55話 約束
鬼に捕まり、もう逃れられない良美に待っていたのは……。
55話 約束
・・・坂本さん、それに皆さん サヨナラです ・・・
良美は自分の頭が鬼の凄まじい握力で握り潰されてくるのを感じた。もう、数秒後には自分の頭はトマトのように握り潰され血を撒き散らして死んでいくのだろう。良美の脳裏に今までの出来事がフラッシュバックのように浮かんでくる。
・・・ああ、でもそんなに私、悪い人生でもなかったな ・・・
良美は最後の時にそんな事を思い出しながら自然に涙が溢れてきていた。その時突然、自分に言われた言葉がふと思い出された。
― 約束ですから、あなたの命はいずれ貰いに伺います ―
・・・誰に言われたんだっけ ・・・
良美は思い出そうとしたが、もう鬼に握り潰されようとしている頭の痛みは考える事も許してはくれなかった。
バキャッ!!
鈍く大きな音と共に、血と肉片が周囲に飛び散る。坂本や瑞穂たちが絶叫していた。クロの大きな咆哮も聞こえる。
・・・あれっ、なんで私、クロちゃんやみんなの声が聞こえるんだろう 私、死んじゃった筈なのに ・・・
良美は自分の顔を触ってみると、鬼の指が頭を掴んだまま残っているが、その指には力がまるで感じられなかった。
「ひいぃぃぃーーーっ 」
良美は思わず鬼の指を掴んで自分の頭から振りほどくと、鬼の手はべちゃっと地面に落ちていった。地面に落ちた鬼の手は手首から引き千切られていた。良美は何が起こったのか分からず恐る恐る振り返ると、そこに見覚えのある着物を着た女性の後ろ姿があった。女性の手には引き千切られた鬼の腕が握られている。
「困りますね、あなたの命はわたくしのもの 勝手に約束を破ってもらっては不愉快です こうみえてもわたくしは約束は守るという事を信条にしているのですから あなたの命を他の者に差し上げるつもりはありません 」
良美は思い出した。鬼よりも恐ろしい存在に自分の命を差し出していたことを……。そうこの目の前にいる着物を着た女性”玉藻の前”九尾に……。
「まあ、わたくしの渡した石を約束通り持っていましたので不問に付しますか 」
玉藻の前は呑気に良美と話しながら鬼の群れを殲滅していく。そこには圧倒的な力の差があった。鬼も突然現れた玉藻の前に恐れをなし、攻めてこようとはしない。しかし、玉藻の前は容赦なかった。
「わたくしの所有物に手を出した罪は大きいですよ 」
玉藻の前は鬼の群れを虐殺していく。鬼は玉藻の前を避けるように逃げ腰になっていた。そんな中玉藻の前は、良美に一つ頼みがあると言う。
「あの男が持っているスマートフォンに入っている青姫の真言を再生しないようにお願いします 少なからずわたくしもダメージを受けますので 」
相変わらず恐ろしい気配の玉藻の前であるが、その玉藻の前も恐れる程の力を彼女たちは持っているのかと良美は改めて認識していた。そして、玉藻の前から逃げるように坂本たちの元に戻った良美は、英弥に弥生の真言を再生しないように伝える。
「分かりました でも、あの女性は何者なんですか あの女性が突然現れた途端、鬼が逃げるように見えたのですが 」
「ええ、鬼よりも邪悪で恐ろしい気配がします あれは、あの女性は妖怪ですよね それも遥かに格上の 」
「あの女性が私たちを襲ってきたら、多分誰も生き残れないのでしょうね 言われなくても心の底から沸き上がる恐怖で理解できます 」
瑞穂も潤子も、玉藻の前を見た瞬間から震えが止まらなかった。
「あの女性は玉藻の前、妖怪”九尾”ですよ 」
良美の言葉に瑞穂たちは息を呑む。
「妖怪の中でも頂点に立つ妖怪ではないですか そんな妖怪が、浅野さんを助けに来たようにみえましたけど…… 」
瑞穂が疑問を口にすると、良美は苦笑いする。
「そのお話は長くなりますので、この事態を乗り越えられたらにしましょう 」
良美は、坂本から自分の電磁銃を受けとると、また鬼に向かって応戦し始めた。
* * *
「柚希、この気配は…… 」
「こんな凄まじい負の気配を撒き散らす奴は一人しかいないよ 」
「やはり、九尾ですか でもなぜ九尾が浅野さんを守りに来るのです 」
「浅野さんは私の体を治す為に異界から霊薬を持ってきてくれたよね その時、霊薬を手に入れる為に自分の命を九尾に差し出してしまったんだよ だから九尾は自分の所有物が他人に壊されるのが我慢ならなかったんだと思う みんな私が弱かったからいけないんだ だから、今度は私が浅野さんを絶対、九尾から守らないと…… 九尾には手は出させない 」
「なるほど、でも本当にそうでしょうか 私たちも以前、九尾に助けられているのですよね 九尾の中でも何かが変わってきているのではないでしょうか 私はそれが卯月先輩や弥生さんが撒いた種が開花しそうになっていると思えるのですが 」
八千穂の言葉に柚希も思い当たる節がある。あの捕らえられて拷問を受けていた時、別に私を助ける必要もなかったし、刹那や八千穂を運び出す必要もなかった。以前の九尾なら、むしろ柚希が拷問されて殺されるところを楽しそうに見ていただろう。
・・・あの邪悪の権化の九尾でさえ変わってきている? ・・・
柚希は、新しい潮流が流れ出した感覚を覚えていた。
・・・弥生さんが言っていた、人も妖怪も変わる事が出来る、お互いに共存できる世界が本当に実現出来るのかも知れないよ ・・・
今さらながら弥生の言葉が思い浮かんでくる。
・・・まさか弥生さん、ここまで計算していたの? ・・・
柚希も、あの弥生が卯月から譲り受けた青姫の立場を捨ててまで今行動していることが絶対に意味があると考え始めていた。
* * *
「刹那さん、これは…… 」
「分かってる でも、八千穂も柚希もいる ヒナは目の前の敵から目を離すな 」
刹那の言葉に雛子は、はいっと返事すると水鬼から目を離さずに少しずつ間合いを詰めていく。そして、両手にクラブを構え一気に間合いを詰めるため飛び出した。しかし、水鬼は口から高圧の水を光線のように吐き出す。それを見た雛子は、危険を感じ咄嗟に身を避けていた。
ズバァッ!
太い樹木が水鬼の吐き出した水で切断されていた。
・・・これは水圧カッター ・・・
雛子は警戒レベルをさらに上げる。水鬼は続けざまに雛子を狙って高圧の水を吐き出してくる。雛子は、間合いに入るどころか、水鬼の攻撃から逃げる事で精一杯になっていた。
・・・いけない ここままじゃ、そのうち殺られちゃう やっぱり、私なんかじゃ駄目なんだ ・・・
それでも雛子は、水鬼の攻撃を避けながら打開策を考える。
・・・諦めるわけにはいかない 私を信頼して任せてくれたんだ このまま終わらないから ・・・
追い詰められながらも雛子の瞳には、固い決意の光が宿っていた。
思わぬ救援で、九死に一生を得た良美。
雛子と水鬼の戦いの行方は……。
また、刹那と金鬼の戦いも佳境に入っていく。