第80話 いつかしずく色に ①
【2年前】
「ほいよ。『ウラオモテメッセージ』最新話の挿絵だよ」
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
添付して頂いたイラストをマッハでダウンロードし、僕は甲高い声を張り上げながら驚愕に浸っていた。
ウラオモテメッセージは週に2回のペースを落とさず更新を続けられている。
そのモチベーションの一角に雫さんが毎回送ってくれる挿絵イラストを見る為という事実は間違いなく存在していた。
「弓さん、ちょっとリアクション大げさだよ。たかが一枚の挿絵にさ」
「はぁ? 雫さんこの一枚の価値を分かっていないんですか? ちょっとそこに正座してください。今から『雫さんイラスト賞賛講座』開きますので』
「だから『雫さんイラスト賞賛講座』を雫さん本人にやるな! この間も同じことやったよね!? 2時間たっぷりコースで! しかも休憩なしに!」
小さくボソッと『嬉しかったけど』とつぶやいた雫さんに、ちょっぴり萌えたのは内緒にしておこう。
それにしてもこの人、どうしてこんなに自己評価が低いのかなぁ。
こんな素晴らしいイラストを描けるのだからもっと自分に自信を持っても良いと思うのに。
「そういえば感想欄でも挿絵のクオリティに関心している人をよく見ますよ」
「う、うん。実は感想欄毎日ちゃっかり見ております。嬉しいよ。すごく。でもいいのかなって思うときもある」
「……? 何が??」
「だ、だって、ウラオモテメッセージは弓さんの作品なのに、感想の一端を私が奪っちゃっているように思っちゃって……」
「はぁぁぁ!? 雫さんそんな風に思ってたんですか!!?」
「うぉぅ!? ビックリした。きゅ、急に怒鳴らないでよ」
ビックリしたのはこっちだよ。
ウラオモテメッセージの人気の裏付けとして雫さんのイラストの力が大きいことくらい誰の目にも明らかだ。
いや、『誰の目』というのに語弊があった。
雫さん本人がその事実に気づいていないのだ。
「雫さん、ちょっとそこに正座してもらえる? 『雫さんイラスト賞賛講座 ~中級編~』を開かせて頂きます」
「中級編!? シリーズものだったのかこの講義! しかもまだ先がありそうだ!?」
いつの日か雫さんには自分の絵の価値を思い知らせてあげなければならない。
もっと神絵師の自覚をもってもらわなければ。
「ハッ……!? 雫さんが神絵師の自覚を持ち始めたら、『こんな底辺物書きに自分の絵はもったいない。もっと輝ける場所を探そう』って考えになってしまうのでは!? や、やっぱ今のなしで!!」
「弓さん。全部声に出てるよ! キミこそ自分が神物書きの自覚持て!? ま、まぁ、雫ちゃんを独占したいという欲を初めて見せてくれたことは、その、う、嬉しいけどさ」
「もっと良い小説書けるように頑張るから、雫さん僕を見捨てないでくださいね」
「今日どうしたの!? 素直過ぎて可愛いなキミ! んと……雫ちゃんがキミの元から離れることは絶対にないから安心したまえ。病むな病むな」
「は、はい。まさかそんな嬉しい言葉を返してくれるとは思わなかったです。て、照れる」
「お前が先に照れることを言ったんだろうがぁぁぁっ!!」
なんか場の雰囲気が妙に気恥ずかしいものに変容している。
通話で良かった。もし顔を見られていたら顔が真っ赤なことが一目てバレバレだっただろう。
桃色の空気を払拭させるように僕はわざとらしく話題の転換を行うことにした。
「じゃ、じゃあ。今日は一緒に感想欄でも眺めてみましょうよ」
「う、うん。初めての試みだね。楽しそう。やろやろ」
言葉にぎこちなさを籠らせながら、僕と雫さんは同時に『小説家だろぉ』のユーザーページの感想欄を開く。
未読の感想がズラッと映し出された。
今日もたくさんの感想を貰えている。
なんてありがたいんだ。
僕と雫さんは感想を一つずつ眺めていく。
《更新お疲れ様です
ついに主人公同士が出会いましたね!
しかも推しキャラ同士なのですが///
続きが気になりすぎるんですが……どうしてくれるんですか!?
次回の更新も楽しみにしています》
一つ目の感想。
作者にとって作品の内容について具体的に触れてくれる感想ほど嬉しいものはない。
遠慮せずにもっともっと好きなキャラについて語ってもらいたい。
「この読者さんは『源次郎』と『スバル』が推しなんだね。主人公同士が邂逅するシーンは確かに激熱だよね! 今度の挿絵はこの二人にしようかなぁ」
ウラオモテメッセージは主人公8人が各々の恋愛模様を巡らす群像劇だ。
接点のない8人が物語の流れの中で巡り合うシーンは僕も最も力を入れていたシーンだった。
「ちなみに雫さんはどのキャラが推しなの?」
「もちろん『シズク』だよ」
「あっ、やっぱりそうなんだね」
シズクというのはウラオモテメッセージに登場するヒロインの一人であり、実はメイン級の最重要人物だったりする。
他の7組の恋愛物語はエロゲでいう所の『個別ルート』。
そして『シズク』と『小太郎』の恋は作品を一番盛り上げる『グランドルート』として描かれる予定だ。
それはまだ雫さんにも内緒ではある。早くそのシーンを書きたいな。
《面白すぎて1話から一気読みしました
ランキング内の作品の中でもダントツで面白いと思います
なんで書籍化されてないのか不思議なレベルです》
「おおお! 雫さん雫さん! この長い小説を一気読みしてくれた人がいました! 嬉しすぎて泣きそうです」
「泣くな泣くな。弓さんの小説は面白いんだから別に驚くようなことじゃないでしょ。キミはいちいちリアクションが大げさなんだから」
いや、これは泣くでしょう。
一気読みなんて本当に作品が好きじゃないとできない所業だ。
しかも僕の作品は1話1話が長い。
相当な時間を掛けて読んでくれたのだろう。感涙不可避である。
しかし、ランキング作品の中でもダントツ、か。
ランキングトップには常に金襴さんの『転生バトルオンライン』が降臨している。
この人は大衆が高評価をしている神作品よりも、僕の『ウラオモテメッセージ』が面白いといってくれた。
なんて嬉しいことなのだろう。そして自信になる。
ウラオモテメッセージは先日『連載中の総合月間ランキング』で10位に入ることができた。
読者からの評価ポイントは一応5桁。ちなみに金襴さんは僕の約3倍の評価ptを得られている。
って、遥か上を見ても仕方ないか。
目指すならまずは9位だ!
《最新話の挿絵の最高でした!
絵師様はプロの方でしょうか?
どうしてアニメ塗りも厚塗りも上手いのですか!?
絵師様の画風、めちゃくちゃ好みです。
ユキ先生の作品ともマッチしております》
「わわわ! 弓さん弓さん! 私の塗りが褒められてる! どうしよ、どうしよ! う、嬉しいよぉぉぉっ!!」
「泣くな泣くな。雫さんのイラストに感動することなんて当たり前のことなんですから。雫さんはいちいちリアクションが大げさだなぁ」
先ほどの雫さんのセリフをそのままカウンターとして突き返した。
アニメ塗りとか厚塗りとか専門用語はよくわからないけど、雫さんのイラストがべた褒めされていることはよくわかった。
やっぱり感想は励みになるなぁ。
たまに辛辣なコメントをする人もいるけれど、批判意見は重要だ。小説家にとって批判も立派な糧となる。
単純に荒らしに来ている人もいるけど、そういうのは無言でブロックだ。
今回の未読感想は批判意見あまりないな。最新話が改心の出来だったからみんな認めてくれたのかな。
——なんて、甘い考えでいると、一つの感想が目に入ってきた。
《エイスインバースのパクリ》
「「…………??」」
唐突なパクリコメントに僕と雫さんの言葉が無くなった。
口を半開きにさせたまま首を大きく傾ける。
荒らし……ではない……と思う。
だけど意味が分からなすぎて反応に困ってしまった。
「エイス……いんばーす? 雫さん知ってます?」
「んーん、知らない。私ランキング作品くらいしか見ないからなぁ……」
僕も雫さんも知らない作品。
パクリ……ということはその作品とウラオモテメッセージが酷似しているということを意味している。
「エイスインバース……検索で見つけたよ。作者名『氷上与一』。更新されているのは50話くらい……って、おぉぅ。1日5話以上更新しているよこの人!」
「1日5話って。確かにすごいけど読者はついてくるの? って気がしますよね」
完成された作品を一気に更新する、って人は稀に存在する。
だけど大体の場合、読者からの評価を得られずに沈んでしまう。
web小説は作者と読者の足並みを揃えることも重要だというのが僕の自論だ。
「ね。私もそう思う。とりあえず、エイスインバース。中身見てみる?」
「う、うん」
読者を置いてけぼりにしている作品なんて気にする必要はない。
これからやることは僕の作品と似ている所を探す、ただそれだけの作業だ。
気にする必要なんてないはずなのだけど……
「…………」
嫌な予感が胸中に渦巻いている。
そして悪い予感というのは大抵当たってしまうもので……
その日を境に僕の執筆人生は大きく狂わされることとなるのであった。




