5話 異変
5話 異変
公園に戻ってきたタダユキたちは、早速撮影の準備を進める。栞は、一人公園内を飛び回り体を暖めていた。
「あの、澪さん 今日はあの鬼の人はいらっしゃらないのですか? 」
「そう 今夜は大嶽丸は来られないみたいなんだよ だから、その代わりが刹那、お前だ 」
「ええーっ ちょっと待って下さい あの鬼の人の代わりなんて出来るわけないじゃありませんか 」
刹那は尻込みするが、澪は軽く大丈夫、大丈夫と言う。
「タダユキさん、助けて下さい 私、絶対無理ですよ 」
刹那が泣き言を言っていると、そこへ栞がやって来た。
「ふんふん、それなら私を敵だと思って戦って下さい 刹那さんも”朱姫”の名を継いでいる訳ですから無駄な動きのない綺麗な動きが出来ると思いますよ 」
「そうだな、刹那 それでいこう 栞の奴をギャフンと言わせてやれ 」
「そんな、白姫さんに動きで敵うわけないじゃないですか 」
「ふんふん 私が”白姫”だったのは昔の話 今はただの片腕の踊り子ですよ 」
そう言いながら栞は、空中錐揉み三回転ツイストジャンプを目の前で披露する。
「刹那 澪さんが見てるんだから頑張りなさいよ 」
公園に戻ってきた弥生が、他人事なので楽しそうに発破をかける。刹那は弥生をジトッと見つめていたが覚悟を決めたように柔軟体操を始めた。
「よーし、撮影始めるぞ 」
澪の号令でスタートした動画撮影は、今までとはかなり趣を変えた物になっていた。栞と刹那が拳と蹴りを打ち込みあい本気で戦っているようであった。
「ああ、もう何やってんだ刹那 そこで栞の足を払わなきゃダメだろう 」
見ている澪も興奮するほど白熱した戦いだったが徐々に均衡が破れてくる。栞の攻める時間が長くなり刹那は防戦一方になってきていた。
「片腕なのにこの動きかよ 恐ろしい奴だな、栞 まだまだ現役でいけそうじゃないか 」
澪が感心していると、栞の攻撃をかわした刹那が大きくバランスを崩す。そこへ間髪入れず栞の足が大きく上がり踵が落ちてくる。
・・・踵落とし ダメ、避けられない・・・
体勢を崩したまま動けずにいる刹那は覚悟を決めた。そこへ人影が飛び込んできて、栞の踵落としを腕を十字に組みがっしりと受け止めていた。
「おいおい、栞 本気に成りすぎだよ 」
「ふんふん 刹那さんの動きがあまりに良かったので私も夢中になってしまいました 」
栞は舌を出して飛び込んできた澪に謝罪した。澪は尻餅をついている刹那に手を伸ばすと立ち上がらせる。
「やっぱり、大嶽丸がいないと受けそうな画が撮れないな いなくてもいいやと思ったけど、あいつ、何気に重要な位置にいるんだな 」
かなり失礼な事を平気で言う澪に、クロがシャーッと抗議する。クロに一度負けている澪は、ごめんなさいと素直に頭を下げ、クロはどや顔で澪を見下していた。それを見たタダユキが爆笑する。
「澪はクロより弱いんだから、クロの友達も尊敬しなきゃダメだぞ 」
「その私より弱いタダユキは、当然私の事も尊敬しているんだろうな 」
澪に1発でのされ、更に澪を尊敬しているとは言えないタダユキは、そこで言葉に詰まってしまった。
「まあまあ、二人とも 仲が良いのはいいですが、弥生さんと刹那さんはお仕事で疲れているのですから、そろそろ解散するとしましょう 」
栞の提案で今夜はこれでお開きにしようと云うことになり機材を片付け始めた時、弥生がポツリと呟いた。
「今日、取り逃がしてしまった妖怪は何処に行ったのでしょう? また、人間に危害を加えなければいいのですが 」
その呟きに澪が、しみじみとした表情を浮かべる。
「卯月、そっくりだな あいつは何時もそんな風に考えていた だから、どんな所に妖怪が潜んでいるのか何時も気にしていたよ 」
澪が弥生の肩を叩き、頑張れと笑顔を見せる。
「さっき預けた地図に卯月さんが細かくチェックして書き込んであるから、それを参考に潰していけばいいと思うよ 」
タダユキも弥生に、頑張れと笑顔を向ける。弥生は自分は幸せなんだなと実感した。自分の周りにこれだけ自分を気にしてくれている人がいる。卯月を失った時にはドン底だと感じていたが、そんな事はないのだと気が付いた。もう迷うことはない。自分も人間とみんなの為に頑張るだけだ。そして、いつか自分の事を本当に必要だと思ってくれる人が現れたら素敵だなと思っていた。
* * *
澪たちとの撮影を欠席した大嶽丸は異界にいた。そして、大嶽丸は隣にいる酒呑童子と苦い顔をしていた。二人の前には一人の鬼が正座している。
「それは本当の話なのか? 」
酒呑童子が前の鬼に尋ねる。
「はい、間違いありません 私も嘘だろうと思いましたが、あれは間違いなく”九尾”です 」
大嶽丸と酒呑童子は顔を見合わせる。
「九尾の奴は、崇徳上皇と共に消滅したんじゃなかったのか? 」
「そうだ 確かにあの時、九尾と崇徳上皇は消滅した筈だ 奴らの気配も完全に消えていた 」
「なら何者かが九尾に成り済ましているのか? 」
その時前に正座した鬼が恐る恐る口を開く。
「いえ、あれは間違いなく本物の九尾です あんな邪悪な気配を撒き散らしているのは九尾以外考えられません 」
大嶽丸は、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「考えられるのは、あの時、九尾と崇徳上皇は融合していたらしい なので、消滅したのは九尾を支配していた崇徳上皇だけだったのではないか つまり九尾の体は滅んだが魂は残っていた 」
「確かに、それしか考えられんな だとすると残った魂が時間をかけて体も再生していったということか 」
「可能性だがな しかし、本当なら厄介な事だ 」
「そう言いながら嬉しそうだな 」
「そりゃそうだろう もし九尾が復活しているなら今度こそ俺が引導を渡してやれるからな 」
大嶽丸は豪快に笑うと、酒呑童子の盃に酒を注いだ。
「しかしな九尾だけでは、こんなに早く再生出来ないだろう 何かが起こっているのかも知れんな 」
二人の鬼は酒を交わしながら、また新たな驚異が現れたのでは危惧していた。