1.道場の珍客 (2) ☆
※
ボウマンの言は、驚くべきものだった。
『死んだ恋人の魂を呼び戻してほしい』―――
……それが彼の依頼だった。
「そんなことできんのかよ!?」
ハルが目をむいた。当然の反応だった。彼は経緯を語った。
「私は大平原の東、マーロン山脈の中腹にある猟師の村で生まれました。恋人・リュインは幼なじみで、子供のころからよく一緒に狩りをしていました。幼いころは村周辺の野うさぎを追い、やがて昼夜をかけた狩猟行で狼やシカを仕留めるようになりました。成長し、美しい娘に育っても彼女は猟をやめず、私と共に野山を駆け巡りました」
兄弟がおらず、同年代の友達にも恵まれなかったシールは、彼の話に憧憬をもって耳を傾けた。
「ある夏、村人のひとりが山で神鹿を見たとの情報が入りました。ご存じと思いますが、その大鹿のもつ美しい角は高価で、装飾品になるほか、削った粉は薬にもなります。一頭仕留めれば村が半年食える、そう言われるほど価値ある獲物でした。当然のことながら、村の猟師にとっては憧れの的です。血気盛んだった私たちふたりも、その獲物を求め高山に分け入りました」
薬の知識があるリリィは、神鹿の角の価値を理解できた。そこから作った薬は万能薬であり、不老長寿をもたらすとさえ言われることもある。
ただ、『憧れのターゲット』との彼の言は引っ掛かった。割り込んで問おうとしたが、彼が話を続けたため口をつぐんだ。
「……数日間の狩猟行の果て、ついに私たちは雪原でその大鹿を見付けました。生まれて初めて見る姿に、血が沸騰するほど興奮したのを覚えています。私とリュインは追い込み役、仕留め役に分かれてその獲物と対峙しました。無論、役割は状況により瞬時に入れ替わります。その阿吽の呼吸こそが私とリュイン、ふたりで長年培ったものでした」
誇らしげな口調。だがそれも片時だった。「しかし……」、そう言って彼は声色を落とした。
「……私たちなら絶対に仕留められる、その自信が過信であったと思い知らされるのに時間はかかりませんでした。追い込みに夢中になり……気付いた時、リュインの姿が消えていました。沸き立っていた私の血は凍りました。頭が冷え、すぐに理解しました。リュインはきっと、氷の川の裂け目に転落してしまったのです」
弓を扱い、自らも数え切れないほどの獲物を仕留めてきた者として、ハルには彼の話が自分事のように理解できた。的を追い、危険を冒す。リスクに目を向ければ、それだけ獲物は遠のく。そのギリギリのラインを攻める。小さなミスは痛みになって返り、自らを成長させる。だが……取り返しのつかない失敗は、死神を喜ばせるだけだ。
「もう、獲物どころではありませんでした。血眼になって彼女を探しましたが、見付けることができませんでした。日が落ちれば、自らも地獄の裂け目の餌食です。私はいったん山を下り、村の仲間に助けを求めました。しかし、よほど深くに落ちたのでしょう。動ける者が総出で捜索しましたが、徒労に終わりました」
「……………」
「『氷の川の裂け目に落ちたら助からない』、猟師としては常識です。雪原での狩猟では絶対に気を付けなければならないことです。しかし希少な獲物を前に、完全に冷静さを欠いてしまいました。私の落ち度です。村人たちや、彼女の両親にも激しく責められました。私は村にいられなくなり……山を下りました」
狩猟に事故はつきものだ。命を落とすことだってある。ナカやハルは、彼がそこまで非難される理由を計りかねた。ボウマンも語らなかった。
だがリリィには推し測れた。
神鹿は、名のとおり神の使いとされる。場所によっては、手を出してはならぬと戒められることもある。彼の村がどうかはわからないが、きっと何の罪悪感もなく的にしてよい獲物ではなかったに違いない。それだけに、村人の怒りも大きくなった。
「……追われるように村を出た私は、悲嘆に暮れたまま、各地を転々としました。弓を折り、猟師の仕事はしませんでした。しかし……彼女のことを、どうしても忘れることができませんでした。妻も娶らず、想いは朽ちるどころが年々強くなり……数年後、私は再び山に入りました。そして事故があった付近を捜索しました。その時は、手がかりを得ることはできませんでした。それから毎年、夏になると現場を訪れ、彼女を探すようになりました。亡骸か、せめて遺品でもと……そんな時が、十年、二十年、無為に過ぎていきました」
「……………」
「ところがです。五年前の夏……私は、ついに彼女を見付けたのです」
ハルが目の色を変えた。これからが本題だ。