3話 闇に飲まれた家
3話 闇に飲まれた家
ヨタヨタと歩いてきた黒猫は公園の芝生の上で横になり、ぐったりとしている。
「クロちゃん、どうしたの? しっかりして 」
二人が声をかけるがクロは口を開け苦しそうに息をしているだけで反応がない。
「クロがこんなになるなんて、何があったんだろう 」
弥生も刹那もクロが普通の黒猫ではない事を知っている。そのクロがこんな状態になるとは余程の事が起こったに違いない。二人はそれが妖怪の仕業であると確信していた。事によると人間も被害にあっているかもしれない。二人はクロが何処でこんな目にあったのか知りたかったが、クロはもうとても動ける状態ではなかった。
「どうしよう、弥生 」
「クロちゃんはもう動けないようです 早く手当てをしてあげなければ それと原因を探って人間への被害も食い止めなければいけませんね 」
弥生はクロが歩いてきた方角を見つめる。
「クロちゃんは向こうから歩いて来ました 私が向かって辺りを探ってみます 刹那はクロちゃんを手当てして下さい 」
「ダメだ、弥生 一人で行くな 得体の知れない相手だ、一人では危険だ 」
澪も、卯月も一人で対応し酷い事になったのは、二人とも承知している。
「分かっています でも時間がありません もし誰かが捕らえられていたら、あの少年みたいにならないとも限りません 」
弥生の言うことももっともだ。それでも一人では危険過ぎる。刹那は、どうするという目でクロを見つめた。すると、クロがニャーと大きく鳴き、公園の石段の方を向いた。
「クロ、どうした? あれっ、弥生ちゃん? 」
石段を上がってきたビジネススーツの男が駆け寄って来てクロを抱き上げた。
「タダユキさん 良かった、クロちゃんをお任せしていいですか 」
タダユキはクロを撫でながら弥生に事情を訊く。
「何処に向かうか当てはあるのかい? 」
「いえ、あちらの方向を二人で手当たり次第に調べるつもりです 」
「それなら、少し待ってくれ 」
タダユキは鞄の中から地図を取り出す。
「これは前に卯月さんと怪しげな場所をチェックした時に作った地図だ この方向だと…… ここだ この家が怪しい 急いで 」
二人はタダユキから地図を預かると全力で走り出した。それを見送ったタダユキはクロに好物のおやつを与え水を飲ませる。普通の猫ではないクロは、栄養と水分をしっかり摂り安静にしていれば回復していくのをタダユキは知っている。タダユキはベンチに座り膝の上にクロを乗せ優しく撫でていた。
「あまり無茶するなよ、クロ お前まで居なくなったら僕が困るだろう 」
クロは、ごめんなさいというようにニャンと小さく鳴いた。
* * *
弥生と刹那が地図に示された住宅に着くと、その家の前に子供用の自転車が倒れていた。辺りに子供の姿は見当たらない。それに、その家から漂ってくる気配が尋常ではなく禍々しい。
「どうやら、ここで当たりみたいだね 」
「ええ、先輩とタダユキさんのお陰で助かりましたね それにしても嫌な気配の家です 何かが潜んでいるのは間違いないですね 」
「じゃあ、早いとこ済ませようか 」
刹那が開きっぱなしの玄関から中に入ろうとした時、弥生が刹那を引き留める。
「あの庭の隅にある柿の木、何か感じませんか? 」
二人は雑草が生い茂る庭の奥へと進んでいく。柿の木に近付くにつれ嫌な気配が濃くなってきた。
「これは、明らかに普通の柿の木ではありませんね 」
「そうだね 油断するなよ、弥生 」
二人は柿の木の前に立つと印契を結び真言を唱えようとした時に背後に気配を感じる。二人が飛び退いて振り向くと”ずんべら坊”が襲いかかるところであった。
「こんな奴が住宅街の中に居るとはね 」
刹那が木刀を構え素早くカウンターで一撃を叩き込む。弥生も”ずんべら坊”に斬りかかろうとしたが、気配に気付き咄嗟に振り向き柿の木に一撃を浴びせる。その途端、”タンコロリン”が姿を現し襲いかかってきた。
「いったい何体妖怪が潜んで居るんだよ、こんな街中で 」
「まだ、この家の中にも居そうですよ 早く片付けて中に急ぎましょう 」
「よし、任せろ 青姫 」
弥生は微笑んだ。刹那が弥生を”青姫”と呼ぶときは自身のスイッチが入った時だ。そうなった時の刹那は正に朱姫の名を継ぐに相応しい力を発揮する。
「まず、一体 」
刹那が大上段から”ずんべら坊”に一撃を叩き込むと、”ずんべら坊”は激しく燃え出し、あっという間に灰になり消滅した。叩き込んだ一撃で分子を加速させ発火させる。まさに朱姫の力だった。そして、そのまま振り向くように木刀を水平に振り”タンコロリン”の胴にも一撃を叩き込む。大入道の”タンコロリン”もその一撃で発火し燃え上がる。
・・・さすが、朱姫 ・・・
朱姫の力は凄まじいと聞いていた弥生だったが、その力は以前より強力になった気がした。
「凄いですね、刹那 」
弥生は本心から言うが、刹那はまだまだと首を振る。
「澪さんは離れた敵も発火させられるんだ 私は木刀を当てないと無理だから、まだ澪さんの足元にも及ばないよ 」
そう言いながらも刹那は弥生に褒められて嬉しそうだった。
「さあ、中に入るよ 」
刹那は照れたように玄関の暗闇の中に一歩踏み出す。家の中は、じっとりとした湿気が漂い、何か不快な臭いが充満している。二人はLEDのライトを持ち慎重に奥へと進んでいった。
「そこの柱を見て下さい 」
弥生がライトで一本の柱を照らした。
「”逆柱”だよね 」
「ええ、こんなものがあるので怪異が起き、妖怪が集まるのでしょうね 」
「まず、こいつを浄化していこうか 」
刹那が印契を結び真言を唱えようとした時、弥生が指を口に当て耳をすます。
「誰か居ます 今、微かに人の声が聞こえました 」
「私には聞こえなかったけど、どこから? 」
「上から…… 二階ですね 」
「この”逆柱”はどうするの? 」
「この妖怪は動きませんから、まず二階の人を助けに向かいましょう 」
二人は周囲に注意しながら階段を二階へと昇っていく。そして、二階奥の寝室の中にそれはいた。