第52話 完全に吹っ切れていた天才美少女小説家
【main view 雪野弓】
荷解きも終え、ようやく本格的に僕の一人暮らし生活が始まった。
不安はまだある。何せ初めての一人暮らしだ。
何が起こるかわからないアパート生活。
そう、例えば——
「弓くん。お風呂沸きましたよ。一緒に入りましょうか」
「何を言っているの!? どうして僕の部屋のお風呂を沸かしているの!?」
——隣に住んでいる女の子が自分の部屋の風呂を沸かす事態になるなんて誰が予想したか。
何が起こるかわからないってこういう意味じゃないんだけど。
一人暮らし生活が始まり約一週間。
雨宮花恋さんは何の遠慮もなく僕の部屋に足を踏み入れまくっていた。
いつぞやのショッピングモールでの着せ替え人形デートの時辺りから花恋さんは色々と遠慮が無くなっていた。
ものすごく積極的になったし、今みたいな冗談も多く言うようになった。
そのキャラ変更に頭が付いていけていない僕は常に花恋さんに振り回される羽目になっていた。
僕に対する遠慮が一切なくなった反動なのか、こうして男の僕の部屋にガンガン入ってくる。
しかも直通のベランダから。
この人、もしかしたら自室の202号室にいる時間よりも僕の201号室に滞在する時間の方が長いのではないだろうかと疑いたくなるくらい、気が付くと視界に存在しているのだ。
今も僕の部屋で共に夕食を取り、なぜか洗い物をしてくれていた。
洗い物を終えた花恋さんはそのままダイニングテーブルの向かい側の席に座りニコニコ笑顔で僕に話しかけてくる。
「弓くん、先にお風呂入ってきていいですよ」
「僕の後にお風呂入る気満々だ!?」
「えっ、そりゃあそうですよ。自分の部屋のお風呂沸かしていませんので」
「だからなんで僕の部屋の風呂を沸かした!?」
これに似た会話がかれこれ5日以上続いていた。
例を挙げると——
『弓くん、洗濯物干しておきましたよ』
『なんで花恋さんが僕の服洗ってくれているの!?』
『自分の服を洗うついでです。色物を分けて2台の洗濯機で自分の洗濯物と弓くんの洗濯物を一緒に洗った方が効率的じゃないですか』
『効率的ではあるけど! 花恋さんは自分の洗濯物と僕の洗濯物を一緒に洗うことに抵抗はなかったの!?』
『全然ありませんよ』
『そこは女の子的に抵抗持とうよ!? 僕の洗濯物下着とかもあったよね!?』
『弓くん意外と多様な下着持っていますよね。トランクスとボクサーパンツ両用ですか。33:7でボクサーパンツの方が多いです』
『パンツの比率まで知られている!?』
とか——
『弓くん、ベランダに洗濯物干しておきましたので』
『あ、ありがとう。でも本当に洗濯は別々に——』
『洗濯ばさみ少ないので私の下着と弓くんの下着同じところに干しておきますね』
『干しておかないで!? ていうか花恋さん! じ、自分の下着の洗濯物を堂々と見せないで!?』
『……弓くん、もし私の下着が減っていても気にしないことにしますので、弓くんの下着が減っていてもどうか気にしないでくださいね』
『めっちゃ気にするよ!? どうして互いの下着が無くなるの!? どうして!?』
『どうしてって……もぅ。女の子に変なこと言わせないでくださいよ』
『なんで照れ笑いしながら視線を外したの!?』
とか——
「んん……! 朝か……良く寝たな」
「おはようございます弓くん。燃えるごみの日なので寝室のゴミも出しちゃいますね」
「ん~……ありがと……花恋さん……」
「いえいえ。ではゴミ捨ていってきま——」
「うわぁ!? 寝室に花恋さん居る!?」
「?? はい。何か変なことありますか?」
「あるよ!? ダイニングならともかく寝室は——成人男性の寝室に入るのはまずいかと!」
「大丈夫です! 弓くん以外の男性の部屋になんて怖くて入ったりなんかできませんよ! 私そこまで無節操じゃありません」
「その『弓くんの部屋』に部屋に堂々と入っていることは結構無節操では!?」
「もー。細かいことはいいじゃないですか。弓くんも私の寝室に出入りして良いのですよ?」
「絶対良くないことだけはわかる!」
「あっ、もうすぐゴミ収集来ちゃいます。弓くん他にゴミはありませんね? このティッシュいっぱいのゴミだけいいですね?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
とか
例を挙げるとまだまだあるけど割愛する。
なんか色々間違っている気がする。
なんとかしないといけない。
考えをまとめる為に僕は花恋さんが沸かしてくれたお風呂に入ることにした。
洗面所がある脱衣場で服を脱ぐ。
この浴槽も一人暮らしの身としては贅沢すぎる広さだよなぁ。
足伸ばせるし。
下手すると自宅より大きな風呂かもしれない。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~!」
丁度よい温度の湯。
まるで僕の好みの温度を知っていたかのような快適さだった。
さて、シンキングタイムだ。
まず整理しなければいけない。
前提条件としてこれだけははっきりさせなければいけない。
僕と花恋さんって——
「結婚してたっけ?」
……………………
……………
……
「——いや、してないよね!? うん」
熟考レベルで悩んでしまっていた。
そう——僕らは夫婦ってわけではない。ていうか付き合っているわけでもない。
だけどあまりにも今の生活が新婚生活と酷似しているせいで色々と感覚がマヒさせられていた。
結婚しているわけでもないのであれば同じ部屋で過ごすのはおかしい。
衣服を同じ洗濯機で洗うのもおかしい。
下着を一緒に干すのもおかしい。
寝ているうちに寝室に入られているのもおかしい。
「——弓くん弓くん。歯磨きしたいので脱衣所に入っても良いですか?」
そう——こんな風に入浴中に脱衣所に入ってこようとするのはおかしい行為なんだ。
「どうしてこっちの部屋で歯磨きを!? 絶対自分の部屋ですべきだよね!?」
「でも私の歯ブラシこっちの部屋に置きっぱなしでしたので」
「すでに使ったことあるんかい! ていうかコップは一つしかないよね!?」
「?? 歯ブラシは2人分必要なのはわかりますが、コップは一つあれば十分じゃありません?」
「いやいやいやいやいや! 変だよね!? お願いだから花恋さん、自分が変なことを言っている自覚をもって!?」
そう——僕以上に花恋さんの感覚麻痺が著しい。
恋人同士でも中々やらないようなことを平然とやってくる。
「よくわかりませんが……とりあえずお邪魔しますね」
「許可を待たずして脱衣所に入ってきた!?」
「大丈夫ですよ。さすがの私もお風呂場の中にまで入って行ったりしませんから」
「当たり前だよねぇ!」
ていうか見えないよね?
スモークガラスがちゃんとスモークしてくれているよね?
僕全裸だけど大丈夫だよね?
あっ、大丈夫っぽい。こちらから花恋さんの姿はほぼ見えない。かろうじて輪郭がわかるくらいだ。
「……一応カギをしめておくね」
「もー、心配性ですねぇ……あっ、弓くん今日はトランクスなんですね」
「用意していた着替えをみないで!?」
無造作に着替えをおいていたせいでパンツを拝見されてしまった。さすがに恥ずかしい。
「今さらいいじゃないですか。もう私たちお互いの下着の色を知り尽くしている仲なのですから」
「言い方!? 誠に不本意な形でだけどね!」
洗面台の水道の音が聞こえてくる。
花恋さん、本当に歯磨き始めたよ。
このスモーク扉を隔てて全裸でいる僕と歯を磨いている花恋さん。
あー、もう、おちつかん。なんか一方的に辱めを受けている気がしてならない。
「…………」
「…………」
互いに無言になる。
なんか沈黙が妙に気恥ずかしい。
気を紛らわせるために僕も体を洗おうかな。
湯船から上がり風呂椅子に座って身体を洗い始める。
「————」
「——―?」
ふと、脱衣所の花恋さんの動きが止まっていることに気が付いた。
怪訝に思い、僕は脱衣所の彼女に声を掛ける。
「歯磨き終わった感じ? 花恋さん」
「あー、はい」
「じゃあ、どうして出ていかないのかなぁ?」
「こうやって目を凝らしていれば弓くんの裸が見えたりしないかなーと思いまして」
「思いましてじゃないよ!? 謎の千里眼を発動させようとしないで! ていうか見ようとしないで! 僕の裸なんてみても仕方ないでしょ!」
「いえ! 許されるのであればぜひ見たいです! 私のインスピレーション大刺激です!」
「許されないから! さすがにそれだけは許しちゃ駄目だから!」
そうだった。この子初めて会った時も堂々と男子の着替えを覗くようなエロ属性を持っていたのだった。
「しょうがないですね。今日の所は局部の輪郭を拝めただけで良しとしておきます」
「輪郭!? ちょ、花恋さ——!」
「それでは、今日は私はやることができてしまったので部屋に帰りますね。ありがとうございました」
「なんのお礼だ!? やることってなんだー!?」
「どうでしょうね。弓くんが部屋でティッシュを使ってやるようなこと?」
「うわあああああああああああああっ!!」
やっぱり花恋さんあのティッシュ群の使い道を知られていた。
ていうか、ティッシュを使ってやるようなことをって花恋さんまさか……
「おやすみなさい。弓くん。それと……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまってなんだああああああああああああ!!」
アパート『シャトー月光』201号室。
ここ最近、この部屋から男子の絶叫が聞こえるともっぱらの噂になっていたことをこの時の僕らはまだ知らなかった。
幕間。
花恋さんのキャラ崩壊と微エロ(?)展開。
苦手な方ごめんなさい
2章になってからはちゃんとシリアスになりますので、幕間の中でだけちょっと遊ばせてください
それと、もしかしたら次話は1週間ほど更新できないかもしれません。
現在出張中なのですが、中々激務で……
今後もし仕事に余裕が出てきたら、いつも通り2~3日後に更新致します。




