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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第76話 クリエイト彼女は僕の小説に恋をする

 無事にノヴァアカデミーでの初日を乗り越え、僕は大きく息を吐きながら自室のカギを開ける。

 ……いや、言うほど『無事』じゃなかったか。

 正直心身ともに満身創痍に近い状態であった。

 身体を癒す為にちょっとまったりとさせてもらおうかな。


 スマホを充電しながら『スターノヴァ』のアプリを探し、インストールを実行する。

 同時にPCを立ち上げて小説・マンガ投稿サイト『ベータポリス』のサイトにアクセスした。

 ログインパスワードを打ち込み、瑠璃川さんの小説を探す。


「あった」


 著者名:カエデ

 題名:星の詩人の物語。


 僕は作品の中身を読む前から『お気に入り登録』をする。


「うお!? なんか瑠璃川さん画力上がってないか!?」


 作品説明欄の挿絵——この場合『表紙』と言った方がいいのかな?

 高校時代に読ませてもらった瑠璃川さんの小説の表紙もすごかったが、『星の詩人の物語』は更にクオリティが高い仕上がりになっていた。


「(知らないうちに瑠璃川さんはクリエイターとして成長していたんだ)」


 負けてられない。

 負けたくない。

 心の中で強く思った。


 作品説明欄を読み終え、早速中身を読んでいこうと思ったその時、ノートPCから聞き覚えのある発信メロディが流れた。

 おっ、雫だ。

 そういえば『通話3時間の刑』を執行するって言っていたな。

 内心ちょっと楽しみにしながら僕は通話開始ボタンをクリックした。


「やほやほ。キュウちゃんさっきぶり」


「やほやほ。さっきぶりだね雫」


 こちらに引っ越してきてから実は雫と通話する時間は減ってしまっていた。

 原因は3つある。


 引っ越しが忙しかったこと。

 通話しなくても直接会える距離に住んでいること。

 花恋さんがエロゲするからPCを占領されてしまうこと。


 でも僕にとって雫との通話は特別なものだったようで、モニター越しに顔を見ながらお話することに久しい感覚を憶え、なんだか嬉しく思えた。

 ついさっきまで隣を歩いていた女の子なのにどうしてそんなことを思うんだろう。

 こみ上げる喜びが僕の頬を自然と緩ませていた。


「なんだよー。なんで笑っているんだよぉ」


「あはは。ごめんごめん。なんかこの瞬間が一番安心するなって改めて思ってさ」


「~~~~~~~っ!? そ、そそそそ、それって、その、ど、ど、どういう意味で?」


「どういうもそのままの意味だよ。おじいさんおばあさんになっても雫とはこうやって話をしていられる関係でありたいな」


「~~~~~~~~~~っっっ!?」


 雫が目を見開いて何やら驚いた表情をしている。

 若干紅潮しているようにも見える。

 なんだ? 僕そんな変なこといったかな?


「こ、こんにゃろう。この親友はたまに無自覚でこういうこと言うからな」


「こういうことって?」


「なんでもないよ! 雫ちゃん照れるからこの話は終わり!!」


「あらら。強制的に話を区切られたね。顔を赤くする雫可愛らしかったのに」


「終わりーーーー!!!!」


 更に真っ赤になって手をパタパタ振る雫。

 動きが小動物みたいで可愛い。


「きょ、今日はね! 真面目な話をするための通話なの!」


「老後になっても通話できる関係でありたいって思いは結構真面目なつもりだったんだけど」


「終わりって言っただろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 顔から炎を吹き出しそうなレベルで真っ赤になった雫を微笑ましく見守る僕。

 こういう冗談を言えるような関係、本当にありがたいよな。

 相手が雫じゃないとたぶんできないんだろうなとしみじみと思ってしまうのであった。







「えー、こほん。茶化すの禁止。雫ちゃんを照れさせて遊ぶの禁止。次やったら2~3日口きかないからね」


 やばい。結構本気で怒らせてしまったようだ。

 雫は怒らせるとかなり怖いことをこの間のお泊り会での花恋さんへの態度を見て知っている。


「う、うん。それはさすがに嫌だから真面目に聞くよ」


「よろしい」


 真面目な話か。

 僕も頭の中を整理したかったし、丁度良かったのかもしれない。

 ちょっと重い話になりそうだな。


「お昼もちょっと言ったけどさ。同じクラスに淀川藍里が居たんだ。さっき唐突にキュウちゃんを殴ってきた女」


「う、うん」


 淀川藍里(よどがわあいり)

 大人気ライトノベル『エイスインバース』の絵師。

 雫のイラストは萌え絵中心なのに対し、淀川さんのイラストは劇画風のリアルタッチが多い。

 絵の系統が違いすぎるので雫とどっちが上手いかなんてわからない。

 ただ、雫と共通して言えることは、彼女もとてつもない画力を持ち、イラストで人を惹きつける才能があるという点だった。


「雫。淀川さんは真実を知らないだけなんだと思う。きっとそれを知ったら向こうから謝ってくれるんじゃないかなと思っているよ。だから僕は気にしていないから」


 そういうと、画面越しの雫の瞳がキッと鋭く変わった。

 僕を睨みつけるように彼女は淡々と言葉を漏らす。


「今日の一件で私は一生あの女を許せなくなった。真実を知って謝ってきても許さない。私の親友をこんなに傷つけた淀川藍里だけは……絶対に……!」


 唇をギュっと噛む雫。

 淀川さんの話題になると雫は様子を変えてくる。

 明らかに怒気を含んだ様子に変容してしまう。

 でもそれ以上に僕を気遣う表情も向けてくれていた。


「キュウちゃん。痛かったよね。辛かったよね。殴られた箇所も心配だけど、それ以上にキュウちゃんの心が心配だよ」


「ありがとう。確かに色々あって驚いたけど……雫が心配してくれるおかげなのかな、思ったほど傷ついていないんだ」


 雫だけじゃない。

 あんなことがあったのに瑠璃川さんも花恋さんも僕の味方でいてくれた。

 今は一人じゃないんだ。

 それだけでこんなにも穏やかな気持ちになれるのか。


「雫。僕は二度と『あんな姿』は見せない。鬱々として、自分だけが不幸みたいに自惚れて、雫が気遣ってくれているのにそれを突き放すような真似は二度としない」


「……うん」


 ウラオモテメッセージが盗作を知ってしまったあの日。

 僕は荒れた。

 エイスインバースの人気が上がれば上がるほど僕は怒りも増長していった。



 ——『どうして……どうしてパクリ作品がオリジナルより人気出るんだよ!!』



 自分を見失うくらい失意のどん底だった。

 その怒りを暴言という形で雫にぶつけてしまったことがある。

 あんな醜い自分、二度と表に出すものか。


「キュウちゃん、私、実は今でも悔しい……! エイスインバースの面白さの背景にはキュウちゃんの作品があるんだって……その事実が知られていない状況が……悔しいよ!!」


 今の雫は様々な感情が渦巻いている。

 怒り、気遣い、悔しさ。

 やり場のない負の感情に圧し負けそうになっている。


 親友として——

 いや、クリエイターとして——

 彼女に掛けてあげられる言葉は一つしかなかった。


「——じゃあさ、その悔しさを次の作品にぶつけていこうよ」


「……えっ?」


「僕らはクリエイターだ。クリエイターの感情は全て作品にぶつけてしまえば良い」


「……怒りや悔しさも?」


「そうさ。雫の怒りが、僕の悔しさが作品をより面白くしてくれる。それが例え負の感情でも、それは必ず作品の贄となる」


 怒りや嫉妬が作品をつまらなくさせるということはない。

 むしろ作者の等身大の姿が反映され、作品に深みが生じる。

 どんな感情でもそれを作品に込めれば一回りも二回りも面白くなっていくのだ。


「実はさ。雫に絵を付けてもらえる新作は自分の中で結構手ごたえを感じているんだ」


 去年の冬から作り始めた新作小説『クリエイト彼女は僕の小説に恋をする』。

 実は投稿が可能なレベルにまで仕上がってきていた。


「ほ、ほんと?」


「うん。実は5話まで出来上がっている」


 勿論、推敲はまだまだ必要だ。

 だけど5話段階で一つ面白さのピークを作ることに成功はしていた。


「うがぁぁぁぁぁっ! おまえ! また雫ちゃんに小説隠していたなー!」


「いや、今回はある程度出来上がってから見せたかったんだ。手直し必要なレベルの段階で見せるの超ヤダ」


「駄目なの! 雫ちゃんには出来上がったところまでリアルタイムで共有しなくちゃ駄目なの! 泣いちゃうよ!?」


「なんで泣くんだ!? じゃ、じゃあ、小説データ送るから。良かったら見ておいて」


「あっ、キュウちゃん。せっかくだから画面共有してよ。一緒に見よ」


「わ、わかった」


 自分の書いた小説を自分も一緒に読むのか。

 めっちゃ気恥ずかしい。

 自分の作品を見ればいいのか、相手の反応を見ればいいのか、悩ましくなりそうだ。


「共有完了っと。んじゃ、ページめくり必要になったらその都度言って」


「あいあいさー!」


 画面の前で可愛らしく敬礼する雫。

 目をキラキラさせながら画面に記された文字を追うように視線を動かしてゆく。


 先ほどまで怒りや悔しさで顔をゆがませていたはずの少女は――

 一瞬で負の感情を霧散させ、喜びいっぱいの表情で僕の小説に夢中になっていた。


 その様子は正に『僕の小説に恋をする』少女そのものだった。

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