47話 夜空の向こう
いよいよ物語は終盤に差し掛かってきました。
新たな任務に赴く刹那たちが遭遇するのは……。
47話 夜空の向こう
天文好きな井上和子と鈴木綾香は公園で待ち合わせて夜空を眺めていた。住宅街から離れた位置にある公園で、街の灯りに邪魔されず夜空を眺めるのにはうってつけの公園だった。お互い塾の帰りに自転車でこの公園まで走り寄り道していたのである。
「さすがに寒いねぇ でも、この冷たい澄んだ空気が気持ち良いよね 」
「そうだよね、気持ちも引き締まるし 冬の夜空は最高に綺麗だよね 」
和子と綾香は小声で話しながら南東の空を眺めていた。二人のお目当ては、ふたご座流星群であった。極大日にはまだ早いが、それでも眺めていれば幾つかの流れ星は見られる筈であった。
「今日は月が明るいから少し見辛いね 新月の時ならちょうど良いのにね 」
「うん、そうだね あれっ 」
「どうしたの? 」
綾香が目を擦っているのを見て和子が心配そうに尋ねるが、綾香は何でもないよとまた夜空を見つめていた。が、しばらくするとまた目を擦っている。
「ゴミでも入ったの? 」
綾香は和子の言葉も聞こえないようにまた夜空を見つめている。そして、ひっと胸を押さえ息を呑んで地面に倒れてしまった。
「ちょっと、綾香っ 」
驚いた和子は慌てて綾香を助け起こそうとするが、綾香はうわ言のように、月、月と言い続けている。和子も振り向くと夜空に浮かぶ丸い月を眺めた。すると、月に人の姿が見える。
・・・えっ ・・・
和子も思わず月を凝視していた……。
* * *
早朝、サイクリングで公園に来た若い男性が倒れている二人の女性を発見し、急いで救急車を手配したが、二人の女性はその場で死亡が確認された。持っていた学生証から、二人はN西高等学校の生徒で井上和子と鈴木綾香と判明した。そしてその後、警察が捜査に当たり事件と事故の両面から調べ始めたが、二人の死因が皆目見当がつかなかった。二人が普通に塾を出て行ったのは他の生徒も見ており、その際身体に不調があるようにも見えなかったと証言している。高校の同級生からは、二人が天文好きでよく公園で星を観ていたとの証言が得られた。そして、防犯カメラの映像から二人がこの公園に自転車でやって来て、ここで夜空を見ていたのは確認できたが、何故死亡するに至ったのか謎のままであった。
坂本と良美は、もしやこれは妖怪の仕業ではないかと考え付近の様子も探ってみたが、公園の付近で怪しい出来事も起こっておらず途方に暮れていた。このままでは、二人は病死という事で処理されてしまいそうだが、坂本と良美はこれはそんな事件ではないと思っていた。それまで元気だった若い女子学生が突然二人も病気で倒れる事など、可能性としてはあるかも知れないが、それは極僅かの可能性だろう。以前、事故かと思われていた近藤巡査部長の溺死事件(1章23話)も結局は妖怪が起こした事件であった。今度のこの公園の事件もそのままにしていたら、また次の犠牲者が出てしまうのではと危惧していた。
「僕らはまだ妖怪に関しては素人だ ここはあの人たちに相談した方が良いかも知れないな 」
「ええ、私もそう思います 彼女たちならきっと真相を解明してくれるでしょう さっそく連絡してみますよ 」
良美はスマートフォンを取り出すと、柚希の番号をコールした。
* * *
刹那、八千穂、柚希、それに明日菜と雛子の5人は如月の前にいた。柚希から、警察の良美から協力要請があったと報告を受けた如月は5人を召集し、これからの指示を与えるところであった。
「百地からの報告では妖怪の仕業だとしてもかなり不可解であると言えますね 夜空を観ていた二人の女子学生の命を奪う それも防犯カメラには映らずに 」
「”つつが虫”のように小型の妖怪なのかも知れませんね 以前、弥生と行ったS町(番外編・首刈り魔)で遭遇した事がありますが、一匹一匹は非常に小さい妖怪でした 」
刹那の推測に柚希が異を唱えた。
「でも、公園に設置されているカメラはかなり高解像度で、拡大して見ても何も映っていなかったという話だよ 」
「それなら、透明人間や小豆洗いのような姿の見えない妖怪かなぁ 」
「でも、それなら襲われた時に抵抗すると思うけど、そんな様子もなかったみたい ただ、何かを指差してたみたいだけどね 」
柚希がまた刹那の意見を否定するが、そこへ明日菜が質問してきた。
「指差してたって、どちらの方向を指差していたのでしょうか 」
「ええっ、そこまでは分からないなぁ 待って、浅野さんに確認してみるから 」
柚希はすぐに良美に連絡をとり、ふんふんと会話していたが、電話を切ると生意気そうな顔で、南西の方を指差していたんだよ自信たっぷりに言う。
「で、それがどうしたの? 」
柚希に問われ明日菜は即答した。
「それは、月を指差していたのですよ 」
「月っ そうか、思い出した 前に弥生に言われた事がある 」
明日菜の言葉で、刹那が興奮したように話しだした。
月が綺麗な夜、弥生と二人で月見酒と洒落こんでいた刹那は月を眺めながら気持ちよく杯を重ねていた。
「いやあ、本当に吸い込まれそうな綺麗な月だねぇ 」
「刹那、あまり長時間、月を見てはいけませんよ 見られてしまいますから 」
「へっ、見られるって何に? 」
「月にいる妖怪”桂男”にですよ あまり、じっと見ていると向こうも気が付いて、こちらを見返してくるのです そして、彼に見つめられると命を吸い取られ寿命が縮むと言われています 」
「寿命が縮む? ちょっと、そんな妖怪いるの だいたい月にいるのは兎だよ 」
「そう、私も兎さんだと信じていましたが、いるようですよ 卯月先輩が言っていたので間違いありません 私はそれ以来、月は見ないようにしています 」
「じゃあ、月見で一杯なんて出来ないよ そんな妖怪早く討伐して、ゆっくりお酒が飲めるようにしないと 」
「でも、月ですよ どうやって行くのです アポロにでも乗せて貰いますか 」
刹那の長い話はそこで終わっていた。結局、月に行く手段が浮かばず、そのまま事の真偽は分からずじまいだが、今回の事件を考えると月の妖怪”桂男”が関わっていると考えるのが妥当なような気がした。
「うーん、蓬莱ではなく、西園寺が言っていたとなると信憑性はありますね それに元が神宮寺となれば尚更です 」
如月の言葉に刹那はガーンとショックを受けていたが、雛子が大丈夫ですよと慰める。
「とはいえ、他の場合も考えられます 現地に行って調査してみて下さい 」
如月の指示で、刹那たち5人は早急に現場である公園に向かう事になった。
「お前たちの成長ぶりも見たいから自転車で行くよ ちゃんと着いて来れるか確かめるからね 」
「はいっ 」
刹那の言葉に明日菜と雛子は緊張しながらも元気に返事をしていた。
二人の女子学生の謎の死。
月にいる妖怪が関わっているのか。
刹那たちは原因究明の為、自転車で現場へ向かうのだった。