第二章 第二話 最悪な出会い
「私はリデル。こちらはルディお兄様。お兄様が短気を起こしてごめんなさいね」
リデルは申し訳なさそうにディリウスに頭を下げた。誰もがかわいらしいと評するような可憐な少女だ。何年かしたら、とても美しい美女になるだろう。
「気にしていないよ。俺はディリウス」
かわいらしい少女に、ディリウスは癒されたが、逆にルディはどこまでも傲慢だった。
「妹が泣いているそばにお前がいたんだ。殴ったところで文句は言えまい」
ディリウスが殴られたことに文句を言ってもその一言で済ませてしまった。
「ふざけるな!後ろから人を殴るなんてひきょう者のすることだ!!」
「誰がひきょう者だ!!」
ルディは顔を真っ赤にして怒鳴ると、ディリウスに飛びかかった。
「お兄様!ディリウス!」
リデルがあわてて制止しようとしたが、二人の少年たちはリデルの存在を忘れて取っ組み合いを続けた。
ディリウスは――後にルディもそうだったと知ったが――身近に年の近い少年がいなかったので、このような取っ組み合いは始めてだった。
そのため、適度な手の抜き方など知らない。ディリウスが普段から鍛えていた、ということもあって、もみ合いの結果、ルディが受け身を取れずに頭を打ってしまったのはしかたがなかった。
「うぐ……」
ディリウスはさすがにあわてた。ついさっき、知り合いになったばかりの少年にけがをさせてしまったのだ。
「大丈夫か!?」
「こ、これくらい……平気だ!」
口では強がっているものの、後頭部を両手で押さえ、目じりに涙をためながらも、流すまいと必死にこらえる姿に言葉の説得力はない。
「だれか人を……」
「大丈夫よ、ディリウス」
踵を返したディリウスの裾をつかんだのはリデルだった。
いぶかしげな視線を自分に向けられていることに気が付きながら、リデルはやけに大人びた表情で微笑んだ。
「私が治すから」
その言葉を、ディリウスが理解する前に、リデルはルディの手をそっとどけて、優しくなでた。
『大丈夫。すぐに治るからね』
幼い子供に向けるような優しい言葉と同時に、リデルの手が白く光った。
(これはさっきの……)
ルディが花を元の姿に戻した時とよく似ていた。
(魔術を使っているのか)
兄のルディが魔術を使えるのならば、妹のリデルも使えるのも理解できる。魔術の素質は血統によって受け継がれるものだからだ。だが、目の前の幼い少女が魔術を使えるのは驚きだった。
家庭教師に話してもらったところでは、魔術を使える人間は十歳前後から修行するのが普通だという。ルディはともかく、リデルはまだ早い。
「終わったよ」
数分後、リデルがそっと手を離した。ルディは満面の笑顔で立ち上がり、リデルの頭をなでた。
「ありがとう、リデル。さすが僕の妹だ」
頭がおかしくなったのではと思わせるくらいの笑顔だった。さきほどの自分に向けたとげとげしい視線との違いに絶句するよりほかない。
「それにしても貴様。よくもさんざん殴ってくれたな」
「お前だっておれを殴っただろうが!」
どこまで自分勝手何だと叫びそうになった。
それをどうにかして飲み込んだのは、視線でやめてほしい、と訴えるリデルと。
「おや?どうやら引き合わせる必要はなくなったようだな」
「そうらしい」
二人の大人の声。
そのうち一人に聞き覚えがあったディリウスははじかれたように振り返った。
「なかなか元気なぼうやじゃないか」
「そうだろう?お前の息子にちょうどいいと思ってな」
「アッハハ!確かに」
一人は自分と同じ金髪に緑青の瞳の中年男性――ギルグである。
そしてもう一人はまっすぐな黒髪を背中まで伸ばし、濃い紫色の瞳をおもしろそうに自分たちに向けている父と同じ年頃の男性。
首に掛けられた大きな紫水晶のペンダントを見つけた瞬間、目の前の人物がだれだかわかった。ペンダントにはこの国の紋章であるオオカミが彫られていたのだから。
『父上!?』
声が被った。ディリウスは驚きから。もう一人のルディは憤りから。
「今までどこに行っていたのですか?」
「何なんですかこいつは!とっとと追っ払ってください!!」
そこまで話して二人はお互いに顔を見合わせた。最初に自分たちが被った言葉から推測し、その次のセリフから結論を出す。
全く同じ結論が出た後に、自分たちの父親を見上げたのは全く同時だった。
「父上?」
「まさか……」
顔色が青ざめた二人を大人たちはにこやかに、しかし非常な宣告をした。
「そのまさか、だ」
「彼がお前の主人だよ、ディリウス」
ディリウスの父、ギルグ伯爵と、ルディの父、エルディア皇帝グリジスはお互いに顔を見合わせて大きくうなずいた。
これが、ディリウスとエルディア皇国の最後の皇帝、ルディエル・クルシュカ・エルディアと最後の皇女リデル・ブランカ・エルディアとの出会いだった。
おそらく、その出会いはあるべくしてあったのだろうと思う。出会い方は最悪、としか言いようがなかったが、それでも彼やその妹と過ごす日々は決して忘れえぬ記憶となった。
だが同時に思うのだ。出会わなければよかったと。