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婚約破棄の結果

 まだパーティーは序盤だというのに、慌てて出てきた私に御者は驚いていた。


 外にいたら何があったかわからないから当然の反応。


 説明している暇はなく、とにかく急いで帰ってもらう。危険のないギリギリのスピードで。


「おかえりなさいませお嬢様。旦那様が応接室でお待ちです」


 門の前で侍女のリザが既に待機していた。


 いくら何でも情報手に入れるの早くない?婚約破棄されたの今さっきだよ。


 リザの表情はどこか冷たく、これから起こるであろう出来事を受け止めるしかないのだと実感する。御者もどこかただ事ではないと察知して静かに私を見送った。


「失礼します。お父様」


 ノックをして入室許可を得て中に入ると、お父様は窓辺に立って外を眺めていた。


 窓に映るお父様の顔は険しく、ガラス越しに合う目が怖い。鋭い眼光に目を逸らしたくなる。


「私はお前と殿下が婚約していたから今まで我慢してきた」


 振り向いたお父様は泣く子が更に泣いてしまうほど、眉間に皺が寄りすぎている。声もいつもより低い。


 娘の私でさえ息を飲む。


 これは相当お怒りだ。


「アンリース。私が何を言いたいか、わかるな?」

「はい」


 お父様がソファーに座るとタイミング良くお母様とお兄様までもが応接室に来た。


 二人ともお父様に負けないぐらい冷たい表情。血は争えないようだ。


 空気が重たい。


 紅茶を淹れてくれる執事長のフランクにいつもの和やかさはなく、もう終わりだと物語っていた。


 こうなってしまったら私にはどうすることも出来ない。


 せめて祈ろう。最悪の事態にならないように。


「先程、アンリースとセリア殿下の婚約破棄が決まった」


 まだ決まってはないですよー。


 あくまでも殿下の独断。ま、すぐに破棄することになるだろうけど。


「我らの天使を泣かせた不届き者には死を」


 なんて、カッコ良い顔して言うから嫌なんだ。


 誰も異議を唱えないどころか大賛成。


 あと私は泣いていない。泣いて悲しむほど殿下のことなんて好きになったことはなかった。これっぽっちも。


 彼らの言う不届き者とは殿下のこと。王子を殺そうとしてるよ、私の家族。


 家族だけじゃない。使用人も含めてこの屋敷の人間は私が好きすぎる。


 自意識過剰とかじゃなくて本当に!!


 だからなんだろう。六歳でセリア……じゃなかった。殿下と婚約したことにより我がリードハルム家は第二王子の派閥に入った。


 表向きには第一王子なんだけど、何もしないんだよね。一切の協力をせず、傍観を決めるだけ。


 王太子で優秀な従者が傍にいるから困っても私達に助けを求めることもない。最悪、王族の権力を使えばどんな問題だろうと解決出来る。


 それが仇となってしまい婚約者の実家が自分を支持していないことに気付けていない。


 後から文句を言われないようにお父様もお母様も、一度も口にしていないのだ。第一王子を支持するなんて。ただ王命で仕方なく、私と殿下が婚約をしただけ。


「王子だけでは生ぬるいわ。浮気相手にもきっちり報復しないと」


 お母様。言葉が物騒です。


 報復ということは相手の素性は調べ上げているのか。

 それならそれで私に教えてくれてもいいのに。浮気相手がいたって傷つきはしないっての。


 好きじゃないし、好きになろうと努力したこともない。


 浮気相手、もとい、デイジーはなんと元平民。男爵に見初められた母親が再婚し貴族の仲間入り。それも二ヵ月前に。


 それじゃあ貴族としてのマナーが身に付いていなくて当然。


 お母様の調べによると、殿下が主催するパーティーで二人は運命の出会いを果たしたらしい。


 そんなこともあったな。特に意味のないパーティーで、しかも私は招待されてないからすっかり忘れていた。


 女の子らしい可愛さに一目惚れした殿下は、すぐ口説いて二人の交際がスタート。


 なるほど。急に公務が忙しいと私から距離を取っていた真の理由はそれか。


 私もラッキーって思うだけで、興味を持とうともしなかった。


「処刑の前に慰謝料ふんだくってやりましょう」


 お兄様。我が家はお金ならあるじゃないですか。


 男爵家からも搾り取るつもりだから、それは止めないと。


 クラッサム男爵家はあまり裕福な家庭ではないため、慰謝料請求するのは可哀想。クラッサム嬢がではない。クラッサム男爵がだ。娘がこんなトラブルメーカーだと知っていれば、男爵は再婚はしなかったはず。


 どんなに教養がなくても婚約者のいる男と付き合うなんてバカな真似はしないはず。きっと殿下が嘘ついて、付き合っていたんだろうな。


 調査書にもそう書いてある。


 途中からは知っていたみたいだけど。


 婚約者がいるとわかっても付き合いをやめないどころか、体の関係まで持つって人としてどうなの。可愛い顔して神経図太いな。


 中身はアレでも王太子という肩書きは魅力的。クラッサム嬢は貴族になったとはいえ、平民時代とあまり変わらない生活。お金と権力を持つ殿下に惹かれるのは当然。


「二人には何もしないであげて下さいね」


 このままでは本当に処刑しかねない三人を止めるも、効果はない。


 私と殿下の間に愛なんてものがないことは周囲も知っていた。仮にあったらあったで面倒なことになっていたけど。


「よく考えてみて下さい。こちらが何もしなくても、殿下は王太子の座を奪われるのですよ?」

「それは、まぁ。確かに」

「あら。殿下は真実の愛に目覚めたのでしょう?それなら王太子じゃなくなってもダメージは喰らわないはずよ」


 何を仰いますかお母様。


 殿下は自分だけが次期国王であると信じて疑わない。それはつまり、好きな人と結婚するだけでなく最高権力まで手にしたいということ。


「母上の言う通りだ。あのバカが王になるにはアンリースが王妃にならなくてはいけない。そのことも陛下から伝えられているはずだ」


 いやー、脳内お花畑だからな。忘れてると思うよ。


 殿下は頭が弱すぎるために王太子にはなれないはずだったけど、第一王子という理由だけで王になるのは自分だと思い込むだけでなく吹聴していたのだ。


 そのせいではないと信じたいけど、第二王子リカルド殿下は王位継承権を殿下に譲った。


 賢く、周りをよく見て、人格者。次期国王に相応しいのは彼であるというに。周りからも惜しむ声が上がっていた。


「手に入ると思っていた王座が手に入らない。それだけで充分ではありませんか」

「アンの言うことも一理あるな」


 よし。お父様を説得出来れば、自然とお母様とお兄様も諦める。


 全くの赤の他人のために、お父様達が時間を浪費する必要なんてない。


 あんなバカのことは忘れるのが一番。


「アンは本当に仕返しを望まないのか」

「ええ。元々、殿下には一切興味はありませんから」


 当事者でもある私が望まなければ、何もしないだろう。


 お父様は小さく息をつき、不本意ながらも私の意志を尊重してくれた。


「旦那様。王宮から使いの方がお見えです」


 部屋の外からリザが声をかける。


 長いため息の後、面倒臭そうに立ち上がった。


 このタイミングで呼ばれるということは、婚約破棄が原因。


 お父様は一人で行くみたい。陛下とは学生のときからの友人で、そこそこ仲は良いと言っていた。


 普段ならたっぷりと時間をかけて準備するのに今日はかなり早い。


 婚約破棄の手続きをするため、一秒も無駄にしたくないのだろう。


「書類ならもう揃っているのよ。一ヵ月も前にね」


 調査書を片付けながらお母様は言った。


 ──一ヵ月前?


 一ヵ月前、殿下が主催したパーティーもその時期だったはず。


 私の嫌な予感は恐らく当たっている。


 私を粗雑に扱わせないよう定期的に殿下を見張っている者からの報告。


 婚約者がいる身でありながらそれを隠し、他の女性と恋人関係を持つなんて家族が黙っているはずがない。


 殿下の浮気を知ったお父様達が一番最初に行った(おこなった)こと。それは、殿下の浮気が陛下の耳に入らないよう情報操作。結婚を強く望む陛下に知られたら二人は別れさせられ、私と殿下の婚約は続き、いずれは結婚。合法的に関係を終わらせるための手段としてデイジーを利用した。


 次に婚約破棄をスムーズに行うための書類手続き。こっちは王妃に協力を仰いだに違いない。


 お母様と王妃様は大親友であると同時に、かつては王太子妃の座を競っていたライバルでもある。お母様がお父様に恋焦がれたことにより、王太子妃の座は王妃様が手に入れた。


 親友のお願いなら不可能でない限り力を貸してくれる。そういう関係を築いてきた二人なのだ。


 王妃様からそれとなく陛下に口添えしてもらい手続き自体は完了している。後は殿下のほうから婚約破棄を口にするのを待つだけ。


 そして今日、待ちに待った盛大な婚約破棄宣言。お父様達は憎さとはもう一つ別の、喜びの感情も胸に抱いていた。


「ちなみにだけど。婚約破棄のことを教えてくれたのって」

「ギルだ。ギルラック・ノルスタン」

「あぁ。やっぱり」


 ギルは殿下の側近候補で常に傍にいる。候補と言っても選ばれることはまず間違いない。


 殿下の行動を逐一報告してくれる密偵のような存在でもある。


 連絡方法はノルスタン家の愛鳥、ホワイト。全身真っ白で、青い瞳が特徴。人懐っこくて可愛い。売れ残り処分される寸前、ギルが買い取り育てるようになったと聞いた。


 ホワイトはとても賢い鳥。人の顔をすぐ覚えたし、言葉も理解している。


 専用の笛を吹けばどこにいても飛んでくるほどギルに懐いていた。

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