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婚約破棄?喜んで!復縁?致しません!浮気相手とお幸せに〜バカ王子から解放された公爵令嬢、幼馴染みと偽装婚約中〜  作者: あいみ
本編

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13/29

浮気と真実の愛との違い

 結論から言うと、偽装婚約作戦は失敗に終わった。


 いや、失敗というか。私に婚約者がいようがお構いなしにプレゼント攻撃。クラッサム嬢は隠れることなく常に殿下の隣にいる。


 何をするにも後ろをついてきて、食堂でご飯を食べるときなんかメニューを右から左、勝手に全部を注文して私に食べさせようとする。


 ──私はいつから大食いになったのか。


 いつもこれぐらい食べていたよね?と聞かれたから、クラッサム嬢と勘違いしているんですねと返した。


 好きな人には可愛い女の子として見られたいクラッサム嬢は、顔を真っ赤にしながら否定した。こんなには食べない、少食だと。


 では一体、殿下は誰と勘違いしているのか?


 不思議だ。


 奢りだろうと、殿下から施された物に手を付けるということは復縁を認めたことになる。


 作られた料理に罪はない。食べずに捨てるのは料理人にも失礼で、食堂にいた生徒達に食べてもらった。


 私はちゃんと自分で買ってギルと中庭に移動する。


 屋敷にも大量にプレゼントが届く。


 宝石、ドレス、花、香水、お菓子。他にも子供が喜びそうな大きなぬいぐるみが幾つも。


 それら全ては私ではなくクラッサム嬢に似合う物ばかり。


 クラッサム嬢も一緒に買いに行き、彼女に強請られた物を買うついでに私のも選んだに違いない。


 そもそも、選んだのではないだろう。何が似合うか、私の好みを考えることも面倒で、一秒だってクラッサム嬢以外のことを考えたくはない。


 その結果のプレゼントがこれ。


「今日で三日ですよ。お嬢様」


 積み上げられたプレゼントの山を見ては、うんざりしたようなため息をつく。


 すぐにでも送り返したいけど、お父様に保管しておくようにと申し付けられた。


 幸い、使っていない広い部屋があるため、そこに押し込んでおけばいい。


「お嬢様。お客様です」


 フランクに冷めた表情をさせるのは決まって殿下。


 先触れもなく、学園でも訪ねて来ると言われた記憶もない。


 勝手に押し掛けて来ては、こちらの返事を待たずにズカズカ入ってくる。クラッサム嬢と一緒に。


 追い返したいけど、こんなのでも王子だ。強硬手段に出られない。


 腕にしがみついたクラッサム嬢は品定めをするかのようにグルリと見渡す。


「すごい!王宮の次に広い屋敷ね!」


 それはそうでしょう。王宮より大きくて広い屋敷があるわけがない。


 王族が暮らす場所だから。


 自らの頭が悪い発言にリザとフランクは完全に冷めきっている。


 笑顔も上っ面だけで、歓迎なんてしていない。


「アンリース。話に来てあげたよ」


 望んでないし、なぜ上から?


 あんなにもやり直さない、復縁はしないと言ったのに。まさか屋敷にまで来るなんて。放課後は毎日、デートをすると思っていたのに。


 「お帰り頂いてもよろしいですか?何の約束もしていませんので」


 先触れを出してないから帰れと、やや遠回しに言ってみた。


 「今までだって、約束なんかしてこなかったじゃないか」


 それは貴方が婚約者の立場にいたからで。その座を失った常識のないただの第一王子には即座に帰って欲しい。


 「ちょ…殿下!!?」


 勝手に押し掛けてきて、勝手に部屋に入る。


 ソファーにふんぞり返る殿下は、まるで我が家のような態度。


 帰ってと言ったのに居座る気満々。逆に、いていいと言えば帰るのかな?いや、それはない。どっちにしても動くつもりはないだろう。


「僕が来たからといって、かしこまる必要はないからね。紅茶とお菓子もいつものでいいよ」

「セリアったら。なんて優しいの」


 優しい?


 頭の中が疑問でいっぱい。


 状況を整理した。


 つまり、王子である自分がわざわざ出向いてあげたけど、高級品ではなく常備してある紅茶とお菓子で我慢してあげるから、早くもてなせ。


 私にはその解釈しか出来ない。


 クラッサム嬢の発言から推測するに、偉ぶらない殿下カッコ良い、優しいってことかな。


 その態度。めちゃくちゃ偉ぶってますけど。


「申し訳ございません。殿下が来ると事前に連絡頂ければご用意出来たのですが」


 直訳すると、貴方にはただの水でさえ出すつもりはない。さっさと帰れ。


 しかも、それとなく常識がないとバカにしているけど気付いているかな。


「何を言っているんだ。僕達の仲に、そんなのは不要だろう?」


 気付いていなかった。私も非常識だと言ったけど気付いてなかったし、そのままの言葉の意味でしか受け取っていない。


 寛大さをアピールしたいんだろうけど、使い所を間違っている。


 勝手に来て、勝手に心の広さを自慢されても困るんだけど。


 わざとらしく咳払いをして、フランクに合図を送る。こうなったら早く要件を済ませて帰ってもらったほうが早い。


 気配を消しかけたフランクは明らかに殿下を亡き者にしようとしていた。


 ここまではた迷惑な人がいなくなっても誰も困りはしない。


 リザの舌打ちが聞こえてくる。止めなければいいのにと。


 我が家の優秀な使用人の手にかかれば二人の遺体など簡単に隠し、罪が明るみに出ることもない。


 髪の毛一本まで完璧に処理してしまう。


 ──でもね。殿下如きのために手を汚して欲しくはないの。


 フランクの理性と感情の勝敗が決まるまで待ち、頭を下げ退室したということはギリギリで理性が勝った。


 数分で戻ってきたフランクは嫌々そうに二人の前にカップを置く。わざと音を立てて。


 こらこら。それはやり過ぎ。


 ちなみに、我が家が殿下に出している紅茶とお菓子は平民が好む一品。舌の肥えた貴族には馴染めない味。


 殿下に味の違いなんてわかるわけないし、美味しいと言ってくれるから美味しいのだろう。


 他のちゃんとしたお客様には専用の物を出す。客人の好みに合わせて用意するのは当然で、常識ある人は最低でも一週間前には連絡をくれるものである。それだけの猶予があれば、もてなす準備は完璧。


 今日は平民出身のクラッサム嬢がいるけど多分、気付かないんだろうな。


 並べられたクッキーを一枚食べたクラッサム嬢は「美味しい」と大絶賛。


 ほらね。気付かなかった。


 思い込みが激しい。見た目でしか判断しないから真実を見誤る。


 高価なお皿に盛り付けられ、高価なカップに注がれたら、良い物。


 単細胞すぎる。


 私達は騙しているわけではない。どこの店のお菓子か聞かれたことがあり、店の名前は教えた。どこにあるかまでは聞かれていないから、それは答えていない。


 殿下をバカにしてるわけでも見下しているわけではない。初めて殿下が我が家に来た日、あの日も今回のように急に押し掛けてきた。


 その日の王太子の勉強が終わったから会いに来たと言っていたけど嘘。勉強から逃げてきた。


 じっと座っているのが飽きて、婚約者に会いに行くと、私をサボる私を口実にでも使ったのだろう。


 突然すぎる訪問に、平民の商人に渡すようのクッキーを試しに出してみたところ気に入ってくれただけ。以来、殿下にはこのクッキーを出すことになった。


 「フランク。ちょっとお願いが」


 二人はこちらを気にする様子はない。


 「お父様を呼んで来て欲しいの。なるべく早く」

 「かしこまりました」

  「アンリース」


 一通り食べ終えた殿下はようやく私と向き合った。


 フランクがいなくなったことに気付いてないのか、それとも興味がないのか。特に触れることはない。


 ついさっきまで、クラッサム嬢とお菓子の食べさせ合いをしたり、口元についたお菓子を取ったり、二人だけの世界を堪能していた。


 鼻の下が伸びきっただらしない姿を目の当たりにしていたのに、急に王子らしい貫禄で話しかけられても。


 イチャついている間は、誰も二人を認識出来ないとでも思っているのか。


「君の怒りは甘んじて受け入れる。だから早く、僕達やり直そう」


 変なことを言い出した。


 普通、他人の幸せって見てるだけでこっちも幸せな気分になるはずなのに、なぜだろう。


 この二人に関しては胸焼けを起こして気分が悪い。


 お兄様とメーディ様、タナールとエアルなら羨ましいや微笑ましいといった感情が沸き起こるものなのに。


 軽く現実逃避をした甲斐虚しく、現状は何も変わっていない。


 「殿下。何度も申し上げているはずです。やり直すつもりはありませんと。もしや殿下のその耳は飾りですか?」


 つい、本音が零れた。


 撤回するつもりはないから謝罪はしない。


「君が僕を好きな想いを蔑ろにしてしまったことはすまないと思っている。だからこうして、誠意を持って君と接しているんだ」


 聞き流した……いや、聞いてすらない。本当に一方的に話に来たらしい。


 どうやら私と殿下の『誠意』は意味合いが大きく違っている。


 殿下が喋るたびにキャーキャー騒ぐクラッサム嬢には退場願いたい。


 話が進まなくてストレス。


 二人まとめて箱に詰め込んで、どこか遠くに捨ててしまおうとリザが物騒なことを考えている今のうちに帰ってくれないかな。実行に移そうとしたら私には止める自信がない。


「君は血の通わない冷たい人間とばかり思っていたけど、ちゃんと女の子だったんだね」


 ──どういう意味かな?


 殿下はずっと、私のことを冷血人間とでも思っていたらしい。


 婚約中に冷たくあしらったことなど一度としてない。他の人にもだ。


 掃除するふりをして扉の前で聞き耳を立てている使用人の圧と殺気が部屋中に充満している。


 能天気。鈍感。二人をどうやって表せばいいんだろう。


 私が席を外して戻ってきたら、部屋はものけのからになること間違いなし。


 試してみたいけど、可哀想だからやめておく。


 「私の話を聞いて下さい!!やり直さないとお断りしているんです」

「僕の気を引きたいからってギルと婚約したと嘘をつくなんて。その嘘で多くの人が勘違いしてしまうんだよ。わかっているのかい」

「嘘ではありません。親同士の承諾も得ています」

「君は僕を好きなんだがら。他の男に目移りするはずがない」

「殿下。この際だから申し上げておきますが、私が殿下をお慕いしたことなど一度もございません!!」

「はぁ……アンリース。そんな嘘はつかなくていいんだ。可愛いデイジーに嫉妬して心にもないことを言って苦しいだろう?」


 話が通じなさすぎて怖い。殿下が人の皮を被った怪物に見えてきた。


 自分の都合の良いように脳内変換されるだけでなく、色眼鏡フィルターがかかっているから突きつけられる現実を理解し飲み込めない。


「私達はあくまでも政略結婚を前提とした婚約だったのですよ?」

「そうだよ。でも君は、僕を好きになってしまった。違うかい?」


 全っっっっ然違う!!誰が好きになるか!!


 叫びたいけど我慢した。


 腹立つ。心の底から。


 「好きになったことないと、先程から申し上げていますよね。一度……いえ、一瞬足りとも。殿下のどこに、惹かれる要素があるというのですか?」

「そんなはずないわ!セリアはこんなにも素敵なんだもん。好きになっちゃっても仕方ないよ」

「デイジーだって魅力ある女の子だよ。他の男に取られないか、いつも心配しているんだから」

「もう~。私がセリアだけを愛してるって知ってるくせに」


 ほんともう、帰ってくれないかな。イチャつきたいなら。


 内容が頭に入ってこないんだけど。


 人の屋敷に押し掛けて来て、私は何を見せられているわけ。


 多分、私が退室しても気付かないだろう。それほど視野が狭くなっている。


「殿下!」


 カップが倒れない程度の力でテーブルを叩き、強制的に目を覚まさせた。


 流石に肩がビクッとなり二人して私を見る。


「殿下はなぜ、私が殿下に好意を抱いていると思っているのですか?」

「君が僕の婚約者になるために、公爵家の力を使ったからだよ」


 発言が矛盾している。


 殿下はさっき、私達の婚約は政略結婚で愛はないと認めた。そして、婚約中に私が殿下を好きになったとも。


 私は結局、最初から殿下を好きだったのか、途中から好きになったのか。どっち。


 どっちでもいいけど。殿下のことは、これっっっぽちも好きではないし。


「私が何も知らないとお思いですか」

「何のことかな?」

「手紙。殿下が書いていませんよね」


 最初は確かに殿下が書いていた。


 二通目からだ。突然、字が変わったのは。


 殿下の字に似せてはいるけど、素人目から見ても別人が書いているのは丸わかり。


 出掛ける日も平然と遅刻をして、謝ることもない。


 私は舐められていたのだ。出会った当初からずっと。


 バレてないつもりだったらしく、顔の血が引いた。


 言い訳を考えようと俯いたまま黙りこんでしまう。


 手紙の件に関してはお父様に相談してしまったから既に別人であったことは知られている。その上で敢えて放置していた。いつか殿下を糾弾する証拠として使うために。


 あの当時は、そんな事態がくるのだろうかと疑問だったけど今まさに、お父様が言った通りになっている。


 手紙のやり取りをしていたのはギルで、仮に私が気付かなくてもギルから報告してくれていたから、どのみちバレる未来だった。


「……そうか。アンリース。君はそんな昔からギルと浮気していたんだね」


 ひどく傷ついたような、泣きそうな表情を浮かべながらも必死に耐える演技をする殿下の顔を引っぱたきたい。頬に手の跡がつくほどの力で。


 「殿下が何を仰っているのかわからないのですが。手紙は殿下がご自分でギルに書かせたのですよね。なぜそれで、私とギルが浮気したことになるのですか」

「それでも僕は!君を許してあげるよ」


 質問に答える素振りを見せないまま、優しい自分に酔った発言を続ける。


「セリアってば、どうしてそんなに優しいの。私、さっきから胸がドキドキして苦しいのに」

「ごめんよデイジー。僕のせいで君を苦しめてしまって。こうすれば楽になるんじゃないかい」


 な……っ!嘘でしょ。


 復縁を望む相手の前で、あろうことか女性の胸を触るって。


 触られている側も喜ぶなんて、どうかしてる。


 しかも。さするというよりかは揉んでいる。完全に。


 頭の中で何を想像しているのか。だらしない顔をしている。


 気持ち悪すぎなんだけど。


「セリアのおかけで楽になったかも。ありがと」

「苦しくなったらすぐに言うんだよ。また、さすってあげるからね」


 フランクを止めなければ良かったと深く後悔する。


 こんなものを見せられるとわかっていたら、フランクの手腕に任せておけば良かった。判断を間違えた。


「私とギルが浮気していると決め付けていますが、証拠はあるんですか」

「僕との婚約を解消してすぐ、ギルと婚約するなんて浮気以外に考えられない」


 頭が痛くなってきた。


 心を落ち着かせるために紅茶のおかわりではなくハーブティーを持ってきてもらう。


 その件に関しては説明したのに伝わっていなかった。もしかしたら記憶が抜け落ちているのかも。


「殿下はどうなのですか?私との婚約中にクラッサム嬢と関係があったようですが」

「僕とデイジーは不貞ではない。真実の愛で結ばれる者が出会ったんだ。一緒になるのは至極当然のことだろう?」


 その理屈がまかり通るのなら、私とギルが真実の愛とやらで結ばれていたら、とやかく言われる筋合いはないということ。


 ──主張してみようかな。


「私とギルが真実の愛で結ばれていたら、不貞にはならないのですね?」

「何を言っているんだい。君達のはただの浮気だ。僕を裏切ったんだから」


 意味がわからない。私も裏切られているんですけど。


 私の理解能力が足りないの?


 クラッサム嬢が理解したような顔をしているのが、ちょっと悔しい。私のほうが頭良いのに。


 つまり何。殿下の気持ち次第で浮気か真実の愛になるってことだよね。


 随分と都合の良い解釈。


 世界が自分を中心に回っていると信じ込んでいる。


「殿下。質問をよろしいですか?」

「はぁ。仕方ない。いいよ」

「何を持ってして、真実の愛になるのですか?」


 殿下はキョトンと目を丸くした。素で驚いている。


「やっぱり君はバカだね。そんなこともわからないなんて。その程度でよく、僕の婚約者になろうと思えたね」

「もう、セリア。意地悪言っちゃダメ。セリアがカッコ良いからお嫁さんになりたかったのよ。きっと。でも、意地悪なセリアもす・て・き。キャー、言っちゃった」


 いちいち語尾にハートを付けないと喋れないクラッサム嬢と、それを受け入れる殿下。


 あと、人の会話に勝手に割り込まないで欲しい。おかけで話が進まないんだけど。


 「はぁ…。セリアってば、なんでこんなにカッコ良いの」

 「クラッサム嬢。今は私と殿下が話しています。黙っていて下さい」


 お父様をイメージして睨むと、クラッサム嬢はクッキーを食べることに集中し始めた。


 言葉より表情を作れば素直に従ってくれるのか。クラッサム嬢を黙らせる方法が見つかったことが嬉しかった。次からは睨むことにしよう。


 睨んだまま殿下に視線を移せば、意味もなく部屋を見渡したあと軽く咳払いをした。


「えっと、何だっけ?あぁ、真実の愛だったね。そんなの、僕とデイジーに決まっている」

「…………はい?」

「だからね。僕とデイジーの愛こそ、真実の愛であり、それ以外は全て偽物だということだよ。ここまで説明しないとわからないなんて、君はもう少し勉強したほうがいい」


 ふーん、そう。そこまで言うか。


 それでは殿下のお望み通り、勉強して差し上げますよ。


 学園では月に一度の小テストがあり、学年別ではあるけど各階に名前と順位が張り出される。


 小テストは授業を理解しているかの復習。


 明日はちょうど、そのテストの日。


 長期休みの前には実力テストが行われる。一位と二位は常に私とギルが独占。


 殿下は真ん中よりちょっと上。残念……当然のことながらそれは実力ではない。


 極めて優秀なギルとタナールが殿下の頭でも理解出来るように要点をまとめた問題集を繰り返し解かせていたから。その二人がいなくなった今、殿下の順位など目に見えている。


「そもそも、君とギルは僕に隠れて手紙のやり取りをしたり、逢い引きしたりしていた。人として最低だ」

「お言葉ですが」


 勢いよく扉を開けて入ってきたのは不機嫌オーラを隠すことのないお父様。


 泣く子がもっと泣いてしまうほどのお怒りモード。娘の私でさえ怖い。眉間に皺が寄りすぎていている。


 脳天気で鈍感な二人も、お父様の気迫に押されている。


 しっかり触れ合うことを忘れないのは流石。


「アンとギルの手紙のやり取りは、貴方がご自分でそうなるように仕向けた。違いますか?」

「な……何が言いたい!」

「自らの不貞を正当化するためです」

「僕が不貞?公爵!それが不敬であると知りながらの発言か!?」

「そうです!私とセリアは愛し合っているんです!!」

「男爵令嬢は黙っていなさい。私がいつ君に発言の許可をした?マナーもロクに知らぬ平民上がりの貴族が、私と対等になったつもりか?」

「ひっ……」


 お父様は基本、人を身分で差別したりしない。下級貴族だろうと平民だろうと。そんなお父様が、平民上がりの貴族などと暴言を吐くなんて怒りが頂点に達している証拠。


 完全に怒ったお父様は止められない。止めたくはない。


「逢い引きの件ですが。証拠はございますか」

「婚約したことが証拠だ!!」

「殿下。発言する際にはもっと考えてからにして頂きたい」


 遠回しにバカと言った。


 敬意など払う意志はない。


「不貞を責められるのは我が娘ではなく、貴方のほうです。婚約中にも関わらず、他の女に目移りしただけでなく関係を持った」

「だから!僕達は愛し合っているんだ!!」

「ならば!!正式に婚約破棄の手続きが済んでから付き合えば良かったのですよ。誠意がないだけではなく、ご自身が主催した誕生日パーティーで一方的な婚約破棄宣言。娘の名誉を失墜させようとしたとしか思えない」

「誤解だ。貴族が一堂に会する場はあの日しかなかった」

「ですから。なぜ、大勢の前で宣言する必要があったのですか?」

「それは……」


 そのほうがカッコ良いから、では。


 平民の間で人気急上昇中の恋物語。


 内容は似たり寄ったりではあるものの、どの本も悪役令嬢が登場する。


 悪事がバレて、大勢の前で婚約破棄される様はスカッとするとか。


 元平民のクラッサム嬢はその場面に憧れていたのだろう。


 自分のために十年、一緒にいた婚約者を捨てる王子様に。高らかに婚約破棄宣言をすることで、自分が一番愛されているのだと周りに知らしめるためでもあったのかも。


 殿下はクラッサム嬢に惚れ込んでいる。どんな頼み事でも聞いてしまうほどに。


 クラッサム嬢のためと言わないのは、男爵家では公爵家に簡単に潰されると知っているから。


 愛しい恋人を守るためなら頭は回転して使い物になるんだ。


「今日のところはこれで失礼するよ」


 逃げた。答えられないから。


 「何度来られても、私の意志は変わりません。次からは事前にご連絡を。貴方の無礼が許されていたのは、婚約者という立場があったからなのですから」

「アンリース。僕のことが好きなら、あまり困らせないでくれ」


 最後の最後に意味のわからない捨て台詞を吐いて、ようやく帰ってくれた。


 誰一人として見送りには行かない。


 お父様が指を鳴らすと廊下にいた使用人は全員入ってきた。


「あの二人が座っていたソファーを処分しろ。買い換える。カップもだ。二人が通った場所は念入りに掃除をしろ」

 「「かしこまりました」」


 一致団結ってこういうことを言うのか。


 私は長時間。殿下と向かい合い喋っていたため、体を綺麗にしなければならないらしい。


 お父様の指示でお風呂の準備がされる。


 ──殿下、バイ菌扱いされてるな。


「遅くなってすまない、アン」

「いいえ。帰ってきてくれて嬉しいです。私では追い返せなかったから」

「バカ二人が来るとわかっていたら予定を変更したのだが」

「お仕事は大丈夫ですか」

「仕事よりもアンのほうが大事に決まっているだろう」


 今日は貿易商数人と、商品や値段を話し合う日。


 国で扱うほとんどの物はお父様が安く仕入れてくれるおかけで、安く手に入っている。リピーターが多いため、赤字になることもない。


 交渉術が上手く、こちらのペースにすぐに持ち込む。気付いたときには契約成立。


 相手側に損はないから取引が続けられる。それを私用で帰るなんて、長きに渡り築き上げてきた信頼が失われてしまう。


 商売だけではない。変わらず良き人間関係を維持するには信頼が必要不可欠。


「気にすることはない。彼らも早く帰れと私を急かしたぐらいだ。忘れてはいけないよアン。私の周りにいる人は皆、アンのことが大好きで守りたいと強く思っている者ばかりだ」

「お父様……」

「時に権力狙いで近付いてくる輩もいるが、それらは排除しているから心配することはない」


 こんなにも爽やかな黒い笑顔が似合う人が他にいるだろうか。


「フランク。次にアイツらが事前連絡もなしに来たら追い返して構わん。騒ぎ立てるようなら私の命令だと言え。それでもしつこいようなら、力づくで追い返せ」

「承知致しました、旦那様。塩はまいておきますか?」

「そんなもったいないことはするな」


 味方でいる内は心強いけど、ひとたび敵に回れば容赦なく完膚なきまでに叩き潰す。それがお父様だ。


 私はとてもよく頑張ったとリザが褒めてくれる。今日はリザの至れり尽くせりのサービスが待っているに違いない。

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