第二章 第一話 野薔薇宮において
まことに勝手ながらテストのために更新を一週間遅れさせていました……
本当にすみません
『エルディア暦573年5月――私は父親とともにエルディア皇族の宮、野薔薇宮を訪れた』
それが手記の1ページ目に書かれた文章の文頭だった。文字は男性独特の豪快な筆跡で、キリアンにもなじみ深いものだった。
なぜ手記を書き始めたのか、いつ書いたのか、ということは一切書かれていない。少しくらいは説明してほしいとキリアンは苦笑したが、同時に自分の予測が当たって興奮もしている。
エルディア暦573年は、ディリウスが10歳の時のころ。アルギリア建国の十数年前だ。
元々ディリウスは伯爵家の子息。皇族と接点があってもおかしくなかった。
「これは……楽しみだ」
キリアンは改めてページに集中し始めた。
エルディア暦573年5月――私は父親とともにエルディア皇族の宮、野薔薇宮を訪れた。
野薔薇宮は建築されて、まだ30年ほどしかたっていないが、手軽に行ける離宮として皇族に親しまれていた。それほど大きいわけではないが、全体を名前の由来である野薔薇で包まれており、宮を見上げる者を和ませた。
私自身は小さい宮だ、という以外、なにも感慨がわいてこなかった。自領で気ままに暮らしてきた私は、父に無理やり連れてこられたということもあって、不機嫌だった。あの宮が燃え尽きてしまえばいい、などと本気で考えてもしていた。
極めつけは、宮に到着したばかりの、父の一言だった。
「父上」
私は不機嫌を隠そうともせず、父に声をかけた。
「なぜおれをここに連れてきたのですか?」
父はそんな自分を見下ろすと、にこやかに言った。
「おまえの主人に会わせるためだ」
(父上はなんて勝手なんだ!!)
心の中で父親を罵倒しながらディリウスは広い中庭を歩いていた。
父親、ギルグは、中庭の入り口に到着すると、しばらく待っているように、と言い残してどこかへ行ってしまった。
だが、10歳の好奇心がたまらなくうずき、父親に対する不満もあって、こっそりとその場を離れてしまった。
(自分の主人くらい、自分で選ぶ!!)
父がこの国の皇帝に忠誠を誓っているということは知っていた。父は皇帝についていつも誇らしげに語り、その顔を見るのがディリウスは好きだった。
だからこそ、自分が頭を垂れて忠誠を誓う主人は自分で決めたかったのだ。自分が誇らしいと思えるような主人に仕えたかった。
それなのに、父は勝手に自分の主を選んでしまった。
(ずるいよ!父上は自分が心から認められる人が自分の主人だって言っていたのに!!)
どの方向に歩いているか意識しないままに、ディリウスは大股に歩いていた。
だから、突然の制止に反応することができなかった。
「止まって!!」
甲高い声。しかし、ディリウスが気づいた時には制止後、一歩前進した後だった。
「あぁ!」
悲鳴に近い声が聞こえたと思ったら、ディリウスの斜め前から、一人の少女が転がり出てきた。
「花が!!」
ディリウスが少女の視線をたどると、自分の右足が、小さな紫の花をふみつけていた。
あわてて右足を戻すが、一度つぶされた花は元に戻らない。
「だから止まって、って言ったのに……」
少女は自分より二つ三つ年下の少女だった。軽くまとめられた黒髪に青味の強い紫色の瞳。年相応の白いドレスを身にまとい、白い花が髪に飾られていた。
文句なしにかわいらしい少女は、その瞳に涙をいっぱいためていた。
「あ……ごめん」
こぼれおちそうな涙に、あわてて謝るが少女は自分に目もくれない。ただつぶれた花を見つめるだけだ。
「その……」
「貴様!リデルに何をした!!」
ディリウスが言葉をつなげる前に後頭部に衝撃が走った。目に火花が散ったが、倒れたら少女を巻きこんでしまうと思って必死に踏みとどまった。
それでも、怒りは収まらない。怒りの形相を浮かべたまま、後ろに立つ人物をにらみつけた。
「何をするんだ!」
「お前に質問をする権利はない!リデルを泣かせたんだからな!」
ディリウスの後ろに立って、後頭部を殴りつけたのはディリウスと同じ年頃の少年だった。肩先で切られた黒髪と紫の瞳で少女の身内らしいということが分かった。
しかし、少女とは違い、傲慢そうな少年だった。一方的に文句をつけた後、ディリウスにはもう目もくれず、少女――リデルという名らしい――のそばで膝を折った。
「大丈夫か?殴られてないか?ひどいことを言われたのか?」
「おい」
自分がやったことを棚にあげてのセリフにディリウスは抗議の声を上げたが、きれいに無視された。
「違うの……花が……つぶれて……」
「ん?この花か?」
少年が、つぶれた花に気づく。そして、右の眉だけを器用に動かして不快を示す。
「問題ないよ、リデル。見てごらん」
少女の目じりの涙をやさしくすくいあげると、少年はそっとつぶれた花に触った。
『戻れ』
少年は一言つぶやいただけだった。
しかし、それだけで世界は一変した。
少年の手のひらから、黄色の光が現れ、つぶれて花弁を散らしていたはずの花が、ゆっくりと起き上がり、さきほどより大きな花を咲かせたのだ。
「花が戻った!ありがとう、お兄様!!」
「よしよし」
先ほどの涙はどこへやら、少女は兄と呼んだ少年に微笑みながら抱きついた。その少年も少女を抱き上げ、当然のように笑っている。
だが、ディリウスは驚きで頭が真っ白になっていた。
それが何か、一目でわかった。それが日常的に使われていることも知っている。しかし、花をよみがえらせるという奇跡など、彼は見たことがなかった。
「魔術」