想》》でもない。
「私のほうこそ、ありがとう。私を好きになってくれて」
溢れる感情のまま少し背伸びをして、ギルの頬にそっと唇を押し当てた。
こんなこと気分が上がって浮かれていなければ出来ない。
した私よりも恥ずかしいけど、されたギルはもっと真っ赤で顔を見られないように必死だった。




