28話 束の間の休息
28話 束の間の休息
刹那は、あんぐりと口を開けたまま固まっていた。弥生の突き出したスマートフォンの画面には、透け透けのセーラー服で微笑む刹那が映っている。
「まったく、よく平気でこんな写真を送ってきましたね 」
「カメラのレンズって凄いな 自分もお巡りさんも気付いてなかったもの でも、見たのが弥生と澪さんなら別にいいよ それにしても、なんか却ってエロいな B地区、はっきり写ってるし これなら裸で写ってた方が普通に見えたかも 弥生はどう思う? 」
「もう、ホントにあなたはバカですね これ、もう少しで澪さんから、タダユキさんに送られる所だったんですからね 」
「うん、澪さんなら平気でやりそうだね それなら、なおさら裸の方が良かったかな 貰った方も裸の方が嬉しいだろうし 」
「あーもう、いいです あなたと話してると、こっちまでバカになりそうです それにタダユキさんは、あなたの裸なんて見たくないと思いますよ 」
「そうかな? だったら、弥生の裸ならどうだろう? 」
「私の? それこそ、こんなの見たくないと怒られますよ 」
「分からないぞ ああ見えてタダユキさんも男だからな 」
「当たり前でしょう 先輩とお付き合いされていた方なのですから 立派な男性です 」
怒りだした弥生を見て刹那は、しまったこいつに卯月さん絡みの事は禁句だったと改めて思った。
「僕が、どうしたって? ん、何見てるの? 」
そこへちょうど見舞いに来たタダユキが、僕にも見せてよと、弥生の手からスマートフォンをパッと取りディスプレイに写し出されている刹那の画像を見る。
「あ、あ 」
顔を真っ赤にして狼狽える弥生と刹那を横にタダユキはディスプレイを穴が空くほど凝視していた。
「へぇー、刹那ちゃんもこういう顔が出来るんだね 良く撮れてるよ すごく笑顔が可愛いね 」
「へっ 」
思わず脱力する弥生と刹那だったが、タダユキも心の中で激しく動揺していた。
・・・これ、はっきり見えちゃってるけど気付いてないのかな 教えてあげた方がいいのだろうか? ・・・
そこへ受付に寄って少し遅れた澪がやって来て、刹那の透けセーラー服画像を凝視しているタダユキを発見する。
「貴様、何を見て鼻の下を伸ばしている 」
振り向いたタダユキの前でミニスカートにも関わらず澪が右足を大きく上げた。澪の必殺踵落としの体勢だ。
「何するんだ、澪 パンツ見えてるぞ 」
「うるさい! エロ野郎、死ね! 」
ズガーン!!
澪の踵落としがタダユキの脳天に見事に決まり、タダユキはノックダウンされていた。
「あわわわ 」
弥生と刹那は慌てて倒れたタダユキを介抱する。
「私たちの不注意で見られてしまったので、タダユキさんは悪くないんですよ 」
「それに、タダユキさん気付いてなかったみたいですよ 私のこと、笑顔が可愛いって 」
しかし、その刹那の不用意な一言が澪の怒りをさらに大きくする。
・・・この男、私には可愛いなんて一度も言った事がないくせに刹那には 確かに刹那は可愛いけど ・・・
澪はギリギリと歯軋りし殺意の籠った目で、また倒れているタダユキ目掛けて再び右足を振り上げた。2発目をお見舞いするつもりだ。ミニスカートが捲れ白い下着が露になる。
「うわぁぁ 」
弥生と刹那は慌てて澪に飛び付き、そして、そのまま弥生は澪の間接の逆を取り床に叩きつけた。澪は、すかさず受け身をとったが驚いた顔をしている。咄嗟に澪を投げ飛ばしてしまった弥生は顔面蒼白になって謝った。
「澪さん、ごめんなさい 」
イタタタッと背中を擦りながら起き上がった澪は泣きそうな顔をしている弥生の頭を優しく撫でて言う。
「ここまで動ければ、もう退院出来るな弥生 それに、一瞬、弥生が卯月に見えた 卯月に投げられたみたいで懐かしかったよ 」
えっと弥生はつい涙ぐんでいたが、刹那が真面目な顔で、澪さんと呼び掛ける。
「どうした? 刹那 」
「タダユキさんは私の裸なんか見たくないのですか 」
「へっ? 」
「弥生が、キッパリとそう言うから 」
「知るか、バカ 本人に訊け 」
刹那の頭には澪のゲンコツが飛んできた。
「すいません、そうします 」
澪に怒られ涙目になりながら刹那は「タダユキさん」と、本当にタダユキに訊こうとして揺り起こしている。そこへ、再び澪のゲンコツが炸裂した。
「お前はホントにバカかぁ?!!」
* * *
坂本と良美は封鎖している公園内に異常がないか見廻りをしていた。
「今日はいい天気だなぁ、浅野くん 」
「坂本さんも、ようやく自分の主張が認められて嬉しそうですね 」
今回の事件で実際に妖怪が関与していた事が判明し、警察も今までの行方不明事件も洗い直す事が決定していた。
「ああ、これで近藤さんも浮かばれるかな 」
「近藤さんも、あの二人の妖怪に騙されてしまったんでしょうね 」
「あんなに人間そっくりだとなぁ どちらかが池で溺れているふりでもしたんだろう 近藤さんなら自分の体が不自由でも助けに飛び込むだろうからな そして、池の中で河童に殺られたんだ 」
「人の善意につけこむなんて許せませんね 」
「ホントにな ん、何か音が聞こえないか? 」
二人は緊張した顔で耳をすますと、池の方から微かに何かの音が聞こえる。
ショキショキ、ショキショキ
何かを洗っているような音だ。二人は池の畔に出たが、そこには何も見えない。念のため拳銃を構えた二人は緊張しながら池に近付くが、妖怪の姿は見えなかった。それでも、音はどんどん大きくなってくる。
ショキショキショキショキショキショキ!!!
正体不明のものに深入りは危険だ。坂本は、いったん退く事を提案し、良美も頷いた。二人は近付いた時と同じように慎重に池から離れていく。そして、林の中に入ると今度はパラパラと何かが降ってきた。
「土みたいですね 」
良美が降ってきた物を手で掴み、坂本に告げる。いったい、これにどんな意味があるのか。二人にはまったく分からなかった。
取り敢えず何事もなく公園から出た二人は、その場で刹那に電話する。そして、電話に出た刹那に詳しく説明するが、刹那はそれでは詳しい者に代わりますと途中で電話を代わった。
「西園寺です 西園寺弥生です ご苦労様です 」
「ああ、西園寺さん 入院されていたと伺いましたが、もう宜しいのですか? 」
「ありがとうございます お陰さまでもう良くなりました それで、今のお話しですが、おそらく“小豆洗い“と“小豆はかり“でしょう どちらも姿が見えず、人を驚かす妖怪です 脅かす以外害がない妖怪ですが、それでショックを起こしてしまう方が居るかも知れません 私と朱姫ですぐ伺いますので安心して下さい この程度の妖怪でしたら二人でも浄化出来ますので 」
「ありがとうございます でも、病み上がりで大丈夫ですか? 」
「お気遣い、ありがとうございます でも、私は病気ではなく怪我で入院していたので、もう大丈夫ですよ 」
電話を切った後、難しい顔をしている坂本に良美が心配した顔で覗き込む。
「どうしたんですか? 何か不味いことでも? 」
「いや、どうやら彼女も怪我で入院していたようでね 僕を助けてくれた四人のうち、二人は殺されて一人は怪我で入院、蓬莱さんも結構な怪我をしたようだし 今さらながら彼女たちの仕事の過酷さが判ってね 」
「確かに私たち警察の仕事もなかなか理解してもらえないけれど、それ以上に彼女たちの仕事は知られていませんからね せめて私たちだけでも、彼女たちの力になってあげましょうよ 」
坂本と良美はお互いの顔を見合せ、にこりと微笑んだ。
「そうだ、坂本さん 私、『ぎんとき』に行って甘太郎焼き買って来ますね 彼女たちもお仕事済ませた後、疲れるでしょうから 疲れた時には甘いもの 坂本さんも食べるでしょう 」
良美は坂本の返事も訊かずに飛び出していた。
「浅野くん、僕、白あんの方をお願いしたいんだけど 」
しかし、坂本の声は良美に届いていなかった。




