第69話 淀川藍里と水河雫
【main view 水河雫】
ノヴァアカデミーは階層ごとに各学科の学び舎スペースが変わる。
1階ノベル科、2階イラスト科、3階声優科、4階音楽科。
校舎に入る所まではキュウちゃん達と一緒だったけど、階段の所で別れた。
一人になった途端、急に心細くなる。
こう見えても雫ちゃんは寂しがり屋なのだ。
不安いっぱいのまま教室に入ると、見知った顔を見かけて私の表情はパァッと明るくなる。
「瑠璃川さぁぁん! 会いたかったよぉ!」
知り合いを見つけ、抱き着くように彼女の元へ駆け寄った。
「おはよ。雫ちゃん。髪切ったのね、くっそ可愛いからもっと抱き着きなさい」
「えへへ。雫ちゃんの匂いつけちゃる!」
キュウちゃんや雨宮さんの前ではちょっとお姉さんぶっていたけど、瑠璃川さんの前では甘えっ子になってしまう。
全力で瑠璃川さんに頬ずりする。
瑠璃川さんも優しく私の頭を撫でてくれる。なぜか若干鼻息が荒いけど気にしない。
あの時、文化祭に凸って本当に良かったなぁ。
私にとって瑠璃川さんに会えたことはかなりの収穫だった。
こうして一緒の学科で共に学べる友達がいてくれるって本当にありがたい。
そういえば瑠璃川さんってどんな絵を描くのかな? 文化祭の時に風景画だけ見たことあるけどキャラ絵も見てみたい。
「――ちょっと貴方」
不意に声を掛けられる。
聞いたことのない女性の声。声色から若干怒気がこもっているのがわかり思わず硬直してしまう。
「席順は学籍番号で決められているはずですよ。そこ私の席」
わわっ! 全然気づかなかった!?
「ご、ごめんなさい! すぐにどきます!」
私は慌てて立ち上がり、バッとその場から立ち引いた。
わわっ、超美人さんだ。
キュウちゃんと同じくらいの身長かな? 女の子としては長身の彼女に自然と視線が集まっている。
ストレートの黒い長髪を飾り気なく伸ばし、それが彼女の素材の美しさを際立たせてもいた。
雰囲気もある。私と同年代とは思えないほどの大人の貫禄だ。
そして瑠璃川さんと並ぶとより美しさが際立つなぁ。
小説とかでよくある『学園のアイドル』というものがあれば、確実にこの二人のどちらかが手にするんだろうなぁ。
「私の愛人が迷惑かけたわね。ごめんなさい」
「なんか愛人枠になってる!?」
瑠璃川さんに気に入られることはこの上なく嬉しいのだけど、えっ? 本気じゃないよね? 冗談の範疇だよね?
「……別にいいわ」
長身黒髪の彼女は私が先ほどまで座っていた椅子をわざとらしく手で払いのける。
まるで殺菌でもするかのように。
うわぁお。その反応は傷つくなぁ。
高校でも居たこういう人。
カースト高い女の子がよくやってた。自分の所持品に触られただけで見せつけるように消毒始める人。
そのタイプかぁ。雫ちゃんたぶん仲良くなれない。
「……」
あっ、瑠璃川さんが不機嫌な顔をしている。
文化祭の時にも思ったけど、瑠璃川さんはとても正義感強く、友達の為に全力で怒れる人だ。
そういう所が大好きなんだけど、入学初日から揉め事は良くない。
ここは私が素直に引けば大丈夫なはずだ。
「じゃあね! 瑠璃川さん! お昼はキュウちゃん達も誘ってみんなで一緒に食べようね!」
「……ええ。また後でね雫ちゃん」
腑に落ちない様子ではあるが、怒りは収めてくれたようだ。良かった。
そんな私達のやりげないやり取りを近くで聞いていた長身黒髪の美少女は――
「…………しずく?」
なぜか怪訝そうにしながら私の名前を小さくつぶやいていたのだった。
「えと、水河雫って言います。代表作は『大恋愛は忘れた頃にやってくる』。原作者はノベル科に入学していて、私は作品の表紙、挿絵、口絵を担当させてもらいました。んと……好きなアニメはラブリーくりむぞん! 推しはライムくんです! 以上です!」
自己紹介イベントというのは本当悪しき文化だと思う。
私みたいに大勢の人前で喋ると頭真っ白になる人の気持ちも考えてほしいものだ、うん。
私、変なこと言ってないよね? 好きなアニメや推しキャラを言うくらいありだよね? だめ?
周りの反応をチラッと伺ってみると、うっすらとこんな声が耳に入ってきた。
「(か、かわいい~~!)」
「(やべぇ、超好みかも)」
「(機械の身体の我も思わず見とれてしまったロボ。回路が熱暴走してるロボ)」
「(この学科、大当たり過ぎだろ。何人美少女いるんだよ)」
わ、わわわわわっ!
び、びびび美少女とか言われちゃった!
たま~~に親友も言ってくれるけど、冗談だと思っていた。
で、でも、この反応を見ると、あの男も本心で言っていてくれていたのかなと期待してしまう。
顔を真っ赤にしながら着席する。
「…………」
うぉう!?
先ほどの長身黒髪美少女が超怖い目で私を睨みつけてきてる!?
え? なに? なんなの? 雫ちゃんあの子になにかした?
戦々恐々とした視線に怯えていると、そんな彼女の隣に座っていた瑠璃川さんの自己紹介の番となり、スッとその場に立ち上がった。
「瑠璃川楓です。出版作は残念ながらありません。今は小説投稿サイト『ベータポリス』で挿絵付きの小説を投稿しております。題名は『星の詩人の物語』です。この間コンテストでも最終審査にまで進むことができました。良かったら読んでみてください。以上です」
…………んん!?
まてまてまてまてまて。
瑠璃川さんベータポリスに作品投稿していたの!?
しかもコンテスト最終審査まで!? 中間選考通過するって相当すごいことだと思うけど!
普通に知らなかったんだけど!?
えっ? しらなかったの私だけ?
キュウちゃんや雨宮さんは知ってたの?
よ、読みたい……
瑠璃川さんの作品今すぐ読みたい。
自己紹介の最中だけどベータポリス開こうかな……駄目だよなぁ。
ちなみに周りもザワザワし出している。
「(美人すぎん?)」
「(小説も書けて、絵も描けて、容姿端麗で、凛としていて……えっ? 最強すぎない?)」
「(エルフとハーフの私も思わず耳が跳ね上がってしまったわ。お近づきになりたい……)」
「(だから美少女比率の高さよ! まじどうなってるんだこの空間! あの子の隣に座っている子もめちゃんこ美少女だし)」
あっ、そっちね。
瑠璃川さんが超美少女なのは見てわかるから、もっとベータポリスの小説について言及して欲しかったよ。
瑠璃川さんめ~! 雫ちゃんに小説を隠すとはけしからん。後でお仕置きが必要だね。
自己紹介を終えた瑠璃川さんが着席し、隣の長髪黒髪美少女が立ち上がる。
瑠璃川さんのベータポリスでの投稿の件にも大層驚いたのだけど――
この子の自己紹介は私にとってそれを超える衝撃となった。
「淀川藍里。代表作は【エイスインバース】。原作小説の絵師です。超有名人の私のサインが欲しい人は後で話しかけてくださいね。有料で配ります」
――えっ?
淀川……藍里……?
エイスインバースの……淀川藍里?
「(淀川藍里って……超有名イラストレーターじゃねーか!)」
「(エイスインバースってアレだよな? 何百万部も売れてるライトノベルの……)」
「(おいおい。異世界出身の俺ですら知っている名前だぞ。プロとして成功している人がどうしてこんな所に)」
「(サイン……欲しいなぁ……有料って言っていたけどいくらだろ……)」
瑠璃川さんの時とは違い、淀川藍里に対してはみんな作品に関しての言葉が飛び交っている。
「――そうそう、これだけは言わせてください」
淀川藍里の自己紹介が終わろうとした刹那、彼女は明確に『私』を睨みつけながら言った。
「私が世界一嫌いな作品は『ウラオモテメッセージ』。それに関わった人間全てを私は許しません。以上です」
周りの皆は何のことかわからず一様に首を傾げている。
でも私にはわかる。
それは淀川藍里が私に放った宣戦布告であるのだと。
2年前、キュウちゃんが味わった苦悩の日々。
長い時間を掛けてようやく傷が癒えたこのタイミングで――
そのトラウマは忘れた頃にやってくるのだった。




