4話 集う闇
4話 集う闇
二階の奥にある寝室とおぼしき部屋の中、血のように赤い幹の木がざわざわと蠢いている。その枝に一人の女の子が巻き付かれていた。女の子は血を吸われているようで顔色が白くなり、ぐったりとしている。
「”樹木子” 吸血木と呼ばれる怪木だな 深い森の中にいる妖怪の筈なのに 」
「刹那 急いで助けましょう 女の子の命が危ない 」
しかし、”樹木子”の枝が鞭のように二人に襲いかかり容易に近付く事が出来ない。
「くそっ、倒すのは簡単だけど、燃やしてしまったら女の子の命も危ないよ 」
「急がないと、女の子が まず倒すより先に救出しないと 」
二人は迫る枝を次々に切り落とし叩き折り女の子の元に向かおうとするが、”樹木子”の枝は瞬時に再生し襲ってくる。
「女の子の新鮮な生き血を吸っているので再生が早いようですね 」
「こいつの再生スピードを上回るスピードで枝を叩き落とせばいいんだろうけど、このスピードは尋常じゃあないな 」
二人は更に攻撃の回転を上げ”樹木子”の枝を斬り飛ばしていくが、”樹木子”の再生スピードが落ちる事はなく二人は足止めをくらった状態で進むことが出来なかった。そうしているうちにも女の子の顔色がどんどん悪くなっていく。
「うわっ 」
その時突然、刹那の足下からも”樹木子”の根が攻撃してきた。空中に飛んで避けた刹那だったが、その空中の動きをとれない刹那に鋭い枝が襲いかかる。なんとか木刀で枝を防いだ刹那の着地する位置に根が飛び出し串刺しにしようとする。そこへ弥生が飛び込み、気の込めた扇子で”樹木子”の根をズバッと斬り落とした。
「ありがとう、青姫 助かった 」
「しかし、この状況は良くないですね 何か手を考えないと敵の思う壺です 」
弥生は考えを巡らすが、ゆっくりとしていられないこの状況では良いアイデアが浮かばない。
「仕方ありません 多少強引ですが、力技で押しきりましょう 」
弥生が刹那に考えを告げ、後方に周り印契を結び集中する。刹那は前に出て迫りくる”樹木子”の枝を叩き落としながら少しでも女の子の付近の枝の数を減らそうとしていた。
「OKです 朱姫 」
弥生の合図で刹那は今まで以上に”樹木子”の懐深く入り込み、その赤く太い幹に木刀を叩き込んだ。
「うおぉぉぉーー!!! 」
刹那が朱姫の夏の力を使い”樹木子”の分子を加速させる。
「ウボォォォォッ!! 」
”樹木子”が悲鳴を上げ燃え出した。”樹木子”の全身が瞬く間に火に包まれる。
「春の風 」
そこへ弥生が突風を起こし、燃えて脆くなっている”樹木子”の枝から女の子を吹き飛ばす。風は後ろの壁に当たり、こちらに戻ってくると弥生は予想していたが、弥生の放った風の威力は凄まじく、なんと壁を突き破ってしまった。
「いけないっ! 」
弥生は、破られた壁から外へ飛び出して行きそうな女の子を見て慌てた。刹那が、女の子を掴もうと飛び出すが、女の子は一瞬早く外に飛び出し落ちてしまった。
「大変っ! 」
「酷い怪我してたらどうしよう 」
二人は慌てて壊れた壁から下を覗く。そこには女の子を受け止めたタダユキが立っていた。肩の上にはクロも乗っている。
「お疲れ様 もう済んだのかい? 」
タダユキの言葉で二人はホッと安堵した。
・・・まだまだ私はダメだ 女の子に怪我をさせるところだった 先輩に遠く及ばない・・・
弥生は落ち込んだが、タダユキが慰めるように肩を叩く。クロも弥生の肩に飛び乗ると頬をペロペロと舐めた。弥生も顔を上げ急ぎ救急車を手配し女の子を搬送してもらった後、一同は再び住居の中に戻ると弥生と刹那は”逆柱”の浄化に手をつけた。その間、タダユキとクロはこの屋敷の中を調べていたが、どうやら他の妖怪たちは”樹木子”が倒された事を知り逃げてしまったようだ。
「フーッ! 」
クロが悔しげに唸る。あの黒い手を伸ばしてきた妖怪を討伐したかったようだが何処かに消えてしまっていた。タダユキも至るところに残る妖怪の痕跡に、崇徳上皇や九尾は滅びたとはいえ、まだまだ油断は出来ないなと気を引き締めた。そして、クロと一階のお風呂場に行ったとき嫌な気配を感じる。何故か風呂に水が張ってあり、水道の蛇口から水がピチャッピチャッと滴り落ちていた。まるで、つい今しがたまでそこに何かが居たような雰囲気がする。しかし、そこにいた何かは気配だけ残して消えてしまっていた。
「タダユキさん、今日はありがとうございました 」
”逆柱”を浄化した弥生がやって来てタダユキに礼を告げたが、やはり何かを感じたように辺りを見回す。
「もう、何も居ないみたいだけど、ここから逃げた妖怪が何処かに潜んでいるのは間違いないね 」
「そうですね この地図をお借りしてよろしいですか 私たちで怪しそうな場所を調べてみます 」
「気を付けてくれよ どんな妖怪が居るのか分からないからね 」
「大丈夫ですよ 私だって”青姫”なんですから 」
弥生がにこりと笑い、タダユキはこれは失礼と頭を下げる。今こうして弥生と話していると、初対面の時弥生から敵視されていた事など夢のようだった。卯月を失ってから全てにおいて気力を失くしてしまった弥生を立ち直らせる為に何度も根気よく説得した事で信頼してくれたのかなとタダユキは考えていたが、弥生は卯月が最後に選んだのがタダユキだったという事が一番の信頼の証だと思っていた。
「おーい、まだかタダユキ そろそろ撮影始めたいんだけど 」
外からタダユキを呼ぶ元気な声が聞こえる。
「み、澪さん 」
他の場所を調べていた刹那が慌てて外に飛び出そうとするが、弥生を見て踏みとどまった。
「もう 別に行っていいわよ 澪さんに会いたいんでしょ 後は私が調べておきますから 」
刹那は何か言いたそうだったが、弥生に頭を下げるとタダユキよりも先に外に飛び出して行った。
「おっ、刹那 ちょうどいい お前も手伝ってくれよ 」
「えっ、私踊れませんよ でも少しだけなら 」
外から聞こえる刹那の嬉しそうな声を聞くと弥生も思わず顔が綻んでくるのだった。