第83話 いつかしずく色に ④
ライトノベル衝撃のデビュー作『エイスインバース』がついに書籍化。
雑誌インタビュー、電車広告、そして小説家だろぉのトップページ。
至る所でエイスインバースの宣伝が行われ、発売から半月を待たずして重版重版また重版の大ヒット。
ライトノベル界にて氷上与一は一躍時の人となった。
「ほえ~、すっごい」
僕はポテチを食べながらまるで他人事のようにエイスインバースのバナーを眺めていた。
「弓さん」
今日も僕は雫さんと通話を繋いでいた。
雫さんの声色は怒りというか呆れで震えているように聞こえる。
「先週まで泣いたり病んだりしていた人と同一人物とは思えないほどの無関心っぷりだね。もう弓さんの中で完全に吹っ切れた感じ?」
「……正直未だダメージは残っています。でも最近は雫さんとお話しているだけで心が癒されていく感じがして、おかげで今は落ち着いて話が出来るようになりました」
「そ、それは良かったよ。て。照れるじゃないの。急に素直になって可愛いなキミ」
「照れている雫さんも可愛いと思いますよ」
「本当にどうした!? お前!」
雫さんにはかなり迷惑をかけてしまった。
それどころか傷つける発言をすらしてしまった。
だからこれからは出来る限り雫さんには優しく接しようと考えている。
雫さんを喜ばせる為なら普段言わないような歯の浮くセリフも躊躇なく発することができるのだ。
「雫さんを手離さない為なら僕はなんでもしますから」
「~~~~っ!?!?」
「一度失いかけて分かったんです。僕にとって雫さんのどれほど大きな存在であるか——」
「すとっぷ! すとーーーーぷ!!」
話の途中なのになぜか口を開くことを止められる。
「話の途中なのに止めるなんてひどいじゃないですか。雫さんが僕から離れて行っちゃったらどうする気なんですか?」
「離れる気なんて一切無いから今は喋るなキミ! 自分が告白紛いなこと言っているの気づいてないだろ!?」
「告白だなんてそんな安っぽいものじゃないですよ。雫さんを引き留めるためにただ必死なだけです」
「わかったから! ずーっとキミの作品に絵を描き続けることを約束するから! ちょっと落ち着け! メンタル整えろ!」
「えっ!? 本当ですか! やった! 神絵師ゲット! 一生放しませんからね!」
「もーーーーーー!!」
通話越しにバタバタ物音が鳴り響く。
よくわからないけど、雫さんがその場で悶えているようだった。
「話は変わりますがエイスインバースのイラストもすごいですよね。ライトノベルにはあまり見ない劇画風の水彩絵、氷上与一も良いイラストレーター付けてもらったんだなぁって思いますよ」
「急に話ぶった切ってきたな! ま、まぁ、実力のあるイラストレーターだと思うよ。雫ちゃんよりちょっぴり絵が上手いのも認める」
「はっ? 何言っているんですか? 僕のイラストレーターを馬鹿にしてます? 絵の上手さを言ったら雫さんが上に決まっているじゃないですか。雫さんを馬鹿にしないでください。いくら雫さんでも怒りますよ?」
「ちょっと自虐しただけで理不尽な怒りをぶつけてこられた!?」
氷上与一の担当イラストレーター。確か雑誌インタビューで名乗っていたっけ。
んと……淀川……なんとかさん。
「淀川さん、雑誌で単独インタビュー受けていましたよね。ウラオモテメッセージのことも批判してたからよく覚えているよ」
「……って、弓さん、あのインタビュー記事見たの!?」
「そりゃあ見ますよ」
淀川さんはエイスインバースに関われたことを本当に喜んでいるようだった。
“間違いなく自分の一番の代表作となる”
“自分の技術全てを費やして読者の皆様へ最高のイラストを届けたい”
……そんな風に言っていた。
そしてインタビューの最後の方でウラオモテメッセージに対しての不満も語っていた。
『盗作魔』は絶対に許さない。意地でも盗作魔を探し出す。そして報いを受けてもらう。
そんなことも言っていた。
「ウラオモテメッセージに対する誤解を公の場で発言した淀川藍里を私は許さない」
雫さんの言うように、淀川さんは公的な場でWeb小説家『ユキ』を完全に殺しにかかってきた。
この発言により世間は更に『ユキ』に対する印象を更に悪くしただろう。
もう『ユキ』には商業の場で輝けるチャンスはないのかもしれない。
「弓さん。あんな記事気にしないでね。真実も知らないくせに正義感かざしているだけのイキリ女なんて視界に入れちゃいけない。弓さんは何も悪いことはしていないのだから。堂々と次の小説を書けばいいんだからね」
「うん。分かっていますよ」
雫さんが僕の代わりに淀川さんに対して怒ってくれている。
今はそのことが無性に嬉しかった。
「何が『報いを受けてもらう』だよ。報いを受けるのはそっちだ。いつか真実を突きつけて『ざまぁ』展開にしてやるんだから」
雫さんの声色が低くなっていく。
淀川さんに対する怒りの沸点に近い位置にまでボルテージが上がってしまっているのだろう。
「まぁまぁ。ほどほどにしてあげて。あまり虐めると可哀想ですよ?」
「何でキミはそっちの味方なのさ!? さっきまでの雫さん贔屓はどうした!?」
「雫さんには復讐とか『ざまぁ』展開とか似合わないですよ。雫さんには笑顔で創作に打ち込んでほしい。曇りのない雫さんのイラストは誰が見ても最高なんだから」
氷上与一の件とか、淀川藍里の件とかで、雫さんのイラストを曇らせたくない。
僕の最高なイラストレーターには常に最高のイラストを描いていてもらいたい。
それだけは僕の中で揺らぐことのない純な想いだった。
「~~ぅぅぅ!! 分かったよ! 分かったから雫ちゃんを口説いて照れさせるのもうやめろ~~~~!!」
口説いていたつもりはないのだが、照れ屋の雫さんは年頃の女の子っぽく可愛らしく悶えてくれる。
可愛らしく、微笑ましく、聞いているだけで癒される。
その様子を通話越しに聞き入るだけで心のダメージは昇華されていく。
雫さんとの会話は僕の安定剤だ。
今回の事件で受けたダメージは計り知れないほど大きかったが、メンタルヒーラー雫さんの治癒魔法に掛かればいつの日か完全回復する日もくるだろう。
僕がまた小説を書ける日がやってくるのはそう遠くないのかもしれない。
そうだ、その日に向けて新作小説の構想だけでもやっておこう。
今流行りの異世界転生モノとかいいかもしれないな。
その日が来るまで今は力を溜めておく。
心の傷を癒すことに注力しながら、何があっても動じない強いメンタルも身につけておく。
今回の一件を引きずらないような強靭なメンタルを手に入れる。
また盗作事件の被害者になってしまっても果敢に立ち向かえる強さを手に入れる。
そして――
「そうだ! 今日はオリキャラ描いてみたんだ! 見てくれる?」
僕を全力で守ってくれた雫さんを——
今度は僕が守ってあげられるように。
彼女に何かあったとき——
僕は無条件で彼女の味方をする。
雫さんが僕にしてくれたように。
僕もいつかは——




