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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第84話 桜宮恋の本質

 ………………

 …………

 ……







「これが2年前に僕と雫に起こった『事件』だ」


 中々の長話になってしまった。

 やっぱり風呂場でする話じゃなかったな。軽くのぼせてしまいそうだ。


「簡単に信じてもらえるとは思っていない。世間では氷上与一が正とされているからね。でも個人的には花恋さんには信じてほしい」


「…………」


 花恋さんからの反応がない。

 小説に対しては厳しい視点を持っている彼女のことだ。

 如何に友達の言うことでも確たる証拠がないと味方をしてくれないのだと思ってはいた。

 恐らく僕の話を聞いてどちらの味方をするのか悩んでいるのだろう。


「僕の言うことが全部信じられないのもわかる。もし僕を信じられないのなら仕方ないとも思う。だけどどうか中立の立場の見守っていて欲しい。花恋さんと敵対だけはしたくない。どうか氷上与一に付くことだけは止めてほしいんだ」


「…………」


 無反応。

 だ、大丈夫か? 花恋さん。

 もしかして僕の話が長すぎて途中でのぼせて気絶とかしちゃったんじゃ……?


「——弓くん」


 あ、よかった。花恋さんの声が無事聞こえてくる。

 ……ん? いや、なんかおかしい。

 彼女の声は壁の向こうから聞こえてきたわけではなかった。

 なんか風呂場のドアの方から聞こえてきたような……って、まさか!?


「うわぁ!? 花恋さん!? こっち来ちゃったの!?」


「……はい。居ても経ってもいられなくてつい来ちゃいました」


「つい来ちゃったって……」


 スモークガラスにぼんやりと人影が見える。

 バッと目を逸らす。

 スモークガラス越しの影からはとても服を着ているように見えなかったからだ。


「も、もももも、もしかして、花恋さん裸で来た!?」


「そんなことはどうでもいいんです」


 いや、どうでも良くないでしょう。

 どうして全裸で神妙な空気を出してきているんだこの人は。


「最初に言っておきます。私は弓くんを全面的に信じています」


「へっ!? し、信じてくれる……の?」


「むしろ信じてもらえないかもって思われていた方が心外です。私、そんなに信用ないですか?」


「いや、花恋さんは小説に対しては厳しい意見を持っているからさ」


「確かに小説に対しては妥協なきよう厳しい信念を持っているつもりです。でも大切な人を信じるか否かは別の話です」


 た、大切な人って。

 まぁそうだよな。ここまで一緒に過ごしてきた人を疑うなんて、逆の立場だったら僕だって絶対にしない。

 花恋さんも同じように考えてくれていたことが嬉しい。


「それに私の『小説への厳しい観点』で言わせてもらっても私は弓くんの言っていることが正しいと思っています」


 『友達』としてだけでなく、『小説家』としても信じてくれている。

 つまり花恋さんは全面的に僕を信じてくれているというわけだ。

 すごく嬉しいことだけど、逆に『なんで?』って気持ちも湧いている。


「『大恋愛は忘れた頃にやってくる』、『異世ペン』、『7000文字小説』。私が見たことある弓野ゆき先生の作品。どれもどれも大好きで何回も読んだ作品です。だからこそ私は弓野ゆき先生の特色を知っています。弓野先生の持つ独特な言葉選び。弓野先生にしか出せない場面の描写力。そして弓野先生が最も得意とする『会話のセンス』。弓野先生が合わせ持つすべての技術が融合したのが『ウラオモテメッセージ』でした」


 文章には作家の命が吹き込まれる。

 その息吹を感じ取ることは一般読者には難しいと言われている。

 だけど、大作家桜宮恋は違った。


 桜宮恋の著書、才の里

 読者の五感を刺激する著書は、読み手の間では魔法の書とも言われている。

 それが桜宮恋の本質。

 五感の感知は『書き手』である桜宮恋の武器であり、『読み手』となった桜宮恋の武器でもあったのだ。

 彼女は——小説の色や匂いを感じ取ることができる。

 だからこそ一瞬にして『ウラオモテメッセージ』の内容は『弓野ゆき』以外の人間に創作は不可能だと認識できた。


「ついさっき私は『買い物したい物がある』って言いましたよね。私の買ってきたもの、何だと思います?」


 急にそんなこと言われても検討が付かなかった。

 今までの話と関係ある代物だとは思うけど。

 僕が無言で首を傾げ続けていると、タイムアップと言わんばかりに花恋さんの方から正解を口に出してきた。


「エイスインバース。1~8巻まで全巻です」


「えっ?」


「まだ3巻の途中までしか読んでいませんが……1巻からは弓くんの匂いしか感じられませんでした」


 エイスインバース1巻。

 それは氷上与一がウラオモテメッセージの1~20話をコピーした内容そのものだった。


「2巻以降になってようやく氷上先生の『色』がわかるようになりました。弓くんの『色』とは全然違う。たぶん私以外にも1巻と2巻以降の毛色の違いに気づいている人はいるのではないでしょうか?」


 2巻以降は完全にウラオモテメッセージとは異なる展開となっている。

 エイスインバースという作品は1巻以外氷上与一の完全オリジナルの物語なのだ。


「だから私は確信をもっています。ウラオモテメッセージは間違いなく弓くんの作品で、エイスインバースがそれを真似した後追いの作品であると。弓くん。私は分かっているんですからね。私は、完全に弓くんの味方です!」


 天才桜宮恋が持論をもって真実にたどり着いてくれた。

 僕の味方になってくれた。

 たまらなく嬉しかった。


「今まで辛かったですよね。悲しかったですよね。もう大丈夫ですから。今、私が貴方のことを力強く抱きしめてあげ——あれぇ!? 戸が開かない!?」


「あっ、当然だけど風呂場のカギは締めているから」


「なんで締めるんですか!? ここ開けてくれないと弓くんを抱きしめられないじゃないですか!」


「全裸の女の子に抱きしめられて正気を保てるほど僕は人間出来ていないから」


 信じてくれるのは嬉しいけど、裸で抱きしめるなんて狂気の行動だ。

 さすがにご勘弁頂きたい。


「むぅぅ! 起ってるくせに!」


「!?」


「興奮しているなら別にいいじゃないですか! 開けてくださいよー! 我慢はよくないですよ?」


「そういえば花恋さん普通に風呂場に侵入しようとしているよね? 寝室と風呂場の侵入禁止条件を解除した覚えはないのだけれど?」


「寝室でエロゲやっていた時点で免除されたんじゃなかったのですか!?」


「あの時は雫がお客様としてきていたから特例で許しただけだよ。さっ、帰った帰った。そんな恰好でそこに居たら風邪引いちゃうよ?」


「うわ~ん! 弓くんのお風呂で温まらせてくれない気です~!」


 シリアスな空気に紛れて風呂場侵入を試みた花恋さんの野望を無事に阻止することができた。

 ……まぁ、ちょっとくらいは流されてしまっても良かったかもと思う所がないわけではないが、さすがに不誠実すぎるよね。


「弓くん! お風呂は諦めますけど、後で絶対に抱きしめますからね! 身体洗って待っていてください!」


 首を洗ってじゃないのかよ。

 どうやら抱きしめられることは決定事項のようだ。

 僕は花恋さんの言うようにいつもより入念に自分の身体を洗い直すことにした。


 そしてお風呂を出た直後、花恋さんの力強いハグは10分以上続いたのだった。


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