21話 流されたもの
21話 流されたもの
”水蛭子”の出現で体の自由を奪われた弥生と刹那は、それでも子供たちのように完全に自由を奪われる事はなかった。常人並の動きは出来たが、それで”ミヅチ”と”水蛭子”の相手をするのは厳しかった。
・・・この動きでは斬舞はもう使えない 先輩、こんな時どうすれば? 先輩はピンチの時、自分を犠牲にしても仲間を守っていた 私もみんなを助けないと ・・・
弥生はこの戦いの優先事項を考える。八千穂と柚希を助ける為に、毒を中和する”ミヅチ”の血清は必須だ、”ミヅチ”は早急に倒さなければならない。その後戦闘をすぐ離脱して八千穂と柚希の毒を中和する。そうしなければいけない。でも、この現状ではそれが出来ない。弥生は時間ばかりが経ち焦燥感に襲われていた。その一瞬の隙を”ミヅチ”につかれてしまう。
・・・し、しまった ・・・
弥生は太ももを”ミヅチ”に噛みつかれ、ぐわっと持ち上げられる。扇子の斬撃で地面に叩き付けられるのを逃れた弥生だったが、自分の太ももを確認し自分もこのままでは長くない事を知る。
・・・毒を注入されてしまいました それもこの牙の大きさと数を見ると、あの二人より多量の毒ですね いつまで動いていられるのか もう、せめて刹那だけでも逃げてもらわないと ・・・
「大丈夫か? 青姫 」
刹那が案じて声を掛けてくる。弥生は笑顔で頷いた。
「朱姫 あなたはここから退いて下さい 私が追撃を防ぎますから 」
「何を言っているんだ、青姫 卯月さんなら諦めないぞ いいか、私が体を盾にして”ミヅチ”の動きを止める だから私の体ごと”ミヅチ”の翠玉を切断するんだ 私には朱姫の力がある 詳しくは言えないが私を信じてくれ、青姫 」
刹那の真剣な表情に何かを感じた弥生は意を決し頷く。しかし、その決断が僅かに遅かった。ヨタヨタと近付いてきた”水蛭子”の力が更に強くなっていく。二人の動きはスローモーションのように鈍くなっていった。
・・・このままでは全滅する そんな 私が判断を誤ったから、みんなも殺られてしまう ・・・
弥生は自分一人の命で済むなら差し上げるから他の仲間はこのまま見逃して下さいと願いたかったが、その弥生の視界の中に”牛御前”の角で無惨に串刺しにされる八千穂の姿が目に入った。八千穂は“牛御前“の頭の上でビクンビクンと痙攣している。その時隣で小さな悲鳴が聞こえ、目を向けると刹那が”ミヅチ”の口から吐き出された溶解液を浴びてしまい苦しんでいた。なんとか頭部をガードしているが体はセーラー服やスカートが溶け、肌も所々赤くなり溶け始めている。それでも、現状を打破しようと必死に考えを巡らす弥生だったが、自分の腹部に真っ赤に焼けた石を入れられたような痛みで恐る恐る下を向くと、自分の腹部に”ミヅチ”の尾が突き刺さり貫通していた。
「ああぁぁぁーーーー!! 」
絶叫しながら弥生は”ミヅチ”の尾に巻かれ高く持ち上げられていく。弥生の目から涙が零れた。死ぬ事は怖いが許容出来た。だが、何も出来ずに殺される事が悲しかった。目の前に”ミヅチ”の顔がある。もうこのまま呑み込まれる。そう思った弥生だったが、”ミヅチ”は一呑みにせず弥生を地面に叩き付ける。
「あぎゃぁ!! 」
激しく地面に激突し意識が飛びそうになる弥生だったが必死に耐えていた。
・・・先輩はもっと酷い仕打ちに耐えていた 私も完全に殺されるまでは諦めないで抵抗しないと ・・・
弥生は最後まで抵抗する覚悟だったが”ミヅチ”は弥生の腹部に突き刺していた尾を抜き、弥生の足に巻き付ける。そして、また高く持ち上げ地面に叩きつけた。それを右、左と左右に連続で繰り返され弥生はぼろぼろになっていった。必死に繋いでいた意識も薄くなってくる。
・・・ああ、もう私は死ぬんだ 何も出来なくてごめんなさい ・・・
弥生が再び“ミヅチ“に持ち上げられた時、見上げた夜空に大きく輝いているものが見えた。
・・・綺麗、なんだろう? 死ぬとき見る幻なのかな ・・・
弥生は、しかしそこでハッと気付く。”晴明桔梗”こんな聖紋を出現させられる人は一人しかいない。”ミヅチ”は弥生を叩きつけようとしたまま動けず固まっていた。
・・・やっぱり、あの人だ ・・・
弥生の目から大粒の涙がポロポロと零れる。
・・・そうだ、戦っているのは私たちだけじゃない 私たちにはまだ仲間がいる ・・・
そして、一陣の風が巻き起こったかと思うと、尻尾が三本ある黒い魍魎が”ミヅチ”に鋭い爪で襲いかかっていた。勝負は一瞬でついた。タダユキの言霊で動きを封じられた“ミヅチ“の翠玉をクロが一撃で粉砕する。
駆けつけたタダユキとクロによって”ミヅチ”はあっさりと討伐されていた。だが、”水蛭子”が不気味に近付いて来る。
「なるほど、こいつが”水蛭子”か 本当だ、体が動かなくなってきた 」
「フニャー 」
人間だけでなくクロにも効果が及ぶようで、クロが困ったという声を出す。
「タダユキさん、クロちゃん 早く逃げて下さい 」
弥生が叫ぶがタダユキは平気な顔で弥生の頭を撫でる。
「大丈夫かい、弥生ちゃん? こんな酷い姿にされて、でももうすぐ済むから待っててね おい、澪 早く頼む みんなの怪我が酷い 」
タダユキの言葉で何か大きな物を持った澪が林から出てきた。
「まったく、私はこんな大きな物を持っているんだ 少しは労れ 」
澪はぶつぶつ言いながらボロボロの刹那に目を止めると刹那に歩み寄る。
「頑張ったな、刹那 後は私に任せな 」
「澪さん、来てくれたんですね ごめんなさい、私に力がなくて 」
「いや、私たちだって駆け出しの頃はよく先輩に助けてもらったよ 気にするな それよりも電話ではもっとゆっくり内容が分かるように話した方がいいな 」
「すいません あの時、走りながらで 八千穂と柚希も毒にやられて焦っていたもので 」
「”水蛭子”と“ミヅチ“が相手と言っていたのは聞こえたからね 間に合ってよかったよ 」
刹那は澪の顔を見て泣き出していたが、澪は優しく刹那の頭を撫でると立ち上がる。
「澪さん、何か手があるのですか? 」
弥生が心配そうに尋ねるが澪は優しい笑顔を向ける。
「ああ、心配するな、弥生 これがある 」
澪は、自分が持っている物をポンポンと叩く。弥生は目を凝らして見るが、それが何か分からなかった。しかし、タダユキとクロは”水蛭子”の力で動きが鈍くなっているが、澪にそのような気配はない。澪が持っている物が関係しているのだと思わずにはいられなかった。
澪は大胆にも”水蛭子”に向かって歩いていく。近付くにつれ”水蛭子”の力が強くなる筈なのだが、逆に”水蛭子”の方が怯えたように後退りし始めた。
「キィキィ 」
”水蛭子”が声を発し、澪に近付くなと言っているようだが、澪はかまわずどんどん近付いて行き調整池の畔まで来ていた。
「キィィィーー!! 」
一際大きな声で”水蛭子”が鳴くが、澪は持っていた物をザバンと水に浮かべる。”水蛭子”は硬直したように動けなくなっていた。そこへ、八千穂と柚希の応援に駆けつけていた栞もやって来た。タダユキは、その栞の顔を見た時に、あれっと思ったが口には出さなかった。
・・・涙の跡? 栞さん、泣いていた? ・・・
しかし、栞は普通に話し出す。
「ふんふん 後学の為、私も”水蛭子”を見に来ました もう終わりそうですね 」
いつも通りの栞の姿にタダユキは安堵したところで、弥生はなぜこの人たちはこんなに余裕でいられるのだろうと疑問に思っていた。いったい、あの”水蛭子”をどうやって滅するつもりなのか皆目見当がつかなかった。そんな弥生の表情を見たタダユキが説明する。
「弥生ちゃんは”古事記”を知っているかい? その中の”蛭子伝説”で”水蛭子”は両親に水に流され捨てられてしまうんだ 今、澪が池に投げ込んだのがその時“水蛭子“が乗せられた船と同じ”葦船”なんだよ ”水蛭子”にとっては忘れられない恐怖の対象なのさ ふふ、偉そうに言ったけど全部卯月さんの受け売りだけどね 」
弥生は言葉がなかった。卯月の勤勉さに頭が下がる思いだった。
「ほーら、船に乗りな 」
澪が、動けず震えているような”水蛭子”を船に乗せる。
「キ、キィ 」
”水蛭子”は悲しげに声をあげ不自由な手足を動かすが、船の中で仰向けに倒れたまま起き上がれずにいた。そして、体がどろどろと溶け始めている。
「そーら、流れていきな もう、黄泉の国から出てくるなよ 」
澪が船を押し流すと、船はまるで池の中に流れがあるようにスーッと進んでいく。そして、弥生たちが見つめる中、船と”水蛭子”はだんだんと薄くなり、やがて完全に消えてしまった。後には小さな波紋だけが残っていた。
お読み下さりありがとうございます。
一つお詫び申し上げます。実は今回ここで語られていない部分があります。本来、書かれていて然るべきなのですが……。あれはどうなったんだろうと思う方がいれば、その部分だと思います。(違いましたらごめんなさい)書いているうちに、これはR18になるかなと思ったもので、その部分だけ短編としてR18の方に投稿してあります。更にR18用に記述を直接的に変更し、加筆した部分もありますので、この本編とは趣が違うかも知れません。
興味のある方はご覧下さい。とはいってもかなり酷い内容なので、ご自身の責任でお願いします。読まない方が良かったと後悔なさらないようお願いします。
勿論、読まなくても問題ありません。
よろしくお願いいたします。