第三章 第三話 再会
リデルは三年前と全く変わっていなかった。
小さな体。無邪気な笑顔。ディリウスにこみ上げくるのはあふれるような懐かしさと愛しさと――かすかな違和感。
(なんだろう?)
しかし、その疑問はリデルの声によってかき消される。
「ディリウスが宮に来るなんて驚いたわ!どうして教えてくれなかったの!」
リデルはほほを膨らませて睨みつけたが、全然怖くなかった。
ディリウスは結局、流されるままに後宮に連れてこられた。後宮は皇帝一家のプライベートな空間であるため、中に入ることができる人間、とりわけ男性は数少ない。ディリウスも衛兵に入り口で止められたがリデルの鶴の一声によって通してもらった。
そのままリデルは自分が庭師に指示して作ったのだという自慢の庭にディリウスを連れてきた。さらに侍女たちがテーブルや椅子、ティーセットを持ってくる。
ささやかなお茶会といった所だろう。ディリウスと向かいに座って――さきほどの言葉となったのだ。
「連絡はするつもりだった」
ディリウスはありのままに答えた。
「だけど、急に決まったせいで手紙を書く暇がなかったんだ」
本当のことだった。しばらく領地に居座っていたはずの父がディリウスの部屋を訪れて、都に行くことを告げたのはわずか一週間前のことだった。
あまりにも突然のことにディリウスは茫然としたが、ずっと願っていたこともあって単純にうれしかった。
しかし、それからの準備のほうが大変だった。
伯爵の気まぐれと称された都行きのために、ずっと準備に忙殺され、息をつけたのは馬車の中だったのだ。書こうと決めていた手紙は書けずじまいだった。
「なるほど」
ディリウスの説明を聞いて、納得したらしい。
「でも、なぜそんなに急いでいらっしゃったのかしら?」
そして、かわいらしく小首を傾げた。
「さあ……気まぐれだと言われていたけど。父上から何か言われたわけではないんだ」
だが、想像はつく。門に入る直前にやってきた近衛隊長。二人の会話。変わってしまった皇帝。影のような魔術師。
それらの要因がかかわっているということは確かだろう。
「そういえば、リデル。少し前に皇帝陛下に謁見したんだけど」
「お父様に?」
リデルはきょとんとした表情になった。
「その時、陛下の後ろに白髪の男女がついていたんだ」
「占い師の方ね?」
リデルは両手を合わせて目を輝かせた。ディリウスは欲しかった情報を手に入れることができると踏んで、思わず前のめりになる。
「占い師?」
「そうよ。ご夫婦で占いや薬を作っているのですって。私も以前占ってもらったわ!懐かしい人に会えるって!」
それがディリウスのことだったのね。
リデルは占い師――魔術師だと言われていたが――に全幅の信頼を置いているらしい。人を疑うことを知らない彼女ならありえるがうさんくささがぷんぷんした。なまじ素直なため、彼らに何か吹き込まれる可能性は高い。
そこまで考えて、この事はグリジスにも当てはまることに気がついた。皇女なら幼い少女ということもあり、それほど影響は少ないだろう。しかし、政治を司る皇帝では――
……背筋が凍りつくような想像だった。
「でね。二人はお母さまのために――」
すでにリデルの言葉のほとんどが頭に入ってこなかった。後でリデルに文句を言われたのかもしれないが、そうなることはなかった。
「それくらいにしておけ、リデル」
突然の第三者の声が耳に入った。リデルはにこやかに笑いながらゆっくり、ディリウスはやや顔を青ざめさせながらいきおいよく同じ方向を見た。
「お兄様。遅かったですわね」
「授業中に突然の呼び出しだったんだ。教師の怒りをかわすのに一苦労だった」
よく見れば分厚い本をニ、三冊抱えていた。背表紙から判断するに、この国の歴史や地理について書かれた書物のようだった。ディリウスも似たような書物で勉強したからよく覚えている。歴史関係は大の苦手だった。
「何事かと思ったが……」
まだ声変わりしていない高い声。傲慢な口調。それはやはり三年前のそれをほうふつとさせるもので。
「三年ぶりか。まさかここでまた会うとは思わなかった」
「ルディ」
エルディア皇子ルディエル。三年前よりも身長が伸び、椅子に座ったディリウスを見下ろす赤紫の瞳はどこまでも冷たかった。
その冷やかさに戸惑いを覚えつつもディリウスは席から立ち上がってルディに向き直った。再会の喜びはリデルと同じくらい、あるいはそれ以上に大きく、涙こそ流さなかったものの皇族に対する正式な礼を取った。
しかし、ルディは頭を下げるディリウスに向かって、冷徹な言葉を返してくる。
「のこのこ領地から出てきやがって。とっとと帰れ」
華やかな庭に、一陣の冷たい風が流れた。