11話 真の敵
11話 真の敵
玉藻の前は、ケラケラ笑いながらタダユキたちを馬鹿にしたように見ている。その時、澪に逃げろと言われた弥生が、玉藻の前に飛びかかっていた。両手に広げた扇子で玉藻の前に斬りかかるが、玉藻の前は弥生の攻撃を簡単にかわしていく。
「あなたは絶対に許さない 」
弥生は今まで誰にも見せた事のない憤怒の表情で、玉藻の前に攻撃をし続ける。そこには自分の体などどうなっても構わないという決意が溢れていた。弥生の動きは、卯月の動きと瓜二つ。流水の動きだった。
「さすが弥生さんだ いけるんじゃないの 」
飛び出してしまった弥生を呆然と見ていた柚希が呟く。傍目には弥生の攻撃に玉藻の前は防戦一方に見える。弥生の腹部への一撃で玉藻の前のガードが下がった。その一瞬の隙に弥生は、回し蹴りを玉藻の前の頭部に叩き込もうとした。玉藻の前がニヤリと笑う。
「止まれっ!! 」
タダユキの言霊で、弥生の足を掴もうとした玉藻の前の腕が一瞬止まる。その瞬間、栞が飛び込んで弥生を玉藻の前から引き離した。そして、澪が弥生を押さえ付ける。
「こざかしいまねをしますね 前の娘と同じ目に合わせてやろうとしましたが 」
「ふざけるなっ! 僕は貴様を許さない 」
「ふふふ まあいいでしょう 今日、わたくしは世話になった貴女方に挨拶に来ただけですから 」
玉藻の前は高らかに笑うと、水面の上を歩き出した。
「待てっ! 逃げるのか 」
「逃げる? わたくしが逃げる訳がないでしょう 貴女方の相手をしているほど暇ではないのです 」
「なぜ生きている? 卯月に倒された筈だろう なぜ生きているんだ あの時、確かにお前は消滅した 本当にお前は”九尾”なのか? 」
澪が自分を抑えながら問いかける。
「ふふん 疑われるとは心外ですね わたくしは間違いなくわたくしです あの時、崇徳上皇は最後の最後に人の心を取り戻したようですね わたくしを利用していた事を悔いたのでしょう わたくしの魂諸とも消滅しようと、それまで支配していたわたくしを解放したのです 支配したままではわたくしの魂が、あの恐ろしい技から逃れる可能性がありますからね しかしですね、わたくしはその時を待っていたのです 最後の拳が打ち込まれる瞬間、わたくしは崇徳上皇の魂を盾に逃れたのです 崇徳上皇もわたくしがそこまで力を残しているとは思っていなかったのでしょう 哀れですね、消滅したのは崇徳上皇の魂です わたくしは気配を消して雪の中に潜んでいましたが心の乱れは隠しようもありませんでした 貴女方が注意深く探索していたらわたくしを発見できたでしょうね まったく、間抜けな連中の集まりで助かりましたよ わたくしを倒せる千載一遇のチャンスを逃した訳ですから もう、あの娘も居ない あの技を使える者もいないでしょう 」
玉藻の前は笑いながら池の中央に立つと、周囲の水面が渦を巻くように空に吸い上げられていく。そして、その水柱が消えた後に玉藻の前の姿はなかった。
「くそっ! ふざけるな 僕は絶対許さない 」
タダユキは拳を握りしめて玉藻の前が消えた空間に向かって叫んでいた。澪と栞は俯いている。弥生は唇を噛み締めてぶるぶると震えていた。
「あれが玉藻の前”九尾”ですか 底無しの恐ろしい力を感じた 澪さん、私はあれに勝てるでしょうか? 」
刹那が澪に問いかけ、澪が答えるより先に柚希が吼える。
「卯月さんは、青姫はあれに勝ったんでしょう だったら私たちも勝ちますよ 先輩たちに負けていられない 」
「そうだね、柚希 あの化物に勝った先輩がいる事が私たちの強み 絶対に負けられない 」
「刹那、柚希に気合い入れられてどうするんですか 私も先輩を超えるのが目標です 負けていられません 」
「分かったよ、弥生 私だって同じ気持ちだ それより早く子供たちとお巡りさんを探そう 八千穂と柚希も手伝ってくれ 」
「そうですね それではまたあの家に戻りましょう 私もはっきり分かった事があります 」
「何ですか、弥生さん? 」
八千穂が、もしやという顔で弥生に尋ねる。
「あの家自体が妖怪なんですよ 以前、先輩がこの地は処刑場だったと言っていました あの家はおそらく土着の強力な妖怪の集合体なのだと思います 」
「なんだ、それなら私が全部始末してやるよ 」
柚希が鼻をピクピクさせながら拳を握るが、澪のげんこつが飛んできた。
「澪さん、これパワハラなんじゃ それに私、変な事言いました? 」
「馬鹿はあなたですよ、柚希 弥生さんが集合体と言ったでしょう 一体一体倒していては駄目ですよ まとめて倒さないと 」
柚希は八千穂にやり込められ大人しく、分かりましたと返事をする。急いであの家まで移動した一行は、四人で家を囲み一斉に真言を唱える。すると、家全体から煙が上がり呻き声が響いてきた。そして、しばらくすると何かが弾けるような気配がして静寂が訪れる。
一行は再び家の中に忍び込むが、今度は埃っぽい匂いの充満した普通の廃屋になっていた。”逆柱”のあったリビングもクモの巣がはったごく普通の気配で、やはり全員が気になったのは一階の風呂場だった。浴槽には水が張ってあり水道からピチャピチャと水が垂れている。この家の状態からもう長いこと放置されている筈なのに、何故浴槽に水が張られ、蛇口から水が垂れているのか?
柚希が手を伸ばして浴槽の水に触れようとした時、弥生が柚希を突き飛ばす。その瞬間、浴槽の水に雷鳴が走った。
「何、今の? 」
突き飛ばされた柚希が青い顔で呟く。
「いかずち…… 雷神…… 」
弥生も青い顔で浴槽の水を見つめていた。
「不味いな こんな大物に目をつけられているとは 」
それまでは違う澪の態度にタダユキもただならぬものを感じていた。