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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第71話 僕が小説を辞めた理由

 ガタッ!


「……ユキ……だと?」


 氷上与一は音を立てながらその場に立ち上がりコチラを見つめている。

 困惑と驚愕の表情を向けられていた。

 僕はなるべく彼の顔をみないように着席をする。


 小説家だろぉの『ユキ』と言えば悪名で有名だった。

 実はウラオモテメッセージのコメント欄は誹謗中傷で埋め尽くされている。

 それは作品の感想で批判しているわけではない。

 『ユキ』個人に対しての言葉の暴力である。

 今はもうコメント非表示にしている。

 だから今は誰も『だろぉ』のコメント欄にメッセージを書き込むことはできない。

 しかし、今でもたまに思い出してしまう……



 >エイスインバースのパクリ野郎

 >劣化エイスインバース

 >謝罪はよ

 >盗作とか最低すぎる



 日本中で――いや、世界中で大人気のラノベ原作『エイスインバース』。

 それは僕の作品『ウラオモテメッセージ』と内容が酷似していた。

 いや、酷似どころじゃない。

 序盤の展開においてエイスインバースとウラオモテメッセージは一言一句違わぬ内容で構成されていたのだった。

 どちらかが作品を盗んだことは誰の目にも明らかだった。


 そして世論はエイスインバースに味方する。

 明らかにウラオモテメッセージが先に生み出されていたのに、『ユキ』の方が盗作野郎として広まってしまったのだ

 。

 その理由はの一端は氷上与一の執筆の速さだった。

 エイスインバース作者氷上与一は超速筆だった。

 1日に4話以上は投稿していたと思う。

 対して僕はどう頑張っても1日1話が限界だった。


 筆の早いエイスインバースが本物に違いない。

 ウラオモテメッセージが偽物に違いない。


 その誤った情報が事実のように周知され――

 心の折れた僕は小説から離れる決心をした。







 それが僕と氷上与一の間に起こった事件の一部(・・)

 僕も氷上与一もその事件のことは口外していない。

 しかし、ネット小説傀儡ではとても大きな出来事として周知されている。

 故に、僕があの『ユキ』だということが知れ渡ればこんな反応になることは分かりきっていたはずなのに……


「(おい。ネット小説のユキって……昔、氷上与一と争っていたやつじゃないか?)」


「(えっ? 知らない。どういうこと?)」


「(ああ。だろぉ作者が『エイスインバース』をパクって炎上していた事件があったんだ。そのパクリ野郎が『ユキ』って名前だったはず)」


「(ユキって男だったのか。女の子だと思って少し同情的に見ていたけど考え変わったわ)」


 やはり知っている人が多いか。

 それだけ氷上与一の知名度が高いということだ。

 ユキの噂はあっという間に講義室中に広がり、皆が一斉に僕へ向けて悪意を含んだ視線を飛ばしてきた。


 当の氷上与一本人は口が半開きになったまま驚愕の表情を浮かべ続けている。

 僕の登場がよほど衝撃だったのだろう。


「(僕は……どうして……)」


 どうして、弓野ゆきではなく、Web小説家の『ユキ』を名乗ってしまったのだろう。

 刺すような視線が痛い。

 こうなることは分かりきっていたはずなのに……

 どうして……


 異様な雰囲気が漂う中、自己紹介が全て終わり、同時に講義終了のチャイムが鳴った。







 昼休み――

 講義終了のチャイムが鳴った瞬間、周りの生徒達は僕から離れるように距離を置く。

 僕は講義室の片隅でポツンと孤立する。

 初日からやらかしてしまったな。

 高校時代にも味わった孤独感。

 独りには慣れているけれど、まさか初日からこれほどの孤独感を味わえることになるとは思わなかった。

 完全に自業自得だけど。


「弓くん弓くん! 学食があるみたいですよ! お昼食べにいきましょう」


 高校時代と同じ……と思っていたのは僕だけだった。

 雨宮花恋さんはこの異様な雰囲気の中、いつもと同じように僕に話しかけてきてくれた。

 嬉しい。

 花恋さんの存在が今はただただありがたかった。


「……うん。雫たちにも声掛けてみようか」


「はい! そういえば瑠璃川さんと会うの久しぶりですね。楽しみです」


 急かすように――

 いや、この異様な空間から僕を逃がすように花恋さんが僕の手を取って講義室の外へ連れ出そうとしてくれる。


「――桜宮恋くん。この俺と一緒にカフェでも、どうだい?」


 出ていこうとしたら花恋さんが後ろから声を掛けられていた。

 この特徴的な金髪は……確か『だろぉ』ランキング入りの作品を持つ池君。


「申し訳ございません。せっかくのお誘いですが、私お友達と食べるになっておりまして」


 やんわりと断る花恋さん。

 もしかして断り慣れている?

 元から言葉を決めていたように自然な流れで池君の誘いを断っているように思えた。


「ふむ。天才小説家同士交友を深めておきたかったが、別の機会にさせてもらおうかな」


「はい。機会がありましたら」


 一礼し、僕と花恋さんは並んで教室から出ていこうとする。

 ――が、その刹那、花恋さんの右腕が池君に掴まれた。


「……痛っ!」


「まて、桜宮くん。友達というのは、隣にいる『盗作野郎』ではあるまいな?」


 盗作野郎――言うまでもなく僕のことだ。

 池君の耳にも『ユキ』に関する噂が耳に入ってしまったか。


「離してください」


 睨むように池君を威嚇する花恋さん。

 しかし、池君はその手を放そうとしなかった。

 逆にギリッと力を入れたように見える。


「桜宮恋。目を覚ますんだ。隣の男はキミにふさわしくない。盗作魔などと一緒にいてはキミの品が落ちてしまう。盗作は犯罪だ。キミの隣にいる男は犯罪者なんだ!」


 犯罪者ね。

 周知の噂はあくまで噂。

 信憑性などないに等しい。

 だからこそ僕も氷上与一もどちらも裁かれていないのだ。

 故に、犯罪者扱いされる謂れはどこにもなかった。


「離してくださいと言いました。この空間に『盗作者』などおりません。誹謗と暴力で人を傷つける犯罪者なら目の前にいるかもしれませんが」


 花恋さん。僕を信じてくれているんだ。

 僕が盗作者でないと。

 嬉しい。

 対して、池君は自分が暴力魔と呼称されて怒りで顔を紅潮させていた


「――なんだと!?」


 池君が右手を大きく振り上げる。

 花恋さんは目を閉じながら歯を食いしばる。

 その勢いのまま、彼の平手打ちがパァァァァンと大きな音を響き渡らせた。


「なっ!?」

「えっ……!?」


 頬がヒリヒリ痛む。

 池君が振りかざした平手打ちは僕の頬へキレイにヒットした。

 よかった、間に合った。

 僕はギリギリのタイミングで自分の身体を花恋さんの前に差し出すことに成功していた。


 いや、安心している場合じゃない。

 僕は力の限り目に力を入れ、怒りを籠らせた強い視線を思いっきり池君の顔に突き刺した。


「うっ……!」


 僕の目力にひるむ様に池君は片足を後進させた。

 同時に掴まれていた花恋さんの右腕が解放される。

 彼女の身体を僕の背中に引き寄せ、僕は池君を睨んだまま言葉を発した。


「これが小説(フィクション)だったら自分がどういう立ち位置のキャラなのかわかるよね」


 なんの脈絡もなくヒロインに絡むナンパ野郎。

 主人公に見せ場を与える為に出てくる使い捨て悪役。

 ラブコメで幾度もなく見てきた『かませ』ポジションに自分が在ることを小説家ならばわかるはずだ。


「『ざまぁ』されたくなかったら引き下がってくれないかな? 花恋さんを殴ろうとしたことは許せないけど、僕が殴られたことは不問にしてあげるからさ」


「ちょっと弓くん!?」


「……くそっ!」


 汚い言葉を吐き捨てて池君はこの場から去っていった。

 僕はようやく目の力を抜き、いつものダラッとして緩い視線を花恋さんに向けた。

 なぜか花恋さんは頬を膨らませながら怒っていた。


「ま、まぁまぁ、花恋さん。殴られそうになって頭に血が上るのもわかるけど、入学初日から問題を起こすようなことは良くないから怒りを鎮めよ? ね?」


「そのことにも怒っていますけど、私は弓くんに怒っているんです! どうして殴られた本人が一番穏やかなんですか! 弓くんこそ一番怒っていい立場のはずです! もっと自分を大切にしてください!」


「ご、ごめんなさい!?」


「心が籠っていません! 本当に分かっているんですか!? あまり心配させないでください!」


「誠にごめんなさい」


「心配させた罰として弓くんが今履いているパンツください」


「脈絡もなく狂った発言やめてもらえる!? どういう罰なんだ!?」


「私はパンツをゲットできて更に弓くんはノーパンで羞恥顔を染める……winwinじゃないですか!」


「僕だけ圧倒的Loseだよ! もうこの話は終わりにしよう! お昼食べにいくよ!」


「はーい」


 池君と同じようにやや乱暴に手を掴んでしまったが、花恋さんは拒絶せず素直に僕に着いてくる。

 嬉しそうに手を握り返してくれる小さな行為が嬉しかった。







 僕と花恋さんが去った後、講義室内は騒然としていた。


 池照男が暴力を奮ったこと。

 雨宮花恋が盗作野郎と噂されている雪野弓と仲良さそうなこと。

 その雪野弓が身体を投げ出してまで雨宮花恋を守ったしこと。


 そして――


「「「(桜宮恋が雪野弓のパンツを欲しがっている……)」」」


 色々とあったが、一同の興味はその一点に集まっていた。

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