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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第74話 許す人 許せない人

「弓くん! 大丈夫ですか!?」


 頬を打たれ、テーブルによろめく僕に花恋さんが慌てて寄り添ってきてくれた。

 僕よりも泣きそうな顔をさせてしまい、申し訳ない気持ちになってくる。

 やせ我慢して平気な顔しないと……

 でも思ったよりダメージが大きいせいか得意の平気なフリも出来ない。

 池君と全く同じ個所を殴られたからなぁ。古傷が開くってこういう感覚なのか。


「何するのよ! 淀川藍里!!」


 テーブルを強くたたきながら激昂する雫。

 ここまで本気で怒っている姿は初めてみた。

 口調も荒々しいものに変容してしまっている。


 しかし、淀川さんは荒ぶる雫には目もくれず、彼女は目尻を上げながらずっと僕のことを睨み続けていた。

 彼女は更に一歩近づき、今度は左手を大きく振りかぶっていた。

 って、無言追撃!?


 ——ブンッ!!


 風を切るように強く振り下ろされる左手。

 僕は左頬へのダメージに備え、目を閉じながら歯を食いしばった。


「……?」


 いつまで経ってもダメージがこない。

 僕は恐る恐る片目を開けると、視界いっぱいの雫の姿と淀川さんの左手を引っ掴んでいる瑠璃川さんの姿があった。

 状況を察するに僕への攻撃を雫が身を挺して庇おうとしてくれたのだろう。

 抱きしめられるような形になっており、ちょっぴり気恥ずかしい。


 だけど僕や雫に攻撃が届く直前に、瑠璃川さんが淀川さんの腕を掴んで止めてくれていた。

 やだ。格好良すぎるんですけどこの二人。


「いい加減にしなさい。このことは学園側に報告させてもらうわ」


「……」


 瑠璃川さんの言葉は脅しでもなんでもない。本当に彼女を学園に通報するつもりなのだろう。

 しかし、僕的にはそれは待ってほしかった。


「淀川さん。キミは誤解しているよ」


「……誤解って何よ? 盗作魔」


「僕は盗作なんてしていない」


 彼女は僕がエイスインバースを盗作したと勘違いしている。

 でも今それをここで言っても彼女には届かない気がした。


「——藍里! お前何やっているんだよ!」


 淀川さんの知り合いらしき男性が彼女の背後から走ってくる。

 彼女の方に手が置かれた瞬間、それを振り払うように淀川さんは抵抗していた。


「離しなさい鶴彦! この男は……エイスインバースを盗作した最低野郎なのよ!」


 悲痛の叫びを挙げる淀川さん。

 雫と瑠璃川さんは怒りを示すように彼女を睨みつけていた。

 淀川藍里が何を叫ぼうと耳を貸す気はない。

 自分たちは何があっても雪野弓の味方をする。

 二人の後ろ姿がそう言ってくれているように見えた。


「——マスターくん!?」


 鶴彦と呼ばれた男性の背後から見知った顔が僕を呼んでいた。

 ナズナさんに鈴菜さん。

 二人は目を見開きながら事の成り行きを見つめていたようだ。

 そして叩かれているのが僕であると知るや慌てながらこちらへ駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫?」


「あー、うん。久しぶりだねナズナさん」


「はぁ!? ナズナ、アンタこの盗作魔と知り合いなの!?」


「う、うん。ていうか藍里さんこそ何しているの!? どうして暴力奮っているのよ!?」


 そっちこそ知り合いだったのか。

 ナズナさん達と淀川藍里。

 全く接点なさそうな二人だが、名前で呼び合うほど仲のようだった。


「聞きなさい。この男は氷上さんのエイスインバースを盗作して人気を得ようとした卑しい男なのよ!」


 やっぱりそれが淀川さんの認識か。

 ユキが盗作加害者。氷上与一が被害者。

 当然氷上与一の担当イラストレーターである彼女は『被害者』として怒りを示している。


 故に更に二つの事実が浮き彫りになる。

 氷上与一は担当イラストレーターにすら真実を伝えていないということ。

 そして何も知らない淀川さんは躍らされているだけということ。


 先ほどの池君と同じだ。

 『ユキ』は盗作という犯罪紛いのことを行った加害者なのだから、罵ろうと暴力を奮おうと自分に非はないと思い込んでしまう。


「可哀想な人だな」


 僕がポツリとそうつぶやくとその場に居た全員が奇異な視線を僕に向けてきた。


「はっ!?」


「真実を知ったとき、キミは自分を許せなくなるかもしれない。だからもう止めよう」


「な、何を言って……!」


「一度氷上与一とちゃんと話し合ってみるといいよ。僕も……近いうちにそうするからさ」


「…………」


 唇を噛む淀川さん。

 淀川藍里にとって目の前の僕は異質な物に見えているだろう。

 糾弾しにきたはずが自分の方が心を揺さぶられてしまう。

 何が何だかわからない状態なのだ。


「というわけで話は終わりにしていいかな? 豚汁冷めちゃう」


「…………ふんっ!」


 悔しそうに鼻を鳴らす。

 その腹いせなのか僕の席に置かれている唐揚げを一つ抓むと彼女はそのまま自分の口の中にそれを放り込んだ。

 そのまま淀川さんはその場を去っていった。


「あー!! 僕の唐揚げ!!」


 嘘でしょ。メインディッシュのお肉が、肉汁たっぷりの唐揚げ様がぁぁっ!


「お、おい、藍里!!」


 鶴彦、と呼ばれていた男の人が淀川さんを慌てて追いかけていた。

 その間に挟まれていたナズナさんがオロオロしている。

 やがて彼女は僕に一礼すると淀川さんの後を追いかけていった。


「…………」


 ん?

 一人残った鈴菜さんは意味深に僕の方をじっと見つけている。

 やがて一瞬だけ口元で小さく笑みを漏らすと鈴菜さんもゆっくりとその場から去っていった。

 うわぁ。邪悪な笑みだ。

 何か変なことを思いついたなあの子。怖いんだけど。

 まっ、いいや。今は食事食事と。


「それじゃあ頂きます」


「「「待って待って待って!!」」」


 今度こそ食事在りつけるはずだったのだが、なぜか仲間達から止められてしまう。


「なんで何事もなかったかのように食事しようとしているんですか!」


「そうだよ! キュウちゃん殴られたんだよ!? 普通に暴力事件の被害者なんだよ!?」


「どこまで大物なのよ貴方は……」


 3人とも怒りながら呆れていた。


「淀川さんは何も知らないだけなんだ。だから彼女に腹を立てても仕方ないのかなと思ってさ」


「でも殴られたんだよ!」


「まぁまぁ雫もそんなに怒らないであげてよ」


「なんで私が宥められているようになってるの!?」


 僕的には今回の件は不問にしても良いと思っていた。

 勘違いで行動してしまうことくらい誰にでもある。


「まさか雪野君。今の一件を訴えないつもりじゃないでしょうね?」


 瑠璃川さんが目を細めながら顔をズイッと詰め寄ってくる。

 瑠璃川さんとここまで距離が近いのは始めてなのでついドキッとしてしまう。


「うん。淀川さんの件は別にどうこうするつもりはないよ」


 淀川さんが真実を知ったとき、彼女は激しい後悔に襲われると思うから。

 自分で自分を罰するのであれば僕が彼女を訴えるまでもないかな。


「弓くん。殴られるの今日2回目じゃないですか。どうしてそんなに寛大なのですか?」


 心配そうな表情の花恋さん。若干泣きそうにまでなっているのが申し訳なく思った。


「「2回目??」」


 先ほどの池君との一件を知らない雫たちは同時に首を傾げていた。


「は、はい。ここに来る前、弓くん私を庇って殴られているんです。ノベル科の男性に」


「あっ、そっちは許すつもりはないから安心して。花恋さんを殴ろうとした件はどう考えても許せる行為じゃないよ」


「じゃあどうして淀川さんの件は許せるのです?」


「淀川さんは勘違いで僕を殴っちゃっただけ。被害者は僕だけなんだからダメージはほぼ無いも同然だよ。でも池君の件は違う。アイツは花恋さんを殴ろうとした。そんなの許せないに決まっているよね」


「ダメージはほぼ無いも同然って……」


「はぁ。貴方はどうしてそんなに『自分』に興味ないのよ。貴方が花恋ちゃんを心配しているみたいに私達は貴方が心配なのよ」


「それは素直に嬉しいよ。心配してくれて本当にありがとう皆」


 たぶん、みんなが怒ってくれるから僕自身は『怒り』よりも『嬉しさ』がこみ上げているのだと思う。

 だからこそ僕の心はこんなに穏やかなのかな。


「ともかく! 淀川藍里の件はキュウちゃんが許しても雫ちゃんは許すつもりないから! いいね!?」


「わ、わかった。んと、僕の為に怒ってくれてありがとう」


「キュウちゃん、後で通話3時間の刑だからね」


「ご褒美かな?」


「刑なの! 雫ちゃんは怒っているの! 淀川藍里にも! 自分を大切にしない親友にも!」


「は、はい」


 どうやら僕は帰った後、プンスカ怒っている雫と3時間通話することが決定したようだ。

 帰るのがちょっと楽しみになった。


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