第90話 応援上映はマナーを守ってご鑑賞ください
スターノヴァの説明を受けて、僕は二つの決意をした。
現在執筆中の『クリエイト彼女』と『絶望リクリエ』をスターノヴァと小説家だろぉに同時投稿を始めること。
それと僕自身に降りかかっている別問題を先に解決させることだ。
まぁ、問題というのがたくさんあるのだけれど。
まず一つ目に、氷上与一との過去の因縁問題。
淀川さんは過去の出来事の加害者を勘違いしているから昨日は僕へ暴力を奮ってきた。
でもどんな心変わりがあったのか知らないけど翌日には謝ってくれた。
一方、完全悪と思っていた氷上与一は先ほどの講義で僕への批判を庇ってくれた。
たぶん、僕の知らない裏事情があるように思えた。
僕はそれを知る必要がある。
二つ目にネット中傷問題。
これは時間が経てば経つほど火種は猛りをあげていく。
もう沈静化は不可能なのかもしれない。
もしかしたら完全解決は出来ないかもしれない。
だけど、これ以上の火種を植え付けることを防ぐことはできる。
そう——僕への悪意の打ち込みを最初に書き込んだ人へ事情を聞きに行く。
雫はその該当人物が淀川さんだと思っているみたいだった。
だが、あんな丁寧な謝罪をしてきた人がネットで嫌がらせをするとは思えない。
僕の中で——いや、雫達も含め、もう淀川さんがネットに悪評を広めた犯人だとは思っていない。
だとしたら氷上与一か? とも一瞬思ったことがあるが、氷上与一は過去の件に触れてほしくない様子だった。故に彼が犯人である線も薄いと思う。
ていうか僕は最初から別の線に心当たりがあった。
今からその心当たりに会いにいく。
その人は容疑者の一人というだけあって確証があるわけではない。
だから僕は一人でやってきた。
ノヴァアカデミー3階『声優科』の講義室。
うわぁ女子率たっけぇ。
は、入りづらい。
「——あら? 雪野さん?」
「え?」
突如僕を呼ぶ声がなぜか後ろから聞こえてきた。
振り返ると朝に出会った見知った男女が不思議そうにこちらを見つめていた。
「淀川さん。それに和泉くん……だったよね?」
「ああ。珍しい所であったな。声優科の教室に何か用なのか?」
「う、うん。実は知り合いに用があったんだけど、なんていうか他の学科の教室ってめちゃくちゃ入りづらくてさ」
「あー、わかる。自分と関係ないテリトリーって異質な空気あるよな」
和泉君が深く頷きながら同意してくれる。
この人、喋りやすいな。朝はあんなことがあったからあまり喋れなかったけど、ほんわかと優しい空気を持っていて安心感を得られる。
「……あ……あの……雪野さん……昨日はその……ごめんなさ——」
「いいっていいって。朝の謝罪で誠意はちゃんと伝わったからさ。そんな申し訳なさそうな顔しないでいいですよ?」
「え……ええ……そう言っていただけるとこちらもありがたいです」
淀川さんめちゃくちゃ昨日の件を引きづっているな。
相まってネットでの誹謗中傷事件も目撃してしまって僕に対してどんなふうに接したらいいのかわからない様子だ。
「藍里。お前、雪野くんの前だと180度性格変わるんだな」
「黙りなさい! 叩いてしまった方に対して失礼な態度取れるわけないでしょ! 私の印象をこれ以上下げないでよね。私は品行方正なクールビューティキャラなのよ!」
「なんだよそのキャラ設定。クールビューティは無理あるだろ。お前が劇場版ラブくりの応援上映で誰よりもキレッキレな動きで黄色のサイリウム8本振り回していたって春海さんから聞いてるし」
「わーわーわー!!」
「えっ!? 淀川さんラブくり好きなんですか!? しかも黄色のサイリウムってことはカミア様推し!? 実は僕もそうなんですよ。いやぁ嬉しいなぁ。こんなところに同士がいたなんて!」
瑠璃川さんと雫もラブくりを見ているようだけど、ちょっと温度差あるんだよなぁ。
対して淀川さんは目を輝かせながら両手で僕の右手を握ってきた。
「雪野さんもラブくり好きなの!? 初めて同じ推しの方と出会ったわ! どんなところが好き!? 私はカミア様のキャラ位置がすごくツボなのよ! ライバルキャラという立ち位置なのに一回インフレに置いてかれそうになったでしょ!? でもねカミア様はくりむぞんのライバルであり続ける為に一人で努力して最強キャラにまで昇り詰めたの! めっちゃ燃えたわ!!」
「わかる! 淀川さん気づいてた? 77話にカミア様が覚醒する伏線があったんだよね。77話ってさのほほんとした日常回と思いきや伏線満載な回なんだ。あの回のカミア様のライブって一部だけ使いまわしじゃないんだ。カミア様が覚醒に必要なトリガーが実はその中にあって——」
「ちょ!? それマジなの!? やば、帰ったらすぐ確認しないと……! ていうかそんな伏線良く見つけたわね。考察サイトにも乗ってなかったわよ!?」
「そこはまぁ、伏線に敏感なノベル科のカンというわけですよ」
「ねえ! もっと伏線的なやつあったりした!? 教えなさいよ!」
握られたままの手をブンブン奮われる。
お互い興奮状態だった故にちょっと距離が近くなっていた。
そのことにハッと気づいた僕は少し後ろに下がる。
「ちょっと、何引いてるのよ!? あなたまさかオタクが恥ずかしい人種であるとか思っているわけじゃないでしょうね!?」
「そ、そうじゃなくて、んと、距離がちょっと……」
「距離? ……あ」
淀川さんもようやく距離感に気づいてくれたようだ。
ちょっとだけ顔を赤らめながら慌てて手を離し、僕と同じように一歩後ろに下がっていた。
隣でその様子を黙ってみていた和泉君がニヤニヤ笑っている。
「随分と仲良くなれたみたいで安心したよ」
「そ、そういうわけじゃ、えと、雪野さん、取り乱して申し訳ありませんでした」
「い、いえ、こちらこそすみません」
向かい合いながらペコペコと頭を下げあう僕ら。
「雪野君。俺もラブくり好きなんだ。ラブくり好き同士今度俺とも熱く語り合おう。良かったら例のアプリで連絡先教えてもらえないか?」
「あ! 鶴彦ずるいわ! 雪野さん、私も!」
「う、うん。よろこんで」
久しぶりに例のアプリに連絡先が増えた。
しかも男子との交換は初めてだ。テンションが上がる。
「——おかしいんじゃない? 二人共。この人は藍里さんに昔酷いことをしたなんでしょ?」
気が付くと僕達の近くにまで寄ってきていたナズナさんが冷たい表情でそのやり取りを眺めていた。
怒りに満ちている、といった鬼気迫る表情だ。
いつも笑顔だった印象が強い故に、こんな怖いナズナさんを僕は見たことはなかった。
「ナズナさん。久しぶりです」
「…………」
挨拶すら返してくれないか。
そういえば昨日ナズナさんは和泉くん達と一緒にいたっけ。
淀川さんとも仲が良さそうだった。
てことは過去の経緯を聞いたナズナさんは淀川さんの為に怒っている、とそんなところか。
うーん。これは結構ショックだなぁ。せっかく仲良くなれたと思ったのに。
「な、ナズナ! 挨拶くらい返したら——」
「どうして? 盗作でしか創作活動を行えない無能にどうして私が挨拶を返さなければならないの?」
「春海さん!!」
迫るように和泉君の怒声が廊下に鳴り響く。
「行きましょ。和泉君、藍里さん——あっ、そうそう。無能くん。さっき二人と例のアプリの連絡先交換していたみたいだけど、私は貴方のことブロックさせてもらったから」
無能君……ね。
軽蔑100%であることをあからさまに態度で表している。
親し気に『マスターくん』と呼ばれていた頃が懐かしく思える。
「春海さん……キミはまた人を見下すような態度を……」
和泉君も悲しそうにナズナさんを見ている。
『また』ということは彼女は有能な人以外にはあのような態度を取りがちなのかもしれない。
その事実は僕にとってすごく残念だった。
「悪い。雪野くん。また後で連絡する」
そう言い残すと和泉君はナズナさんの後を追いかけるように駆け出していった。
淀川さんも申し訳なさそうにペコリと僕に一礼し、二人の後を追いかける。
「さて——」
少し横やりが入ってしまったが、ようやくここに来た本題に移れる。
ごく自然と僕の横を通り過ぎようとしていた知り合いの右手をやや乱暴にガツッと掴む。
掴まれた本人は小さく舌打ちを漏らす。
「何よ。クソ弓」
春海鈴菜さん。
僕は彼女に用があってこの声優科の教室にきていたのだ。
僕は無言で彼女を引っ張っていき、人通りの少ない所にまで連れていく。
この辺でいいか。
「さて、鈴菜さん。僕がどうしてキミに会いにきたのか、わかるよね?」
「さあね。私に愛の告白でもすんの? じゃ断るわね。ごめんなさい。んじゃ」
白々しい態度で立ち去ろうとする鈴菜さんを体で防ぐ。
「鈴菜さん。ネットに僕の悪評を流したのはキミだよね」




