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第三章 第十話 彼らの思惑




 葬送の儀が終わった後、ディリウスは自室に戻った。体を動かしていたわけではないのに、ひどく疲れがたまっていたのだ。

 侍女たちを下がらせて、空を見上げた。すでに外は暗くなりつつある。

「皇帝陛下はだいぶまともになっていたな」

 少なくとも、取り乱すことはなかった。

 だが、考えれば考えるほど、違和感がぬぐえなくなる。皇后が倒れてあれだけの騒動を引き起こした人物が、その原因である后の葬式で、あれほど冷静にふるまえるものだろうか。

 ディリウスの領地で、何度か葬式に参列したことはある。老衰で亡くなった老人もいれば、若くして命を落とした若者もいた。

 老人の時は、ようやく逝けたと安心するような声が上がっていたが、若者の場合は前途を期待されていた青年だった分、悲惨なものへと変貌していた。

 若者の母親は泣き叫び、その友人たちも声をあげて慟哭を漏らした。ただ、葬式を見かけただけのディリウスさえもそのさまに胸が痛くなったほどだ。

 その様子を思い出すと、皇帝は明らかに不自然だ。

 まるで、すぐに皇后と再会できると知っているかのように――

「え?」

 その時、何かのピースがはまったような気がした。

「ちょっと待て……」

 今まで散らばっていたピースが組み合わさっていく。それは不完全ながらも、一つの形を作り出してきた。

「まさか!?」

 ディリウスはあわてて本棚の奥から一冊の本を取り出した。何かの役に立つかもしれないと思って図書室から失敬してきた魔術関連の本だ。

 本を開くと、己の記憶と照合させながら目当てのページを目指してめくる。確か、書かれていたはずだ!

「あった!!」

 ようやく、探していた欄を見つけ出した。それは本の分厚さにしてはわずか数行と書かれていることは少ない。

 それでも、目を凝らしてその行を読む。そして、自分の推測がさらに確信に近付いたことを確信した。

「ルディに伝えなければ……」

 取り返しのつかないことになってしまう。事は時を一刻も争う状況だ。

「今日は……!?」

 ディリウスは空を見上げて愕然となった。

『儀式は新月の夜が望ましい』

 魔術師の言葉がよみがえる。

「月が、ない」

 ――――――今夜は新月だ。











 ディリウスは後宮の中にあるルディの部屋へと向かった。

「ルディ!」

「ディリウス様?」

 すでに顔見知りになっていたルディ付きの侍女が困惑しているのが見て取れた。主の友人とはいえ、夜中に駆け込んでくるのを見つければ、何事かと思うだろう。しかし、ディリウスは、彼女に構っている余裕はなかった。

「殿下はすでにお休みになられています」

「わかっている!!」

 侍女の横をすりぬけて中に入ろうとしたが、侍女は断固とした態度で通そうとしない。忠誠心をも強い侍女と言えるが、この時ばかりは思わず怒鳴りつけてしまった。

「御戻りください。また明日――」

「そんなひまはない。緊急事態なんだ!!」

 部屋の前で言い争っている暇はなかった。心の中で謝りながら侍女を突き飛ばして部屋の中に飛び込んだ。

「何事だ、ディリウス?」

 侍女との問答は部屋まで届いていたらしい。

 すでに寝間着姿となっていたルディは不快げにディリウスを睨みつけていた。とうの昔に就寝しているはずの時刻。ディリウスの大声で目が覚めたのかもしれない。暗くてもわかる彼の疲れた様子に、僅かに罪悪感がよぎったが、それどころではないと視線をそらさずに要件を簡潔に伝えた。

「とんでもないことになった」

「何だと?」

 ディリウスの表情から何かを感じ取ったのか、ルディはすぐに人払いをした。

「詳しく話せ」

 ディリウスは早口に図書室で盗み聞きした会話と、葬送の儀での魔術師と皇帝の態度への違和感を語った。

「……何か関係していると?」

「ああ。最初は全然意味が分からなかった。だが……」

 ディリウスは持ってきていた本を開き、ルディに見せた。

「これは、図書室の本?…………これがどうした?」

 ディリウスの本は、魔力をもつものならば誰でも読んだことがあるであろう模範的な教科書の一つだ。とっくに読み終えている本を差し出されて困惑していることが見て取れる。

「このページだ。ルディのほうがわかるだろうと思って」

「!?」

 ディリウスは目的のページを広げ、そっと指差した。ルディの顔に理解の色が走った瞬間、彼は音を立てて椅子から立ちあがっていた。

「大変だ!リデルが!!」

「リデル?」

 本を示したディリウスでも、ルディの言いたいことが分からなかった。

「くそっ。説明している暇はない!すぐに着替えてくる!!」

 ルディは着替えることすらもどかしい様子で、隣室に駆け込んでいった。

 きっかり五分後に、略装に身を包んだルディが姿を見せる。彼にしては珍しく動きやすさを重視した格好だった。

「急ぐぞ!手遅れになる前に――」

 目を丸くしている侍女に、少し出てくるとだけ言い残して、ルディは走り出した。普段の彼からは想像もつかない風のように素早い動きである。

「ルディ!」

 ディリウスはすぐに彼を追いかけた。どうやらルディはディリウスが考えた以上のことを理解したらしい。

 とにかく、追いつこうと全力疾走で長い廊下を走った。剣帯につけた剣の鍔なり音がやかましい。だが、気にする余裕はなかった。

 急がなければ、とんでもないことが起こるのは確実だったからだ。妹に関して目の色を変えるあの少年が夜でもわかるほど真っ青になったのだ。リデルが出てくるとは思わなかったが、ディリウスが考える以上に状況はひどいようだ。

「どこに行くんだ?」

「東の塔、だ」

 この宮には、四方に塔が一つずつある。ルディの足はその一つ、東方面にある塔へと向かっていた。

「あそこは皇宮内でもっとも魔術的な儀式を使うのに一番向いている場所だ。魔術師たちと――父上が執り行おうとしている儀式ならなおさら」

 魔術師という存在は、時間や方角などをことさら重要視する。簡単な魔術はともかく、大がかりな儀式となると、精霊たちとの連携が難しくなるのだ。そのため、少しでも精度を上げようと細かなところまで目を光らせる。四つの塔は元々大々的な魔術の儀式を行うために作られたもので、儀式の内容によって塔の場所を変える。

 東の塔は――――めったに使われることがない。それこそ国家レベルでの儀式でしか使われない。皇帝はその塔を個人的な目的で使おうとしている。怪しまれる危険を冒してまで。そうなると。

「やはり、そうなのか」

 ルディは今にも泣きそうな表情になって囁くように言った。

「間違いない。父上は、魔術を使って……母上を生き返らせようとしている」





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