婚約破棄?謹んでお受け致します
今日は私の十六歳の誕生日。
婚約者でもあるセリアが私の誕生日パーティーを主催してくれた。
セリアはこの国の第一王子で次期国王。
金髪金眼。王族の血を引いているだけあって顔はそこそこイケメン。《《喋らなければ》》凛々しい顔立ちでもあり、目元は垂れていて王妃様に似ている。こう言っては失礼なんだろうけど、あまり威厳はない。身分に守られているって感じだ。
初めて会ったのは確か六歳のときだったかな。国王陛下とも仲の良いお父様の娘ということだけで私が婚約者に選ばれた。
王命とはいえ、私にその気がなければ断ると言ってくれた。王子の婚約者以上に最高の肩書きはない。だから婚約した。本当は嫌だったけど。お父様の顔を立てなくてはいけなかったし。
いわゆる政略結婚というやつだ。
王族と懇意にしておいて悪いことはない。打算で結婚なんて貴族ではよくあること。公爵令嬢である私が駄々をこねるのはみっともない。
お互い、好きではないし、手紙の交換をしたり、休みの日に出掛ける程度の間柄。
友達以上恋人未満の距離感。それが私達。
恋愛感情こそなかったものの、お互いに情はあるものだと思っていた。
思っていたのに……。
「アンリース。君との婚約は破棄させてもらう」
あろうことかセリアは私ではない女性の肩を抱きながら、そう言ったのだ。
で、誰。その女の子。
随分と派手な色をした髪。フワフワした髪型は可愛い顔に似合っている。髪色にやや近い赤い瞳。口角が上がっているのは恐らく意識はしていないだろうけど、印象はだいぶ変わってくる。小顔で目も大きく見える。
一度見たら忘れなさそうな人物。
私の誕生日なのに、私ではない子をエスコートしてる時点で、おかしいなとは思っていたよ?
まさか婚約破棄とは。予想外。
脳内お花畑のセリアと女の子は周りの視線を気にすることなくイチャついていた。
──気付いて二人共。ドン引きされているって。
婚約破棄宣言をしたセリアに「カッコ良い」と言いながら抱きつく。胸を押し付けながら。
うーん。知性は全て、体の栄養となったのかな?
小柄な分、余計に体の発育が目立つ。
デレデレと鼻の下伸ばしちゃって。あれが次期国王だなんて、不安しかない。
人様が主役のパーティーであんな胸元の開いたドレスを着るなんて、顔に似合わず大胆。
似合う似合わないの以前にマナーがなっていない。ここにいるということは貴族なんだろうけども……。
「なぜ婚約を破棄するのか教えてもらってもいいかしら」
「アンリース。僕達はもう他人だ。つまり君は格下の人間。敬語を使ったらどうだ」
いや、まだ正式に決まったわけではないけど?
あくまでもセリアが勝手に口にしてるだけ。
そもそも私達の婚約は国王陛下からの命令に近い形で結ばれている。王太子とはいえセリアに破棄する決定権はないのだ。
──わかってないんだろうな。そんなこと。
「教えて下さいませんか。セリア殿下」
とりあえず。理由を知らなくてはいけないので望み通り、下手に出ることにした。
「いいだろう。バカな君にもわかるように教えてあげるよ。この僕が直々に」
バカはあんただよ。
会場内の心は一つとなっただろう。ため息まで聞こえてきた。
というか、いつまで女の子に触ってるつもり。その子に触れてないと喋れないの。余計な口出しをすると面倒になるので、黙って聞くことに徹している。変な前置きとかいいから、簡潔に述べてくれないかな。
「僕はね。真実の愛を見つけたんだ」
「はぁ………」
その一言に尽きる。
呆れる者。ドン引きする者。様々な反応に囲まれているのに、“真実の愛”とやらを語るその姿にため息が出そうになった。
一生懸命だし、いくらつまらないからと言ってため息をつくのは失礼すぎる。我慢すること数分。ようやく終わった。
「つまりだ!僕が永遠の愛を誓う相手はこの、デイジーだけということさ」
つまり、私と婚約中に他の女に目移りをして、男女の関係になっただけでなく本気で好きになってしまった。要約すると、そういうことか。
女の子、デイジーが着ているドレスも身に付けているアクセサリーも全部、セリアからの贈り物。わざわざ胸を強調するドレスはセリアの趣味というわけか。はは、悪趣味。
総額いくらしたんだろ。
私には一輪の花ですらくれないのに随分と奮発したものだ。
実際、貰っても困るけど。あんなドレスを着て人前に姿を出すくらいなら、パーティーは欠席する。
そうね。せめて自分が主役のパーティーでなら好きなドレスは着ていいと思う。限度はあるけど。
「ごめんなさい、アンリースさん!そんなつもりはなかったの」
そんなつもり、というのは略奪するつもりはなかった。そういう意味?
しっかり略奪しているのに、よくそんな台詞を言えるよね。
しかも私のことを友達のように呼ぶけど、今日が初対面だから。彼女の爵位なんて知らないけど、公爵家より上は王族だけ。
うん。絶対にありえない。
同じ公爵位も違うはず。
我が家を除けばノルスタン公爵家しか選択肢は残されていない。あそこは仲良くさせてもらっているけど、デイジーなんて見たことも聞いたこともない。
ノルスタン公爵に隠し子がいれば話は変わってくるけど。そこはいるはずがないと断言出来る。公爵が道徳に反した行いをするわけがないのだ。
となると、彼女は私より位が下で、礼儀を尽くさなくてはならないわけで。
流石に平民ってことはないだろうから、下級貴族かな。ここまで教養のない自分勝手に振る舞えるのは。
「でも!セリアに相応しいのは私だと思うの」
「そういうことだアンリース。僕は新たにデイジーと婚約することにした」
見下しているならともかく、本気でそう言っていることに感心すら覚える。どこからくるのか、その自信。
脳内お花畑者同士、お似合いだ。
こんなにも想い合っている二人を引き離すことはない。私は別にセリアのことを、これっぽちも好きではないのだから。
むしろ、貰ってくれるのなら大歓迎。
「かしこまりました殿下。謹んで、お受け致します」
「そうか。物分りが良くて助かるよ。ん?どこに行くんだ。今日は君が主役のパーティーなんだから、ゆっくりしていくといい」
はぁ?あんたが主催した私のパーティーで婚約破棄宣言しただけでなく、他の女と婚約するなんて言われて、最後まで楽しめるほど神経図太くないのよ。
って、言えたらいいんだけどね。
婚約者が浮気をして元婚約者になろうとも、私は最低限のマナーだけは守る。感情に任せて発言するのは淑女にあるまじき行為。
私達の間に愛はなかった。だけど、情はあると思っていた。
情があったのは私だけでセリアは私のことをなんとも思っていなかったのだろう。そうでなければこんな考えなしの行動を取れるわけもない。
「殿下。どうぞお幸せに」
浮気相手と、と心で付け加えた。
文句を言わず受け入れ祝福したことがよほど嬉しかったのか、満足気な表情を浮かべている。
皮肉は通じていない。そのままの意味でしか捉えようとしないのは、果たして純粋と言っていいものか。
微笑みながら会釈をして、くるりと背を向けさっさと会場を後にした。
私を主役だと言った割に、もう浮気相手のことしか見ていない。
閉まっていく扉の隙間から見えたのは、マナーを無視してセリアに抱きつく浮気相手の姿。
誰もいないことを確認すると、馬車まで急いだ。淑女とかどうでもいい。
とにかく走る。
──急げ……急げ……!!
とにかく早く家に帰り、私からお父様に説明しなければ。