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第三章 第六話 疑問

もー不定期更新とします

すみません(汗




 魔術師との邂逅は、ルディには教えなかった。報告するべきだったのかもしれないが、話したところで何にもならないと考えた上に、あの時のことを口にするだけでも嫌だったのだ。

 皇宮に来てすぐに与えられた部屋に向かって歩く途中、ふと思いついて父の部屋に向かうことにした。父もディリウスと同じように部屋が与えられている。ディリウスの部屋のすぐ隣にあるので行ききしやすい。それに、ルディには言いにくいことも、父になら言えるのではないかと思ったのだ。

 目的の部屋のドアまでやってくると、ディリウスは軽くノックを二回した。父は自分でできることは自分でやることが多く、最初に与えられた侍女を全員断っていた。そのため、自分で声をかけなければならないのだ。

「父上、いらっしゃいますか?」

 すると、中から返事が聞こえた。同時に部屋が自動的に開く。

 魔術を応用した自動ドアだ。中が無人の時は部屋の持ち主と認識された人物以外、中に入ることは許されない。部屋を訪ねても、持ち主の許可がなければやはり同じだ。勝手に侵入しようとすればドアに施された魔術が作動して侵入者に罰を与えると言う。その内容は不明だが、過去、皇宮の部屋に無理やり入ろうとして、発狂したという泥棒の話から、かなりロクでもないものだと考えてよいだろう。

「どうした」

 ギリルは机に向かって書類を読んでいたようだった。心なしか、焦燥の色が濃い。

「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」

 息子にすら疲れたような顔色を見せることはめったになかった。心配のほうが先に立っての問いかけだった。

「なんでもない。役職のない私までこき使われて……今日は一日中走りまわっていたよ」

「皇帝陛下の件ですか?」

 実は、昼前にルディの私室にいた時、皇后が倒れたという知らせが飛び込んできたのだ。

 ルディは顔を青ざめて、皇后の倒れる間隔が短くなっている、とつぶやいていた。

「そうか……お前は後宮に通っていたのだったな」

 すぐに息子の情報源に気付いたらしい。片手でこめかみをほぐした。しかし通っているという表現はどうなのだろう。ルディの私室は後宮の一角にあるのでルディの元に行くということはすなわち後宮に行くことになるのだが、聞く者によってはいかがわしい内容になってしまうではないか。

「実は、ルディ殿下の元に向かう途中、宮に滞在している白髪の魔術師の一人に会ったのです」

「なに!?」

 ギリルは勢いよく椅子から立ち上がった。明らかにあせっている。

「そ、れで、お前は無事だったのか!?」

「ええ。リデル殿下のおかげで助かりました」

「姫さまが?」

 ディリウスは父にその時のことを細かく説明した。

 廊下で声をかけられ、誘われたこと。魔術師の目を見ているうちに思考が停止していったこと。そして、リデルが割って入ってくれたおかげで、正気に戻ることができたこと。

「ふむ……」

 ギリルはあごに手を添え、考え込むポーズを取った。とりあえず、椅子には座っている。

「ひょっとしたらそいつは、お前に魔術をかけようとしたのかもしれんな」

「あれが!?」

 あれが魔術だとは信じられなかった。ルディやリデルが見せてくれた魔術とはまったく違っていたのだ。二人の魔術が春の日差しなら、白髪の魔術師のそれは冬の吹雪。そう言ってもいいくらいに全く違う。

「といってもただの魔術ではないだろう。これは聞きかじりだが、南方のクールン王国で催眠術と呼ばれるものがあるそうだ」

「催眠?」

「相手を半ば眠った状態にして自分の意のままにする。最初は治療の一種として開発されたものだったそうだ」

 クールン王国とは、エルディアより南にある大国で、魔術の発展でならエルディアと一、二を争う。同時に、長い間領土を争ってきた敵国同士でもある。

「では、あの魔術師も?」

「おそらく、クールンの出身だろう」

「ですが、クールンの民のようには見えませんでしたが」

 クールンの出身者は髪も肌もエルディアの民よりも濃い。病的なほど白い魔術師たちはそれに当てはまらない。

「外見と中身が違っているからと言って決め付けるわけにはいかない」

 問題は、彼らがしていることなのだから。

 ギリルは大きくため息をついて、額に手を添えた。痛みをこらえるかのように。

「……今日、アルディが逮捕された」

「アルディ……先日お会いした近衛隊長の!?」

「そうだ」

 ギリルをわざわざ門まで迎えに来て、親しげに会話していった近衛隊長。ディリウスは、彼を見て現在目付として領地を守っている叔父を思い出していた。どちらかというと文官気質な叔父だったが、ディリウスを見守るようなまなざしはよく似ていたのだ。

「なぜ……」

「皇后の元へ向かおうとする皇帝陛下を止めようとした」

 彼は以前から皇帝の振る舞いに腹を立てていたらしい。

 愛する妃が倒れたと知った皇帝は会議に出るために支度をしていた途中だったのだ。

 会議の内容は今年の収穫高と冬への対策。今年は北のほうで不作になった領地があり、減税と支援を計画していたのだ。

 不作になった地区の中にアルディの領地があったことも原因の一つだったのかもしれない。ただでさえのびのびだった会議なのに、それすらも無視しようとする皇帝にとうとうこらえきれなくなってしまったのだ。

 これ以上、支援を待っている民を放っておくことができない。

 アルディは、皇帝に直訴した。

 彼は必死に自らの領地の民たちの様子を訴え、会議を優先してほしいと述べた。

 だが。

『遠くの民より、近くの妃だ』

 無情にも、皇帝はその一言で切り捨てた。

 飢えに苦しむ多くの領民よりも、日に日に弱っているとはいえ、衣食住の心配なしに最高級品に守られている自分の妻のほうが大事なのだと。

「嘘でしょう……?」

「本当のことだ」

 人の上に立つ者が決して口にしていいことではなかった。

 しかも、皇帝はアルディを捕らえるように命じたのだ。

 といっても、皇帝は最初、魔術を使ってその場で殺そうとした。目障りだと思ったのかもしれない。そこで間一髪知らせを受けた父が駆けつけて皇帝に直訴、さすがの皇帝も忠誠を誓われたギリルに強く出られなかったのか、逮捕するだけにとどまらせた。

「私は牢にまで彼に会いに行った」

 ギリルは悄然とうなだれていた。

「彼は言っていたよ。『民を守るために直訴した。後悔などない。だが、皇帝陛下の言葉はとても虚しかった……』と」

 多くの民を守るはずの皇帝の残酷なひと言。それに彼はどれだけ傷ついたことだろう。

 自分のすべてを否定されたような気持ちになったのではないだろうか。

「どれだけ愚かになっても、グリジス……民を思う心を忘れてはいないと信じていたのに……」

 あえて、名前で皇帝を呼ぶところに、ギリルの深い嘆きを感じさせた。そして、これが父の憔悴の原因なのだと悟る。

「父上……」

「おそらく、アルディは死刑に処されると思う」

「死刑!?そんな!!」

 領地をもつのは貴族だ。彼が処刑される。その影響は家族や家臣たちにまで及び、爵位を剥奪され、家族は着の身着のままで放り出される。家臣たちも職を失ってさまようこととなる。犯罪者として処刑された人間の関係者をかばってくれる人間などほとんどいないと言っていい。彼らに未来はない。

「彼は民を思って行動したのに!!」

「だが、陛下を止めることはもうできない」

 決定されたも同然なのだと断言した。

「そんな……」

 こんなことが許されるのだろうか。誠実な魂の持ち主だけでなく、その周囲の人間たちを巻き込み、未来を捻じ曲げる権利が皇帝にあるのだろうか。

「このままでは、陛下に見切りをつける者も現れるだろう」

 ギリルは窓の外に浮かぶ月を見上げた。

 月は半分ほど欠け、新月まであと二週間ほどにまで迫っている。

「そうなったら私は――――」

 父は何を言おうとしたのか。

 結局、口を閉ざして、ディリウスにもう寝なさい、と告げた。

 父が口にしなかった言葉の意味を、やがてディリウスは知る。

 その時には、時の流れはもう止めることができなくなっていた――――



 それが、ディリウスが皇帝に疑問を覚えた最初の瞬間だった。

 この疑問は、やがて皇帝という存在自体への疑問へと変わっていく。






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