31話 砕かれた日常
31話 砕かれた日常
タダユキたちは気持ち良くみんなでお酒を楽しんでいた。酔っ払ったタダユキが坂本を捕まえてくだを巻いている。
「僕はね、坂本さん 命に代えても弥生ちゃんの事は守りますよ それが卯月さんとの約束だから 」
「ふん、私だって刹那と弥生は必ず守る 卯月に頼まれたからな 」
タダユキに負けじと澪が続く。
「それなら僕は警官としてお二人の命を守りますよ 」
「ちょっと坂本さん そういう事言うと死亡フラグが立つと自分でいつも言ってるじゃないですか 」
良美が眉をひそめるが酔っている坂本は、市民を守るのが僕の務めだ、そんなもの怖がってどうすると気勢をあげている。そこで、やはりもう良い調子になっている大嶽丸が爆笑する。
「心配するな、坂本 俺がみんなを守ってやる 俺ほど強い奴はそういないからな 」
「出たよ、大嶽丸の自慢話 それより九尾の行方はどうなってるんだ? 」
澪の追求に大嶽丸は耳が痛いという風に栞の方を向く。
「すまん、嬢ちゃん 九尾の奴はまだ見つけていない 俺としたことが 」
「大丈夫ですよ、大嶽丸さん 大嶽丸さんのおかげで私は希望を持てました 感謝しています 」
「ホントにすまん それにしてもあの二人が戦っていたのが十鬼神の一人“牛御前“だったとはな それを嬢ちゃんが一人で倒すとは驚いた 」
「十鬼神というのは何ですか? 」
鬼ころしを飲みながら店長が恐る恐る大嶽丸に尋ねる。
「十鬼神は俺や酒呑みたいな鬼の中で最強と云われる鬼の事だ 」
「自分で言うなよ 」
鼻の穴を膨らませて言う大嶽丸に澪が突っ込む。
「他にも酒呑の息子の鬼童丸や温羅、両面宿儺、橋姫、塵輪鬼、四鬼なんかがいるな 牛御前はこの中では末席だが、鬼神魔王と呼ばれる俺様は当然トップだ 」
「ハイハイ それより 今度の撮影だよ 思い付いたんだけど、ここにいる全員参加でやってみないか 」
「ほう、面白そうだな 」
「ふんふん 趣向を変えるのも良いですね 」
「ふにゃーっ 」
「よし 主演3人がOKなら問題ないな それでいこう いいなカメラマン 」
「問題ない 広角とズームとあと何台かカメラ用意して最高のものにするよ 任せとけ 」
タダユキも了解するが、刹那が不安そうな顔で澪に泣きつく。
「あの、澪さん 私もまた? 」
「全員って言ったろう、当然お前もだ 店長も昔踊ってたって言ってましたよね 」
いきなり振られた店長は慌てて澪に敬語を使ってしまう。
「はい、私も昔はディスコで「ジンギスカン」を踊っていました
チークならもっと得意ですね 」
なんのことか分からなかったが了解の返事と受け取った澪は、坂本と良美にも顔を向ける。
「あの動画に参加出来るなんて嬉しいです 是非坂本と一緒に参加させて下さい 」
坂本の返事も聞かず良美が興奮して答えた。坂本がギョッとした顔をしてから、市民の頼みなら仕方ないと苦笑いする。
「それじゃ、みんなの日程は後で調整していこう では動画撮影の成功を祈ってカンパーイ!! 」
澪の音頭で今日何度目かの乾杯が行われた。ここまでは笑顔が溢れていた。本当に楽しい幸福な時間だった。しかし、そのみんなの笑顔が一瞬で消えていく。バリバリと空間に亀裂が入ったかと思うと、空間が裂けていく。その空間の裂け目から巨大な鬼が姿を現した。5本の角を持ち目が16もある巨大な鬼。その突然現れた鬼が、戸惑い逃げ回る人間たちを殺戮していく。そして、空間の裂け目がさらに大きく拡がっていった。
「なんで、アイツが? 何があったんだ? 」
大嶽丸は叫ぶと鬼に向かって駆け出していった。
「大嶽丸 あの鬼は? 」
澪が大嶽丸の背中に向かい大声で叫ぶ。
「奴は“酒呑“ “酒呑童子“だ アイツは俺が止める 気を付けろ、百鬼夜行が来るぞ!! 」
「百鬼夜行? 」
坂本が意味が分からず聞き返す。
「妖怪の群れの事ですよ、坂本さん、早く人々の避難を!! 刹那、行きますよ 」
弥生が答え刹那と二人で駆け出して行くと空間の裂け目から妖怪の群れがゴボッと吐き出されるように溢れ出て来た。
「浅野くん 駅前の交番に行って署に救援要請を 僕は付近の人たちを避難させる 」
「はい、坂本さん 気を付けて 」
良美もすぐに走り出す。
「澪、店長さんを安全な所へ クロ、栞さん、行けますか 」
タダユキも走り出していた。その後ろに栞とクロが続く。すでに町は大混乱になっていた。
「獣扇“青龍“ 」
走りながら弥生は帯から扇子を出し両手に構える。そして、迫ってくる妖怪の群れの前に立ちはだかった。
「斬舞“月詠“ 」
弥生の両手から放たれた扇子が高速で回転しながら妖怪を切り裂いていく。
「獣刀“朱雀“ 」
刹那も片膝をついて獣刀を構える。
「裏蓬莱抜刀“サターン“ 」
刹那から幾重もの環の斬撃が放たれ周囲の妖怪が瞬時に肉片に変わり果てた。
・・・西園寺さんも、蓬莱さんも凄い だけど、この数 百鬼夜行どころか、万鬼も超えている 浅野くん、早く救援を ・・・
人々を避難させながら、私服で丸腰の坂本は地団駄を踏んでいた。すると、さらに空間の裂け目から巨大な鬼がもう一体現れる。二つの顔を持った四本腕、四本足の巨大な鬼は、周囲を見回し妖怪を蹴散らしている弥生と刹那に狙いをつけ向かっていった。
「いけない!! 奴は“両面宿儺“ 俺たちと同じ十鬼神の1人だ 弥生、刹那、逃げろっ!! 」
酒呑童子を抑えながら大嶽丸が叫ぶが、至る所で悲鳴や怒声があがり弥生たちの耳には届かなかった。
「刹那っ!! 気を付けてください とんでもない奴が来ました 」
弥生の叫びで刹那も両面宿儺の姿を認める。
「弥生っ!! なんだ、この鬼は? 」
「両面宿儺 先輩から、この妖怪に出会ったら逃げろと言われている鬼の1人です 」
「なるほど 確かに凄まじい力を感じる でも私たちが逃げたら…… 」
「そうです 私たちは逃げるわけにはいきません ここにいる人達が全員避難出来るまでは 」
弥生と刹那は獣扇と獣刀に力を込める。獣扇から青い龍が浮かび上がり、獣刀からも赤い鳥が浮かび上がった。
「私たちの最大の火力で当たるしかありません 覚悟はいいですか、刹那 」
「当たり前だ 人を守る為に戦ってきたんだ もう一度、八千穂や柚希と話したかったけど、悔いはない 」
「ダメだぁ!! 西園寺さん、蓬莱さん 今、救援が来る 逃げて下さい 」
坂本は迫る鬼・両面宿儺の恐怖で震えながらも必死に叫ぶ。このまま弥生と刹那に二度と会えなくなりそうで怖かった。だが、弥生と刹那は立ちはだかる。人々を守る為に……。
「斬舞“真・遠呂知“ 」
弥生は飛び上がり両足の指でも扇子を持ち4本の扇子を拡げる。そして、体を高速に回転させ両面宿儺に突っ込んでいった。その姿は空を駆け巡る青い龍のようである。その弥生を叩き落とそうと右手を伸ばした両面宿儺だったが、弥生に触れた瞬間、指も掌も切り刻まれ肉片になって散っていく。通常の武器では傷一つ負わない両面宿儺の腕が弥生の技で消滅していた。が、着地した弥生も力を使い果たし立っている事も出来ず崩れ落ちる。弥生は通常の斬舞に青姫の春の力を合成し、その威力を数倍にも上げることに成功したが、その代償は大きかった。両面宿儺は動けずにいる弥生に強烈な蹴りを入れる。
「がはぁ!! 」
血を吐いて宙に浮く弥生に両面宿儺は残った左腕で容赦なく拳を打ち込む。背骨が折れたのではと思われる程の強烈な打撃を受けた弥生は、胸から激しく地面に打ち付けられ白目を剥き口から泡を吹いて動かなくなっていた。両面宿儺はその弥生に止めを刺すため蟻のように踏み潰そうとした。その時、力を解放した刹那の攻撃が両面宿儺を襲う。
「裏蓬莱秘剣“マーズ“ 」
弥生を踏み潰そうとした両面宿儺に刹那の回避不能の光速の突きが炸裂する。獣刀“朱雀“は両面宿儺の胸を貫き巨大な風穴を空けた。さらに朱姫の力が加わり両面宿儺の細胞を発火させる。両面宿儺は胸から激しく火を噴いて後ろによろめき崩れ落ちた。が、刹那も力を使い果たし腕を痙攣させ、口や鼻、目、耳からも血が流れ出し、その場に崩れ落ちる。
・・・やるじゃないか、アイツら でもダメだ あれではまだ宿儺は倒せない ・・・
大嶽丸は早く弥生と刹那の元に駆け付けたいが、酒呑童子を押さえ付けるので手一杯だった。
「このバカ、何やってんだ 早く正気に戻れ 」
しかし、酒呑童子は変わらず大嶽丸に殺気を込めた拳で殴りかかってくる。その時、良美からの連絡を受けた署の救援部隊が到着した。そして、百鬼夜行の妖怪に拳銃で応戦し人々の避難に当たりだした。
「坂本さん、無事ですか? 」
駆け付けた良美が坂本に拳銃を渡す。
「僕は大丈夫だ それより西園寺さんと蓬莱さんが 」
地面に倒れてピクリとも動かない弥生と刹那の姿を確認した良美は坂本と協力して二人で弥生を運び、そして刹那も物陰まで運んだ。しかし、その時にはもう崩れ落ちていた両面宿儺は起き上がろうとしている。
「な、何ですか? あの妖怪は 」
良美は起き上がった両面宿儺を見て震え上がっていた。辺りにいる妖怪とは格が違う。一見してその恐ろしさで良美の心臓を鷲掴みにし、足はガクガクと震えてきていた。
「西園寺さんと蓬莱さんが、あの化け物を食い止めてくれた だから、みんなが避難できる時間が稼げたんだ でも、彼女たちが…… 僕には何も出来なかった 」
良美は項垂れる坂本の肩を叩く。
「泣くのは早いですよ、坂本さん 今度は私たちがあの化け物を食い止めなければ 」
震えながらも拳銃を構えて鋭い目で両面宿儺を見据える良美に坂本も頷く。二人は再び迫ってくる両面宿儺を拳銃で迎え撃つ。しかし、両面宿儺は二人の攻撃を物ともせず迫ってきていた。
「坂本さん、浅野さん あとは任せて 」
妖怪と戦いながら人々を避難させていたタダユキたちが、救援に駆け付けてくれた警官たちにあとを任せ、坂本と良美の元に集まって来ていた。
「ふんふん 弥生さんと刹那さんはなんとか無事ですね また入院でしょうけど でも助けていただいて感謝します 」
「ありがとう 坂本さん、浅野さん 」
栞と澪にお礼を言われ、二人の無事を確認したタダユキにも深く頭を下げられた坂本と良美は余計に自分達の無力さを感じてしまった。
「ふんふん 両面宿儺ですか 普通に戦ったらまず勝ち目はないですね 」
「普通に戦ったらな 」
「澪も、栞さんもいいんですか? 僕は卯月さんとの約束があるので 」
「タダユキ 自分だけいい格好するな 私も卯月との約束があるし未来を守る義務もある 」
「ふんふん 私も、私を庇ってくれた柊佳さんや八千穂と柚希の未来の為ですね 」
3人は顔を見合わせる。長い間、一緒に戦ってきたお互いを信頼し認めあう気持ちが、その顔に込められていた。クロが3人の足元でにゃーっと鳴く。
「大丈夫 クロの事も忘れてないよ クロはここで坂本さんたちを守ってくれ 」
タダユキはクロを優しく抱き上げ頬擦りすると、良美に手渡した。