第54話 レイティング設定
寝室からノートパソコンを持ってきて電源を接続する。
ディスプレイの前には花恋さん。その隣に僕。
「えと……本当にやるの?」
「はい! この日を楽しみにしておりました。このために一人暮らしを始めたといっても過言ではありません」
「エロゲをやるために一人暮らしを!?」
「だって……自宅じゃ家族に見つかるリスクが高いですし」
花恋さんからのお願いはいつもぶっ飛んでいる。
思えば『私に恋愛を教えてください』発言もそうだった。
まさか『エロゲを一緒にやってほしい』と懇願されるレベルにまで進化するなんて。
時はほんの少しだけ遡る。
「えっと……冗談よね?」
「本気ですよ? 弓くんと一緒にエロゲやりたいです。やります」
「決定事項のように言ってくるよこの子」
「駄目……ですか?」
倫理的に駄目だろう。
家族でご飯を食べていたらテレビからベッドシーンが流れてくるのとはわけが違う。
絵とはいえ、男女の営みを鑑賞するなんて果たして理性は持つのだろうか?
そもそもエロゲは一人で楽しむものである。
「えっとね。いいかな? 花恋さん」
「はい」
「エロゲというのはね、エッチなシーンが入っているんだ」
「当たり前じゃないですか」
良かった。ちゃんとそこの認識はあったのか。いや良くないな。うん良くなかった。
「その、ね。手を繋ぐとかキスするとかそんなレベルのエッチさじゃないんだ」
「馬鹿にしてますか?」
「コンシューマ版とは違い、裸のシーンに謎の光が出てきたり謎の湯気で大事な所が隠れているわけでもないんだ」
女性の陰部や男性の局部にはモザイクは掛かっているけれど、ハードなエロゲはその辺も若干緩かったりするから刺激が強い。
「楽しみです!」
「その、ね。花恋さんにはそういうのはまだ早いんじゃないかなーっと」
「先日成人しましたよ? 18歳の誕生日にデートしたじゃないですか」
「……せめてエロゲはやめない? レースゲームとかRPGとか健全なやつなら喜んで付き合うからさ」
『ゲームに触れたい』という目的ならばこっちの方が断然突きやすい。
ていうか初心者がいきなりエロゲって。段階踏み飛ばしすぎにもほどがある。
「エロゲがいいです」
それでも雨宮花恋は引き下がらない。
「なんで!?」
「『転生未遂から始まる恋色開花』はR指定にするつもりですので」
「そうだったの!?」
「はい。R15くらいに。なのでR18との境目を勉強したいんですよ。エロゲで」
くぅぅ。ここでも小説の為か。
そう言われると僕が折れてしまうのを知っているのではないだろうか。
これ以上どんなに説得しても引き下がってはくれないんだろうな。
「——わかった。僕の持っているエロゲを貸してあげる。よほどコアなOSじゃなければ問題なく起動するはずだから」
でも自分の持っているエロゲを女の子に貸すってどうなんだ。
めちゃくちゃ恥ずかしい。僕の性癖を花恋さんに覗かれるのと同義じゃないの? コレ。
「弓くんのPCはノートでしたよね? ここで一緒にやりましょう」
「……拷問かな?」
「寝室に入る許可を頂けるのであれば弓くんの寝室で一緒にエロゲやってもいいですよ!」
「『一緒』にって所がおかしいんだよ! 寝室で女の子とエロゲてアウト中のアウトだよ!」
「だって……弓くんとゲームしたいです」
「うぐ……っ!」
何度も見た花恋さんの甘えるような上目遣い。
この顔に僕は滅法弱い。
ていうかこの顔されて平然と居られる男なんているの?
最近ちょっと大人っぽくなった超絶美少女にここまで言われると、倫理観とかもうどうでもよくなり、そのまま押し流されてもいいやという気持ちにさせられてしまう。
「わかった、わかったよもう! どうなっても知らないからね!? 後悔しても責任取らないよ?」
「もちろんです! 理性のタガが外れてその場で襲われようが私は絶対に文句言いませんので」
そのね。そういう発言が理性メーターをぶっ壊すきっかけにもなるんだよ?
エロゲを始める前にほんのちょっとだけ下半身を反応させるのやめてほしい。
「いつやる?」
「もちろん今からです!」
「……了解。PCを持ってくるよ」
「寝室に入る許可はくれないのですね。寂しいです」
4月1日。午後の昼下がり。
4月嘘であってくれとただただ願うばかりであるが、アパートの一室で一組の男女がエロゲを起動するという現実は間違いなく事実によるものだった。




