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移ろう季節に想いを馳せる君 (BI Second)  作者: とらすけ
第一部 夜の帳が下りる刻
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23話 夕立


23話 夕立



 弥生は病室の窓から病院の隣に鬱蒼と茂る森を眺めていた。このところ気温が急上昇し、空調の効いた病院内に居る弥生は感じなかったが、野外での仕事をする人は大変だったようだ。今日は朝から雨模様で、ほっと一息ついた感じがする。一緒にベッドを並べて入院していた刹那は一足早く退院していた。

 あの、池の(ほとり)の“水蛭子(ひるこ)“や“ミヅチ“との戦いから1ヶ月以上経過していた。弥生は防御の真言を唱えていたとはいえ腹部を貫通されたダメージは大きく、傷の治療が済んだ後もリハビリの為入院していた。

 弥生は病室の窓を少しだけ開けてみた。その窓の隙間から雨に濡れた濃厚な木々の匂いが入ってくる。弥生はその空気を思い切り吸い込んだ。弥生にはそれが、生命の匂いのように感じられた。


「弥生ちゃん 」


 いきなり呼ばれてビクッとした弥生が振り向くと、大きなバッグを持ったタダユキが立っていた。タダユキは弥生のベッドの周りのカーテンをシャーッと閉める。


「どうしたんですか? 」


 弥生が怪訝(けげん)に思うとタダユキはシーッと唇に指を当て持っていたバッグのファスナーを開ける。すると、中から「ニャン」という声が聞こえた。


「ク、クロちゃん? 」


 バッグの中から、ごそごそとクロが這い出してきた。そして、弥生の膝の上にぴょんと乗る。


「大丈夫ですか、タダユキさん? 見つかったら無茶苦茶怒られますよ 」


「大丈夫だよ、見てて弥生ちゃん クロッ! 」


 タダユキが声をかけると、ポンッとクロの姿が消える。が、数秒後にはまた元の姿に戻っていた。


「ほら、クロはほんの少し、姿を消せるようになったんだ それに、弥生ちゃんに会いたかったらしくて嫌いなお風呂にも頑張って入っているから僕よりきれいなくらいだよ それにアニマルセラピーってあるだろ 」


「もう、そんなこと言っても駄目ですよ でも、クロちゃん、ありがとう それに、みんな成長しているんですね 」


 クロの新しい能力、それに一足先に退院した刹那も澪と栞の元、特訓していると言っていた。弥生はクロを撫でながら思う。今度こそ私も先輩に追い付いてみんなを守れるようにならなければと。八千穂と柚希、二人を殺された責任をどうしても感じてしまう弥生だった。


「タダユキさん、外の状況はどうなんですか? みんな、私には気にせず早く体を治せと言って教えてくれないんですよ 」


「はは、弥生ちゃんにゆっくりしなさいという意味だと思うけどね でも、何も分からないのも気になって仕方ないよね 」


 タダユキは一息つくと話し出す。


「今、異界では大嶽丸さんが九尾の行方を追っている 酒呑童子さんや他の鬼の方たちも大嶽丸さんの号令で協力してくれているよ でも、九尾は気配を消すのが得意らしくて、なかなか尻尾が掴めないとイライラしているな 逆に栞さんはすっかり落ち着いて大嶽丸さんを(なだ)めてる 澪と刹那ちゃんは特訓中 弥生ちゃんが退院したら新技を披露するなんて張り切っているよ それと、八千穂ちゃんと柚希ちゃんの体は厳重に保管されているから心配要らないと澪が言っていた 」


「ありがとう、タダユキさん、それにクロちゃん 私も二人が助けに来てくれなかったら間違いなく殺されていました 地面に何度も叩き付けられて無様に潰れて…… 本当に私、先輩がいたら大目玉をくらうところですよ 」


「弥生ちゃんは本当に卯月さんの事が好きなんだね 僕も負けそうだよ でも、前にも言ったけど卯月さんも弥生ちゃんの事が大好きだったと思うよ 弥生ちゃんを見る卯月さんの目は誇らしそうに輝いていたからね 」


 弥生は、卯月の事を思い出したのかうつ向いてクロの頭を撫でている。


「はい、ありがとうございます 」


 消えそうなほど小さな声で言った弥生の瞳から涙が零れてクロの背中に落ちた。クロが膝から弥生を見上げて慰めるように、にゃ~と小さく鳴いた。



 * * *



 弥生が入院中で、刹那もまだ現場復帰は出来ておらず、八千穂と柚希は戦線を離脱している状況とはいえ、妖怪たちの進撃は待ってはくれない。

 人知れず激しい戦いがあった調整池で、今度は人が浮かんでいるのが発見された。外傷は見当たらず、足を滑らせての溺死かと思われたが、その遺体は警察官であり右手首から先がなかった。その事からすぐに身元は近藤歳三巡査部長と判明した。普段、この年配の近藤と一緒にパトロールしている若い警官が、これは事故ではなく殺されたのだと主張するが、殺人と断定する根拠が薄く、事故死という結論が有力で、その捜査の為に多くの人員を投入出来ないという判断が下され若い警官は唇を噛み締めていた。その時、以前出会った弥生たちの事を思いだし、念のため控えていた電話番号に電話したところ弥生は入院中という返答があり、他の三人も今は連絡が着かないという事だった。


・・・あの人外の妖怪にあれ程の強さを見せていた西園寺さんが怪我をしたとは思いにくい きっと過労で体調を崩されたのかな? あの仕事も警察と同じで24時間休みなしのブラックだからなぁ ・・・


警官は仕方なく一人で捜査する覚悟を決めた。


「でも大概こうして一人で頑張って動き回っている奴って殺されてしまうんだよな 駆けつけた同僚に、後は頼むとか言ってさ 」


 若い警官がため息をつきながら池の畔を歩いていると、坂本さーんと警官を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると同じ署に勤務する浅野良美巡査が走って来ていた。彼女は数少ない坂本の主張の理解者だった。あまり表立っては動けないが彼女は、坂本に色々協力してくれていた。


「近藤さんが池で溺れているのを発見した方に改めてお話を伺ったところ、異様な事を言っていました 近藤さんは池で溺れている時、大声で笑っていたと言うんですよ 」


「笑っていた? そんな事を誰も言っていなかったじゃないか 」


「発見者の方は警察官にその旨伝えたそうですが、その話を聞いていた警察官は見間違えだろうと気にもしなかったそうです 」


 聞いた事はきちんと報告しろよ、報連相も出来ないのかと坂本は、その警官を心の中で毒づきながら、良美に詳しい話を訊く。それで、分かったのは発見者も近藤が池に落ちたところは見ていない。発見者が気が付いた時には、近藤は池の中央で溺れ何か大声で叫んでいたが、いきなり笑いだして動かなくなったという。


「本当に笑っていたのか? 確かに見間違えなんじゃないかと思ってしまうな 」


「ええ、私も何度も聞き返したんですが、間違いなく笑っていたと言っています そして、そのすぐ後動かなくなったと 」


「そんな命に関わる場面で笑うことなどあるのだろうか? 」


 坂本と良美は考え込むが結論は出なかった。もし、この場に卯月が居れば、すぐに真相を見破ったところであるが残念ながら卯月も、そして卯月の意思を引き継ぐ者たちもこの場に居なかった。澪や栞、弥生たちの誰か一人でも居れば真相解明は早まり、この場で対処出来たに違いないが、それは悔やんでも仕方のないことだったのかもしれない。

 署に戻る良美と別れた坂本は、また一人池の畔を歩き出す。遊歩道を、何か見落としがないかと目を光らせていると俄に空が掻き曇りポツポツと雨粒が落ちてきた。と思うと、いきなり激しい雨になり雷鳴が轟く。坂本は慌てて遊歩道の先に見える東屋に駆け込み雨宿りした。


・・・夕立か そういえば近藤さんが溺れる直前も激しい雨だったんだよな ・・・


 その激しい雨の中、何者かが坂本に近付いて来ている事に彼はまだ気付いていなかった。




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