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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第73話 いくら藍里でもまさか初日から問題を起こしたりなんか——

     【main view 和泉鶴彦】



 音楽科の教室は騒然としていた。

 とある人物が自己紹介を行っただけでざわめきが収まらない。


 まぁ……その……俺なんだけど……


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名ピアニストの!?)」


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名バイオリニストの!?)」


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名ギタリストの!?)」


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名動画配信者の!?」」


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名槍使いの!?)」


「(和泉鶴彦ってマジ!? あの有名異世界転生者の!?)」


 槍なんて持ったことないよ。転生なんてしてないよ。

 意味の分からない尾ひれが付きまくり、俺は初日から超人みたいな扱いを受けることになった。


 曰く、和泉鶴彦は全ての楽器を極めている。

 曰く、和泉鶴彦がギターを奏でると枯れ果てた草木に蕾を齎す。

 曰く、和泉鶴彦は音符から生まれている。


 何者なんだよ和泉鶴彦。

 人を勝手にファンタジー世界の住人にしないでくれ。


 この妙な噂の根源は俺の過去の実績が関係しているのだろう。

 ガキの頃からピアノコンクール荒らしまくったからなぁ。

 今は公共の場には出なくなったけど、受賞歴はちょっとしたものであることは自覚している。


 それと動画投稿がちょっぴりウケてしまったのも悪目立ちの一環だったのかもしれない。

 でもここまでおかしな尾ひれ付けなくてもいいじゃんか。泣いちゃうよ?


 居たたまれなくなり、俺は自己紹介を終えると身体を丸めて身を縮こませるような姿勢を取らざるを得なくなった。

 知り合いが誰も居ないって辛い。誰も過大評価の誤解を解いてくれないんだもん。

 いっそ俺もイラスト科に編入してやろうか。

 あの腹黒幼馴染の存在を心の底から求めるくらいこの場は居心地が悪くなっている。


 まだ初日だぞ。

 この居たたまれなさが毎日続くってマジ?

 卒業できるの俺?

 好奇の視線が未だ俺に集中する。


「………………」


 ん?

 ただ一つだけ別の感情を放つ視線がある。


 それは交戦的な視線だった。

 目じりを吊り上げ、静かに、それでいて殺意に似た強く鋭い視線。

 一瞬ゾクッと背筋に緊張が奔った。


 当然ながら見たことない人物だ。

 今時珍しい坊主頭の強面男。

 背が高く、服の上から筋肉が浮かび上がっている。

 明らかに『自分ヤンキーやってます』と言わんばかりの威圧感ある男だった。

 だけど――


「(……すげーギタータコ)」


 俺はその男の指に注目がいった。

 長い期間毎日ギターに触らないとできない手の跡だった。

 俺も色々な楽器に触ってきた。

 ギタータコも出来たことがある。

 だけどあそこまで荒々しい手になるまでギターを触り続けたことはない。

 故にわかる。

 この坊主頭は『ギター1点突破』の人生を歩んできたのだと。


 なんでこの坊主頭が俺を睨んできているのかはわからない。

 だけど、この時俺は思わず笑みを浮かべてしまっていた。

 あの男はこの中の誰よりも強力なライバルになるのかもしれない。


「(もしかしたら、この学園生活は面白いものになるかもしれない)」


 藍里に無理やり連れてこられた学校だったが……

 ここに来て正解だったかもしれないな。







「学食混み混み祭りじゃん」


 しくった。

 コンビニにでも寄ってくるべきだったかもしれない。

 いや、外食しても良いのか。規律のキツイ高校時代とはもう違うのだから。


「——あっ、和泉君じゃん。キミも学食でお昼?」


「…………」


 ざわめきの波中に見知った顔が二つ。

 声優科の春海姉妹。

 同じ高校、同じクラスメイトだった人なのだけど、実は彼女達と——主に姉の方と会うのは気まずいんだよなぁ。


 一時期片思いをしていた人。

 でも告白する前に振られてしまった人。

 あと、弱者をゴミ屑のような態度で接する人。

 今やどちらかというと『嫌い』……とまでは言わないが、『苦手』の部類に属する人だった。


 一方、妹の方は明らかに俺を敵視してきていた。

 姉の背後から刺すような視線を今も送ってきているし。

 さっきの坊主頭並みの殺気を飛ばしてくるなアイツ。ていうかよく睨まれる日だ。


「その予定だったのだが……混み混みわっしょいだから外食を検討している所」


「混み混みわっしょいって何よ……」


「ナズナちゃん、私混んでいても良いよ。学食で食べよ」


 俺がここで食べないと知るや否や、春海妹は姉に残留を促し出した。

 はいはい。俺を姉に近づけたくないのね。


「わかったわ。二人とも何食べる? 私的にC定食が気になっているのよね」


「「…………」」


 あっ、俺も学食混み混みわっしょいに参加が決定なのね。

 妹の気持ちなど露知らず、春海姉は何気なく俺の昼食の決定権を発動させていた。

 しかし、この二人と昼を食べるのか。ちょっと気が乗らない。


「——ん?」


 喧騒の中で見知った後ろ姿を発見する。

 その人物は一人でテラスに出て行ったみたいだ。

 丁度良い。アイツも昼食に誘うとしよう。

 アイツが仲介してくれれば多少気まずさは紛れるだろうし。


「なぁ、春海さん」


「「なに?」」


 同時に返事がくる。

 うお、そうだった。二人共春海さんだった。

 同じ苗字だから姉妹って面倒くさいなぁ。

 そんなことを内心思っていると、春海姉が俺の考えていることを悟ったのか、意地悪そうな笑みを浮かべてきた。


「ん~? 和泉君は今どっちの春海さんを呼んだのかしら~?」


 コイツ、名前を呼ばそうとしてきているな。

 そうはいくか。


「春海さん、鈴菜。藍里も昼食に誘おうと思うのだがいいか?」


「もちろんいいけど……なんで私は苗字呼びで鈴菜は名前呼びなのよ!?」


「いや、せめてどちらかは名前呼びじゃないと区別できないかなと」


「じゃあ両方名前呼びしなさいよ! あとさりげなく妹には呼び捨てだし!」


 なんというか、今の俺は春海姉を名前呼びする気はなかった。

 距離を詰めたくなかった。

 それくらい春海姉に対して俺は微妙な感情を抱いている。

 苦手なのか嫌いなのかわからない。今になって思えばどうしてあんなに好意を抱いていたのか自分でもわからなくなっていた。


 一方、春海妹は正直『どうでも良い』存在だ。

 仲良くなりたいとも距離を置きたいとも思っていない。

 どっちでもない故に姉よりは名前呼びしやすいと思った。

 俺に名前呼びされて好かれようと嫌われようとどちらでも良いから。

 春海妹——鈴菜も俺と同じことを思っているのか、突然名前呼びされても何にも思っていないようで全く表情を崩していなかった。


「そんなわけで藍里呼んでくる」


「私もいく。久しぶりに藍里さんに会いたいし」


「ナズナちゃんが行くなら私も」


 結局全員か。

 三人は肩を並べながら螺旋階段を上っていく。


「藍里のやつ、問題起こさずイラスト科でやっていけるのかな」


「そこはほら、私達が見ていてあげないとね」


「ていうか私その人のこと知らないのだけど」


 そういえば鈴菜と藍里は初対面か。

 この二人、腹黒な本性が似ているから気が合うかもしれないな。

 合わせてみるのが楽しみだ。


「面白いやつだよ。イラストに対しては強いこだわりを持っている。野心の塊みたいなやつさ。ちょっと素の性格が悪いけどな」


「そういうこと言わないの。藍里さん根はいい子だよ。簡単に問題起こしたりなんかしない子よ。私は信じているわ」


「ふーん。なんか仲良くなれそうな気がする」


 軽いシンパシーを感じ受けたのか鈴菜の瞳に輝きが灯る。

 それはいいんだけどさ、口元で意味深に笑うな。悪だくみしているように見えるからお前の場合。


「まっ、いくら藍里でもまさか初日から問題を起こしたりなんかしな――」


 パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンン


 俺の言葉を遮るように外から乾いた大音が鳴り響いた。

 何事かと思い、急いで階段を駆け上がる。

 テラスに続くドアをバンッと開ける。

 そこには衝撃の光景が広がっていた。


「——この盗作魔! よくもオメオメと私の……私と氷上さんの前に顔を出せたものね!!」


 良く見知った幼馴染が見知らぬ男子を思いっきりブっ叩いていた。

 その顔には強い憎しみの表情が浮かんでいる。


「(どうせいつか何かをやらかすと思っていたけど初日からかよ……っ)」


 なんというフラグ回収の速さ。

 俺はため息を吐きながら片手で顔を抑えた。


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