16話 黄昏の遭遇
16話 黄昏の遭遇
夜の公園で弥生たちは難しい顔をしていた。
「そうか、あの玉藻の前から逃げ切れたのは良かった 」
「澪さんから色々伺っていたので、逃げることを優先していましたから 」
刹那が悔しそうに言うが、澪はそれで良いんだよと刹那の肩を軽く叩く。
「でも、いずれは玉藻の前を倒さなければいけません どうすれば倒せるのか それが思い付かないのが悔しいです 」
弥生が唇を噛み締めて振り絞るように呟く。澪たちはそんな弥生を優しい眼で見つめた。
「玉藻の前は私たち四人の合体技でも倒せなかった おそらく倒せるのは卯月の使った最終奥義だけだろう でも、最終奥義は…… 」
「そうですね、私たちではまだ発動する事は出来ないでしょう 私たちはまだ先輩たちに遠く及ばない 」
悲しそうに顔を伏せる弥生を澪は抱き締める。
「玉藻の前は以前陰陽師に殺生石に封じ込められた それを解き放ったのは、おそらく”崇徳上皇”だ 倒せないなら、また封印すればいい そして、今度は封印を解かれないよう手を打っておくんだよ 」
「封印を解けるというと”菅原道真”ですね 」
「ふんふん 何故今”菅原道真”が雷神として動き出したのか不明ですが 彼が人に害をなす者として動き出したなら排除しなければなりません 」
「”菅原道真”超大物ですね ふふん、相手にとって不足はない 」
大口を叩く柚希に栞のゲンコツがとぶ。
「ふんふん まだまだヒヨッ子の分際で何をほざく 」
「パワハラです 栞さん 澪さんみたいじゃないですか 」
頭を押さえて訴える柚希に再びゲンコツが飛んだ。今度は澪だった。
「こら、柚希 澪さんの言うことは絶対だ 今度そんな事言ったら私がお仕置きしてやる 」
澪よりも刹那の方が怒りを露にして言う。
「ごめんなさい でも私なら大抵の妖怪は塵に出来ますよ 」
まだ自信たっぷりに言う柚希に、澪は優しく語りかける。
「確かに玄姫の力は凄まじい 極めれば無敵の力と云えるだろう でもそれは青姫、朱姫、白姫も同じだ それぞれが素晴らしい力を持っている でもそれで慢心してしまってはダメだ いいか、力を使うのは人間だと忘れないでほしい 一瞬の油断が命取りになることもある 」
「ふんふん 私たちの油断が仲間の命を失ってしまった 柚希、あなたの叔母さんの命を奪ってしまったのは私たちです そんな思いをあなたたちにはさせたくない 厳しいようですが、常に周囲に注意を配り自分だけでなく仲間の命も守って下さい 」
辛い経験をしてきた澪と栞の言葉に、柚希も言葉もなかった。
* * *
住宅街の中にある調整池。濁った水を湛えた池に、何時の頃からか人が喰われるというと噂が立っていた。池の周囲の遊歩道を歩いていると、池の中から呼ぶ声が聞こえ、そちらを見てしまうと有無を言わさず池の中に吸い込まれてしまい、そのままその人間の姿を見たものはいないと云うものだった。噂を信じたわけではないが、事故防止の為に自治体が池の周囲に鉄柵を設置したが、それでも噂が消える事はなかった。実際にこのエリアでは行方不明事件が数多く発生し、その多くが未解決のままであるという事が、その噂の信憑性に拍車を掛けていた。
「なあ、あの幽霊屋敷も本物だって事は、あの池の噂も本当なんじゃないか? 」
学校からの帰り道、トミジがトシユキたちに言う。
「ちょっとぉ、もう危ない事に首突っ込むのやめなよ 」
前回、ひどい目に遭ったチフミが口を尖らせる。
「何言ってんだ また妖怪の仕業かも知れないんだぞ 」
シゲルが声を荒げチフミを睨むが、チフミも負けていない。
「あんたたち、そうやってまたみんなに迷惑かけるつもり 」
それを言われると弱いトミジたちは、グッと言葉に詰まるが、トシユキが提案する。
「とにかく青姫さんたちに連絡しておこうよ 何もなければ良いしね 」
「でも、少しは確認しておいた方がよくないか 噂だけじゃお姉さんたちだって信じないんじゃない 」
「よし、だったら池の周りを歩いてみよう それで呼ばれたら振り向かないで逃げればいい 」
「確か、一番人が喰われる時間っていうのが”逢魔ヶ時”だ 」
「”逢魔ヶ時”って何だ? 」
「昼と夜が合わさる時、夕暮れの黄昏時の事だよ 黄昏は”誰彼”ともいって、そこにいるのは誰かもわからない暗さになってきたからで、その時間には妖怪に遭遇する確率が高くなるんだ 」
「黄昏って何時なの? 」
「”暮れ六つ”や”酉の刻”と云われるらしいよ 今でいうと夕方の6時頃だ 」
「塾の時間だな どうする? 」
「僕は今日、お腹が痛くなる予定だ 」
「俺は熱が出るな 」
「ちょっとぉ、あんたたち どうしても行くつもりなの? だったら、あたしも行くわよ バカばかりじゃ心配だわ 」
仕方なくチフミも同意して、6時に池の遊歩道の水呑場のベンチに集合する約束をして別れたが、念のため以前聞いていた青姫たちのスマートフォンにメールを送っておいた。
* * *
時間通り6時に集合した子供たちは遊歩道を歩き始める。薄暗いなか左手の池の水面から渡ってくる風に嫌な感じを受け、右手の林の木のざわめきが何かが潜んでいるような雰囲気を与える。
「いいか、呼ばれても絶対振り向くなよ 」
シゲルが全員に念を押す。
「分かってるわよ ヒロシ、あんたビビりだけど大丈夫? 」
チフミが一番大人しいヒロシに確認するが、ヒロシも女の子の前での強がりなのか平気だと胸を張ってみせる。
しばらく遊歩道を歩き、池を半周くらい回った時、何か周囲の雰囲気が変わりゾクッと背筋に寒気が走る。
「おーい、おーい 」
声が聞こえる。
「ほ、本当に聞こえる 」
「あたしも聞こえる 」
「いいか、見るなよ このままゆっくり林を抜けて逃げるぞ 」
子供たちは、林に向かおうとするが足が動かない。いや、足どころか身体が動かなくなっていた。
・・・金縛りなの? 声も出ない ・・・
まるで寝ている時に金縛りにあったように、意識ははっきりしているのに身体を動かす事が出来なかった。
バシャッ、バシャッ
何かが池の中から現れ近付いてくる気配を感じる。
・・・これは、あの噂自体が罠 見なければ逃げられるなんて嘘なんだ ・・・
トシユキはなんとか指を動かせないかと考える。ポケットの中でスマートフォンを握っている指が動かせれば、念のため立ち上げておいた青姫の真言をタップ一つで再生出来る。だが、残念な事に指先一つ動かす事は出来なかった。
「おーい、おーい 」
だんだんと呼ぶ声が大きくなってきた。