第95話 一生キミの味方だよ
部屋に帰り、僕はすぐに寝室のベッドにダイブした。
今日は色々あり過ぎて疲れた。
このまま寝てしまおうかと考えていたら不意に玄関チャイムが鳴り響き、眠気が霧散されていく。
花恋さんか?
いや、あの人はチャイムなんて鳴らさずベランダから侵入してくるか。
となれば——
「こんばんはキュウちゃん。さっきぶり」
来訪者は雫だった。
小さく微笑む親友はどこか儚げに見えた。
いつものような元気いっぱいの雫じゃないな。
まぁ、それは僕も一緒かもしれない。
「さっきぶり雫。どうぞ上がって」
「お邪魔します」
遠慮がちに靴を脱ぎダイニングを通り過ぎる。
雫はそのまま僕の寝室へと入っていった。
先に寝室へ入っていた雫を僕が追いかけていき、二人で絨毯の上に座り、しばらく沈黙していた。
最初は対面に腰を下ろしたのだけど、すぐに雫はこちらに近寄ってきて僕の隣に腰を下ろし直した。
そのまま右腕が雫に補足されてしまう。
いつぞや花恋さん3人でエロゲをやっていた時と全く同じ体勢になっていた。
「あ……あの……雫さん?」
「……さん付けで呼んだな……罰ゲーム」
右腕に絡みついていた両腕がするりと解け、雫はそのまま僕の腰に両腕を回してきた。
雫はそのまま僕の横腹に顔を埋めてきた。
「ちょ……ちょ!?」
今までにないくらい距離が近い。
動機も激しく鳴り響いている。
この距離では雫に僕のドキドキが伝わっていそうで恥ずかしかった。
「キュウちゃん……ごめんね……」
「な、何が!?」
この距離が? この体勢が?
雫は何に対してごめんと言ってきた?
「キュウちゃんにはノヴァアカデミーで楽しく小説を学んで欲しかった。一緒の学校に通えれば絶対楽しくやっていけると思ってた。でも……こんなことになって……私が学校に誘ったせいだよね。本当にごめんなさい」
「な、何を言っているんだ!? 雫は何も悪くないじゃないか! お願いだから謝ったりしないで? ね?」
確かに僕は雫に誘われたのがきっかけでノヴァアカデミーを受験した。
雫はきっと僕がノヴァアカデミーを受験しなければ過去の件やネットでの誹謗中傷の件には関わらずに済んだのに、と思っているのだろう。
雫のせいだなんて僕は一寸も思っていない。
「でも……キュウちゃん苦しそうだよ……目を離すと泣きだしそうで……」
「…………」
お見通し……か。
過去の件も、ネットでの件も、先ほどの話し合いでもそうだ。
僕は散々強がって振舞ってきた。
だけど内心は怖さでいっぱいだった。
過去の件はもう気にしていないといったが若干の嘘も混じっている。
気にしないなんてできるはずがない。
今のエイスインバースの立ち位置にもしかしたらウラオモテメッセージがあったのかもしれない。そう考えると今でも嫉妬で狂いそうになる。
そしてネットでの誹謗中傷の件。
これに関してはただ単純に怖い。
あることないこと言われて叩かれ続ける。ノベル科の教室では徐々に居場所がなくなっていくのを感じる。
今は花恋さんが味方でいてくれるお陰で平静を保てているが、彼女にも迷惑をかけてしまっている事実がとにかく申し訳なかった。
「私が……居るからね? 水河雫は一生キミの味方だよ?」
その優しい言葉に一瞬涙が溜まりそうになる。
横腹に顔を埋めている親友は僕が一番欲しかった言葉を一番欲しかったタイミングで言ってくれた。
途端にこの子が愛おしく思えてしまった。
「ありがとう……ありがとう雫……」
隣に居てくれる親友の頭に自然と手が伸びる。
普段の僕なら絶対にやらないであろう軟派な行動。
だけど今だけはどうしてもこうしていたかった。
「えへへ……なんか私が慰められているみたい」
頭に乗せた手をゆっくりと左右に動かした。
目を細めて嬉しそうに微笑む雫の表情は——
僕の心臓を大きく高鳴らせるには十分すぎる破壊力だった。
【main view 和泉鶴彦】
「…………」
「…………」
皆が帰った後、俺、藍里、春海さんの3人はスタジオに残って呆けていた。
帰らないというよりはショックで動けないというのが事実だろう。
正直言えば俺は最初からこうなる気はしていた。
俺の希望的観測ではあったけど、あの雪野くんが——異世ペン作者のユキ先生が『盗作』なんてつまらない真似をするだなんてどうしても思えなかったのだ。
俺は最初から氷上君を疑っていた。
だからこそ俺は無理やりにでも話し合いも場を設けて、真実を明らかにさせる会議を発足させた。
でもまさかあんなにアッサリ白状してくれるとは思わなかったな。
ある意味この状況を作ったのは俺だ。
だから俺が何とかしないと。
「さて、藍里。傷心の所悪いが口を挟ませてもらうぞ。お前はこれからどうするつもりだ?」
盗作したのが氷上君の方だと判明したからには藍里のこれからの立ち回りを考え直さないといけない。
これからの仕事をどうするのか。まずはそれを決めないと。
「……雪野さんにもう一度謝るわ」
「へっ? あ、ああ、そ、そっか。うん。そうだな。それも大事だな」
あの藍里がまず『謝罪』したいと言ってきたのが意外だった。
ちょっと俺不粋過ぎたな。仕事のことよりもまずそっちが大切だろうに。
「春海さんはどうする?」
「……私は……もう謝っても……許してもらえないと思うから……」
ダメだ。藍里よりもこっちの方が重症だ。
春海さん、こんなに弱い子だったか?
「そんなことはないだろう。誠意をもって謝れば絶対大丈夫だ」
「……そうかな?」
確信を持って言える。
雪野君は絶対許してくれる。
だって彼は普通の人だったら絶対に許さないであろう事柄をいくつも許してきたのだから。
逆に彼が『お前なんて絶対に許さない』って豪語する姿の方が想像付かなかった。
「和泉くん……謝罪って……どうすればいいの? 私、全然わからないよ」
両目に涙を浮かべながら縋るように聞いてくる春海さん。
良かった。
春海さんがちゃんと『後悔』できる人で本当に良かった。
もしそれすらできない人だったら、俺はもう彼女のことは放っておくつもりでいたからだ。
「昨日、俺と藍里が調べた謝罪マニュアルがある。それを見て一緒に謝罪方法を考えよう」
「……私、すぐにでも謝りたい」
「ナズナ。だったらまず例のアプリで一言お詫びしない? 私もするから。それとも……まだ彼をブロックしたままにしていたい?」
「……!? そ、そんなことない! すぐ解除する! 解除して謝罪するの!」
春海さんは慌ててスマホを取り出して例のアプリを立ち上げていた。
藍里もそれに習ってスマホを取り出す。
二人は一生懸命文章を打っている。
その表情から彼へ対して真剣に謝りたいのだと伝わって来た。
さて——
二人が文章を打っている間、俺も考えを纏めることにしよう。
まず、氷上くんは自分が盗作魔であることを俺たちの前で明かしてくれた。
自首をしたいとも言っていたので、きっと彼も激しい後悔があったのだと察する。
だけど被害者である雪野君がそれを阻止してしまった。
挙句の果てに今月のスターノヴァで対決し、今後の針路を決める話になってしまった。
正直、どっちが勝つかで藍里の運命も決まってしまう。
まず雪野君が勝った場合。
氷上くんは盗作を自白することが今後できなくなる約束だ。
つまり藍里も今まで通りエイスインバースの絵師として働くことができる。
ただ、その場合は雪野くんに付いている盗作疑惑が解消されないままだ。
果たしてそんな雪野君を放っておいて藍里は今まで通り仕事を続けることができるだろうか?
次に氷上君が勝った場合。
正直こっちの方が深刻な状況になる。
あの様子だと氷上君は間違いなく自首するだろう。
そうなればもうエイスインバースは打ち切りとなるのは間違いない。
そしてきっと世間からも大きく叩かれてしまうだろう。
最悪な事態として氷上君だけではなく絵師の藍里にまで批判が集まってしまうかもしれない。
その可能性は十分にあり得てしまう。
そうなると藍里の今後のクリエイター人生に陰りが生じることになるだろう。
「なぁ。雪野君と氷上君のスターノヴァでのランキングバトルだが……二人はどっちが勝つと思う?」
何気なく俺が質問を繰り出してみると、二人は文章を打つ手をピタっと止め、考える仕草をとった。
「ごめん。私は正直どちらの作品も知らないの。だからどっちに勝敗が動くかはわからない。でも——」
「——でも、実績は間違いなく氷上さんが上よ。それに雪野さん自身も仰っていたわ。自分の作品よりも氷上さんの作品の方が面白いって」
「……だよな」
世界的有名なラノベ作家氷上与一。
その輝かしい実績は強すぎる。
もちろん雪野君の作品も素晴らしいということはこの中で俺が一番分かっている。
だけど現段階では氷上君に分があると考えるべきか。
と、なれば——
「なぁ、藍里。氷上君の例のアプリのIDを俺に教えてくれないか?」
「えっ? 別にいいけど、なんで?」
「ああ。一つ思いついたことがあるんだ」




