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はなさないで

作者:

「はなさないで」

「ああ、はなさないよ」


 春の足音が聞こえる三月の渓谷。

 少し肌寒く感じる風が、陽気に照らされて上気した顔を撫でるように通りすぎていく。


「はなさないで」

「絶対にはなさないよ」


 切り立った両岸を繋ぐ吊り橋の上に、男と女。

 女性は吊り橋の中央で寝そべり身を乗り出し、下に向かって手を伸ばしている。

 男性はその女性の手に捕まりぶら下がっている。


「はなさないで」

「ところで、突然僕を突き飛ばした理由を聞いていいかな」


 まだ少し寒さの残る渓谷で、ぶら下がる男性の顔には大粒の汗が浮かんでいた。


「吊り橋効果ってご存知かしら」

「存じ上げてはいるけど、今一番聞きたくない言葉だったね」


 腹這いになって吊り橋から身を乗り出している女性は、どこか冷たい情熱をたたえた目で微笑みながら男性を見つめている。


「吊り橋にぶら下がった二人は幸せになれるそうですわ」

「僕の知っている吊り橋効果とは多少の差異があるね。その情報源を教えてくれないかな」

「どうしてですの?」

「そいつに厳重に抗議をしないといけないんだ」

「まあ、それは大変。お父様ですわ」

「予定変更の必要があるようだね。結納は鉄パイプを追加しておこう」


 暖かな陽気が吊り橋の二人に降り注いでいた。

 小鳥のさえずりは、下の方にある小さな川のせせらぎにまぎれて流れていく。


「お父様が言うには、これであいつはイチコロなんですって」

「君とお父上の間に認識の齟齬があるようだね。ところで、そろそろそちらに戻りたいのだけど」


 女性は少しはにかんだような顔をした。


「ずっと力を入れていたら、力の入れ方がよく分からなくなってきましたの」

「それはよくないね。本当によくない」

「そうですわ、一緒に落ちるのはどうかしら?」

「事態の解決には全く寄与しないからやめた方がいいと僕は思うんだ」

「もしかして初めての共同作業に……そんな、心の準備が」

「最後の共同作業になりそうだね、その準備は速やかに破棄してくれると助かる」


 春の風は新緑の匂いをのせて木々の隙間を駆け抜ける。

 女性のポケットからささやかな振動の音が聞こえてきた。


「あら、お父様からですわ」


 片手で携帯電話を取り出した女性は、画面を見てそう呟く。


「すぐに切った後、救助を要請してくれると嬉しいな」


 片手でぶら下がる男性は、柔らかく笑いながら呟いた。


「そういうことでしたら、お父様に救助をお願いしてみますわ」

「お手本のようなマッチポンプだね」

「もしもしお父様、救助を……え?」

「何かあったのかい?」

「もう来てるそうですわ」

「尾行してたんだね」


 二人が橋のたもとを見ると、猟銃を持った壮年の男性が憤怒の表情でこちらに歩いてくるのが見えた。


「あっ、お父様こちらですわ」

「マッチポンプじゃなくてマッチファイアは想定外だね。僕は生き延びるために逃げるとするよ」


 そう言うと男性は女性の手を振り払い、川に向かって落下していった。


「あっ、お待ちになって」


 そう言うと女性は普通に川に向かって飛び込んだ。

 それを見ていた壮年の男性は無言のまま飛び降りた。



 こうして仲良く川下りをした三人は仲良く救助され、仲良く入院。

 退院後の結納で大乱闘、結婚式でも大乱闘。戦場になった教会は大破した。

 新婦の希望で披露宴は思い出の吊り橋で行われ、五人くらい落ちた。

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― 新着の感想 ―
こちらの作品を拝見しました。 地の文の美しさと会話文の面白さが対になっていて、なかなかシュールな印象を受けました(笑) こういう作風、大好きです(笑) それにしても、これは娘さんの頭がよろしくないの…
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