第81話 いつかしずく色に ②
「な、なんだよコレ! 1話から20話までウラオモテメッセージと同じ内容じゃないか!!」
エイスインバースを読み進めながら僕はついに声を荒げてしまった。
ウラオモテメッセージと同じ内容の小説エイスインバース。。
違う所と言えば一部の地の文とキャラの名前だけ。
会話文に関しては一言一句、僕が生み出した文章と全く一緒だったのだ。
「酷いっ! なんなのコレ!? こんなの……在ってはならないことだよ!」
雫さんに至っては僕よりも震えた声で激昂してくれていた。
更新されているのは全50話。
いや、エイスインバースはとんでもないペースで更新され続けている。
このままいけば数時間後にはもう5話くらい上がっていてもおかしくなかった。
それに気になるのは21話以降の展開だ。
ウラオモテメッセージをパクっていたのは1話から20話まで。
何の心変わりがあったのか21話からはオリジナルの展開となっている。
「弓さん。運営に報告しよ。これは許しちゃいけないやつだよ!」
「う、うん。そうですね。そうします」
今まで使ったことのない運営へのサポートページを開き、メールフォームを発見する。
この時、どんな文章を打ったのかよく覚えていない。
でも気が動転していた僕は、普段使わないような汚い文章を打ってしまったことだけは何となく覚えていた。
「メール……送信……し終わりました」
「お疲れ様、弓さん。大丈夫。後は運営さんがきっと対応してくれるから。だからどうか気に病みすぎないでね。ショックなのはわかるけど悪いのはあちら——氷上与一なんだから!」
「そ、そうだよね。ありがとう雫さん」
雫さんが僕の傍にいてくれてよかった。
僕一人だと気が動転して何もできなかったと思うから。
「雫さん。今日は、ちょっと、疲れたので……寝ます」
「うん。それが良いよ。嫌なこと全部忘れよ。辛かったり眠れなかったりしたらすぐに連絡して。夜間だからとか私に迷惑かもだとか一切考えないでいいからね。絶対連絡して」
「は、はい。おやすみなさい」
雫さんの優しさに涙が出そうになった。
落ち着いたら絶対にお礼をしよう。
そう心に誓って僕は就寝したのだった。
——悪意の加速に気づかないまま。
『エイスインバース書籍化のお知らせ』
「……………………はっ?」
翌日。
氷上与一の活動報告が更新されていた。
その表題を見て、僕は絶句し、硬直した。
10分くらいは画面の前でフリーズしていただろうか。
僕の意識を戻したのは雫さんからの着信音だった。
無意識化のまま僕は通話開始ボタンをクリックする。
「弓さん!」
「…………」
「弓さん! 大丈夫!?」
「………………あ」
一言だけ言葉が外にあふれ出る。
その声色を聞いただけで雫さんは全てを察したのだと思う。
「……見たんだね……氷上与一の……活動報告」
「…………」
正確には表題だけで中身は見ていない。
いや、中身を見るまでもなく、僕にとって最悪の情報が伝わっていた。
「こんなのってないよ! どうして……どうしてウラオモテメッセージをパクった小説が書籍化されるの!? どうしてウラオモテメッセージは書籍化の話すら来ていないのに……エイスインバースが認められるの!!」
「…………」
僕が言いたかったことを——叫びたかったことを雫さんが全部言ってくれる。
でも、この時の僕は『自分の為に怒ってくれる存在』のありがたみを感じる暇もなく、ただただ絶望の渦に飲み込まれていくだけだった。
「弓さん。辛いのは分かる。でもここで折れちゃ駄目!! 盗作魔なんかに負けちゃ駄目!」
「……で、でも……」
「そうだ! 弓さん! 昨日送った運営へのメールは!? 返信きてない!?」
「あ……」
そうだった。
運営。運営がきっと対策してくれる。
盗作魔への粛清は……運営が……きっと……
「駄目だ……まだ返信は来ていない……」
「そんな……!」
がっかりと項垂れながらメールフォームを閉じ、小説家だろぉのトップページへと戻る。
その時、さっさとブラウザを閉じればよかったのに——
僕は発見してしまった。
——『エイスインバース』書籍化を通知するバナー広告を。
「……っ!」
追い打ちのように僕の心が抉られる。
氷上与一が『だろぉ』に投稿を開始したのはほんの数日前だ。
たった数日間で書籍化の打診がくるわけがない。
つまり彼はエイスインバースを『公募』で出したのだと予想できる。
それが審査を突破し、書籍化は予め決定されていた。
ならばどうして『だろぉ』にも投稿し始めたのか?
スポンサーが『だろぉ』と繋がっているのか、もしくは僕への挑発のつもりなのか。
その真意は……僕に確かめようがなかった。
「私も運営にメールする」
怒りに声を震わせながら雫さんが自発的に動き出そうとしてくれる。
「それと、氷上与一に直接文句をいってやる!」
「……どうやって?」
「もちろんメッセージ機能を使ってだよ!」
そうか。
作者とコンタクト取れる唯一の手段。
メッセージ機能を使えば氷上与一とコンタクトが取れる。
氷上与一に……文句を言うことができる。
「僕も……やろうかな」
「そうだよ! 一緒にやろう! 私達で氷上与一に鉄槌を下すんだ!」
雫さんはこの時、感情を包み隠さず怒りをそのまま文章にしてぶつけたと言っていた。
僕の方は……何を書いたのかまるで覚えていない。
でもかなりの長文だったのは覚えている。
エイスインバースは1日4~5話のペースで今も更新され続けている。
今の僕にはいくら頑張ってもエイスインバースのペースについていくことができず、1日1話がどう頑張っても限界だった。
そして先日、エイスインバースはついにウラオモテメッセージの話数を上回った。
ハイペースのエイスインバースとローペースのウラオモテメッセージ。
その更新ペースの差が読者の支持に直結してしまっていた。
そんな時、運営からのメールがあった。
その内容は思いもよらぬものだった。
『貴方のアカウントは凍結されました』
アカウントが凍結されてしまってから1ヶ月が経過していた。
アカウントの凍結理由は氷上与一に送ったメッセージだった。
そのメッセージが『過大な誹謗中傷ライン』を超えたと判断され、『ユキ』のアカウントは一時的に使えなくなってしまった。
それは『ウラオモテメッセージ』の続きをしばらく書けなくなってしまったことを意味している。
やらなければいいのに僕はわざわざサブ垢を作って氷上与一の進捗を確認し続けている。
エイスインバースは書籍化決定と同時に絶大な支持を得られ、それに乗じて評価ptも上がり続けている。
そしてついにランキングトップ10に入った。
一ヶ月ちょっとで月間ランキングに入るのはちょっとした快挙だ。
書籍化効果というのはそれだけ大きいものらしい。
それとは逆に『ウラオモテメッセージ』の人気はぐんぐん落ちていった。
当たり前だろう。
読者は僕がアカウント凍結していることなんてしらない。
一ヶ月前にピタっと更新が止まった作品として認識され出したのだ。
評価ptも下降を始めてしまい、ついには5桁を切ってしまった。
今まで高評価を入れてくれていた人が低評価へと修正したのだろう。
挙句の果てに、ウラオモテメッセージの感想欄は荒れ果てていた。
『劣化エイスインバース
更新やめちゃったのー?』
『序盤の展開エイスインバースと一緒じゃん
中盤もダラダラ書きすぎ
会話文ばっかりで小説として3流』
『つーか、更新ペース遅すぎ
エイスインバースは1日5話投稿しているんだが?
偽物だからそんなものか』
『絵師だけはレベル高いな
内容はクソ』
『書籍化作品をパクってまで人気取りたかったの?
ここまでクズ行為が過ぎるともはや哀れだわ』
まるで僕がパクリ野郎みたいな風潮が出来上がっていた。
今まで肯定的な意見をくれていたユーザーまで批判に回っている事実が僕の胸を抉る。
だけど――
『批判意見に負けないでください』
『最新話の更新心よりお待ちしております
ずっと応援しています!!』
このように肯定的なコメントをくれる方も稀に居た。
ちょっとだけ救われた気分になれたが、批判コメントの大波がすぐに心をかき乱す。
『ウラオモテメッセージの方が早くだろぉに上がっていたんだが?』
『↑コメント
エイスインバースはもっと前から書籍化決まっていたんじゃない?』
『もう何が真実なのかわからん』
『人気がある方が本物でいいだろ
ランキング外に落ちた駄作はさよなら』
日に日に僕を擁護する声は減っていく。
世界中がエイスインバースに味方しているような気がした。
果てしない虚無感。滲む無力感。
落ちていく。落ちていく。
下落と共に執筆意欲が無くなっていく。
そして――
『二度とだろぉに書くなパクリ野郎』
たった一言の感想がトドメとなり、僕の執筆意欲は完全にそぎ落とされてしまったのだった。
ユキのアカウント凍結はいつのまにか解けていた。
だけど今の僕には小説の続きを投稿する気力も、氷上与一先生に歯向かう気力も失っていた。
「はは……エイスインバース……月間ランキング2位だって……すごいな」
エイスインバースは日に日に評価ptをあげていく。
対してウラオモテメッセージは……わからない。落ちているのは知っているけど途中から管理することすら辞めていた。
~~♪ ~~~♪
PCから着信音が鳴り響く。
相手が誰かなんて確認するまでもない。
「雫さん。こんにちは」
「こ、こんにちは。弓さん。その、大丈夫?」
「何が?」
「何がって……氷上与一のことだよ」
「ああ」
全く取り乱していないかのように思える僕の態度に雫さんの戸惑いが伝わってくる。
実際、最初の頃よりは冷静になれているのかもしれない。
「駄目だよ雫さん」
「えっ?」
「氷上与一『先生』って付けなきゃ」
「……っ!!?」
「格上の人には敬意を払わなきゃ」
目が虚ろになっているのが自分でも分かる。
だけど自分が何を言っているのかは頭半分でしか理解していない。
「しっかりして弓さん!! ショックなのはわかるけど自分を見失っちゃだめ!!」
「いいんだ雫さん。僕はもうすべてに疲れた。もう全部どうでもいいんだ」
「……!! ど、どうでもいいって、どういうことさ!?」
「僕はエイスインバースのファンとして氷上先生の更新を待ち続けるだけの読者になるよ」
「何言ってるの!! しっかりして!! 弓さんは読者じゃないよ! 作者でしょ!?」
雫さんはこんな僕にまだクリエイターの道を示そうとしてくれる。
だけど、僕は読者と作者の分岐路で立ち止まったまま。
クリエイターの道の遥か彼方先に雫さんが手招きをしている。
僕は……
「もう作者じゃない」
「!?」
目を閉じて……
ゆっくりと……
クリエイターの道とは逆方向へと進み始めた。




