第三章 第九話 皇后死去
予約掲載初挑戦
次の日の朝、図書室での出来事が吹き飛んでしまうほどの知らせが飛び込んできた。
「皇后陛下が……お亡くなりになった?」
急すぎる知らせに、思わず使者に聞き返してしまったほどだ。
しかし、現実は変わらない。皇后の死が教皇に確認されると同時に、葬送の儀の準備が始まる。一国の皇后ともなればそれは荘厳な儀式となるだろう。
あわただしい空気の中、喪主であるはずの皇帝はひどい有様だったと言うしかない。
昨日倒れた皇后に付き添っていた皇帝がうたたねしてしまい、起きたらすでに冷たくなっていたそうだ。
自分が目を離してしまったすきに、最愛の妃が死んだ。
皇帝は後悔に打ちひしがれ、とても葬送の儀を行える状態ではなかった。必然的に、息子であるルディが、取り仕切っている。
ディリウスもまた父親の後をついて忙しくたちまわっていた。ルディと何とか対面しようにも接触できるほどの時間がない。遠目に忙しそうに歩きまわる様子を見ることができたくらいだ。
ルディは、今にも倒れそうな顔色にも関わらず、大人たちに囲まれて堂々と対応している。いつも誰かとともにいる彼に、話しかけるのは容易ではなかった。リデルに関してはただただ泣くばかりで話しかけることすらできなかった。
皇后が亡くなって三日後。盛大な葬送の儀が執り行われた。
柩の中で飾り立てられた皇后はやつれてはいたが、若いころの美しさをほうふつとさせる姿だった。儀式に参加した多くの者たちがまだ若い皇后の死に涙していたが、それがうわべだけのものであるとディリウスは感づいていた。
皇帝を狂わせる女性がようやくいなくなったと安堵しているのだ。これで、ようやく皇帝も元に戻ってくださるに違いない、と。
実際に葬送の儀に参加した皇帝の姿は、皇后の亡きがらと対面して涙を流しこそすれ、貴族たちへの対応も正常なものだ。
ルディとリデルは皇帝の隣で客のいたわりの言葉に微笑んでいた。印象的だったのが、リデルの手を、ルディがしっかりと握りしめていたことだろう。
これで終わったのだ、と誰もがそれを信じている、いや信じたいのだった。それでも、ディリウスはそう言い聞かせることができなかった。
「父上」
ディリウスは、隣に立つ父に、小声で話しかけた。
「これで終わったのでしょうか?」
「何?」
横目で続きを促す父をちらりと視線を返しながら、自分の懸念を露呈した。
「皇后陛下がお亡くなりになれば、魔術師たちはお払い箱です。しかし、現在の彼らは」
「余裕綽々だな」
ディリウスが言いたいことがわかったのだろう。全てを言い終わる前に、父はうなずいて、ある方向を見た。
皇后の主治医も兼ねて雇われていた白髪の魔術師夫妻は、皇帝の斜め後ろに寄り添っている。いちおう黒いローブを着て、喪に付していることを示しているが、本人たちは気味の悪い笑みを浮かべて儀式が進む様子を見つめていた。
皇后が死んだ以上、彼らはこの城を出て行かなければならない。いや、城から追い出されるならばまだましといえるかもしれない。皇帝が皇后を死なせた責任として二人の首をはねるかもしれないのだ。多くの犠牲者を見てきた彼らにそれが分からないはずがない。だからこそ、彼らの出来の悪い見世物を見ているような態度が不気味だ。それがディリウスの脳裏に警鐘を鳴らす。
「何か企んでいるかもしれません」
「だが、いまさら何を」
それでも、ギリルの言葉は事実だった。すでに皇后は死に、彼らに出来ることはもうなにもない。
だが、ディリウスは何かあるに違いないと確信していた。彼は図書室での出来事を忘れてはいなかった。
皇帝が、一刻も争う状態だった皇后のそばを離れてでも、魔術師と会話しなければならなかったのはなぜなのか。
しかし、その答えはどこにも用意されてはいなかった。元々勘に近い考えなのだ。あまりにも情報が少なすぎた。
「……」
釈然としない思いで、ディリウスは柩が運ばれていくのを見た。