4.真相 ☆
ぼろ布のようになった濡れた衣服を替え、毛布でくるみ、焚火を起こして暖め……三人は夜通しリュインを介抱したが、固まった四肢は容易には動かず、翌日になっても歩けるようにはならなかった。リリィとハルは、交代で彼女をおぶい、山麓の村まで送り届けた。
「えっ?……リュイン?リュインなのかい!?」
井戸で水を汲んていた中年の婦人たちが、ハルの背の姿に気付いた。ひとりが村の中へと走っていった。その者は、背の曲がった老婆の腕を取り戻って来た。老婆は異邦人におぶわれた姿を認めると、眼をこじ開け、よろけながら駆け寄った。
「リュイン……ああ、リュイン!あああ……」
彼女の母だった。ハルはリュインを背から降ろし、母に抱き締めさせた。
※
泊っていけという村人たちの申し出を固辞し、三人はその地を後にした。
先頭で進むハル。
むき出た石から石へとカモシカのように跳ねながら、彼女は後ろを歩む少女に尋ねた。
「ボウマンのこと……知ってたのか?」
「ええ」
リリィは、大平原に沈みゆく夕日を面に受けていた。
道を下るハルの表情は複雑だった。三十年ものあいだ探し求め、ようやく見いだし、手が届く寸前、彼は背を向けた。その心境を慮っていた。
「彼女は蘇ったけど……つらい人生になるかもしれないわね。あなたも見たと思うけど、命は取り戻しても、指はほとんど腐り落ちるでしょう。旧知の村人たちとも時を分かたれた」
「そうだな……」
自分たちのしたことが本当に良かったのか。ハルには判断しかねた。
だが同時に彼女は理解していた。
(世の中、薪を割ったように良いことと悪いことがあるわけじゃねぇ。そして薪を割ったように良いヤツと悪いヤツがいるわけでもねぇ。コイツみたいにな)
ハルは振り返った。彼女は立ち止まり、両手を広げた。
「それにしてもすげぇな!氷漬けの人間を生き返らせちまうなんて。どんな術使ったんだ?」
だが、彼女を見下ろす少女の目に笑みはなかった。
「私は……何もしていないわ」
「えっ……?」
「私は何の術も使っていない。息を吹き返したのは、たまたまよ」
「ウソだろ……どういうことだよ!?」
夕日に衣装を染め、少女は答えた。
「王城の図書館で、たくさんの文献を調べた。反魂の秘法に関する記述は多くあった。でも、そのどれも今ひとつ信憑性に欠けていた。調べが進んで……私にはわかった。その術は存在しない、迷信なんだって」
「そんな……」
「この世界では、毎年何万と言う人が生まれ、死んでゆく。天寿を全うする老人だけじゃない。病、事故、犯罪、戦、天災……自分の力ではどうすることもできない、理不尽な理由で身近な人の命が奪われる」
「……………」
「愛する人を失うのは悲しいこと。その耐えがたい心の痛みに、誰しも思うわ。時を巻き戻したい、生き返って欲しいって。有史以前から、何百万、何千万と積み重なったそんな人々の強い思いが……ありもしない秘術を生み出してしまった」
諭すような少女の目。ハルはうつむき唇を噛んだ。
「……それに、創造より破壊……私の力は、彼の願いとは背反するもの。私はこれまで、むしろそんな悲しみを作ってきた立場。もとよりできっこなかったし、する資格もなかった。失敗すれば、彼もあきらめがつくと思って引き受けた」
「わーったよ」
ハルが顔を上げた。
「でも……あたいはちょっとうれしかったぜ」
民族衣装の後ろから覗くシールも穏やかな表情を見せた。ハルの想いを汲み取ったのだろう。
「……おめぇが、自分より他人のことを考えて行動するなんてな。こりゃお天道様もびっくりだぜ」
リリィがいたずらっぽく笑った。
「百万ソリタは魅力的だったでしょ」
「受け取れるつもりなかったくせに……って!これどーすんだよ!?成功しちまったじゃねぇか!金払わせんのか!?」
※
王都に戻ったリリィは、シールに手紙を代筆させた。
使いの者を出そうとしたが、ハルが自分で届けると言い、持って出て行った。
「ハル、さん……」
「しばらくぶりだな。達者にしてたか?」
ボウマンは、かつてのハルたちの住まいと似た、出稼ぎ者向けの下宿で暮らしていた。
「あの時は……黙って姿を消してしまい申し訳ありませんでした」
「後でリリィから聞いたよ。いいってことよ」
彼女はバッグから封書を取り出し、差し出した。
「まじない師殿からの伝言だ」
「あの、それでリュインは……」
「手紙に書いてある。自分の目で確かめな」
「あたいは字が読めねーけどな」、ハハハと笑い、ハルはきびすを返した。
開封したボウマンは、シールの達筆に目を這わせた。
「リュインが……まさか……」
手紙には、リュインが息を吹き返したこと、彼女を故郷の村まで送り届けたこと、報酬の受け取りは辞退することが簡潔に記されていた。
「リュイン……リュイン……くっ、うっ、うわあ、わあああああああッ!!」
ハルが歩を止めた。表通りにまであふれ出す慟哭。
彼女は静かに目を閉じた。
その頬を、一陣の風が撫でた。
慈しむような、柔らかで、暖かな感触。
―――春は、もうそこまで来ていた。
(完)
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本作は、長編異世界ファンタジー『召喚士の休日』のサイドストーリーですが、本編未読でも問題なく楽しんでいただけるよう、読み切りの短編として再構成したものでした。本編もただいま連載中です。よろしければ、お読みいただけますと幸いです。
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※昨年、執筆中の本作を誤って公開してしまいました。お読みいただいた方申し訳ございませんでした。