第51話 藍色の幼馴染
【main view 春海ナズナ】
私は最低だ。
——『今まで俺のことを下に見ていたのに、俺が有名動画配信者だと分かった途端態度を変える人なんて信用できない』
和泉君の言葉が頭の中から離れずに私を苦しめる。
彼を『下』に見るだなんて、そんな失礼なことをしているつもりはなかった。
だけど彼がそう感じたのであれば、私は無自覚の内に彼のことを見下していたのかもしれない。
声優業をやっているから自分を芸能人か何かだと錯覚していた?
声優の自分と一般人の和泉くんの間に高い壁があるのだと無意識に思っていた?
和泉君が人気動画配信者であることが分かり、自分と同等以上の存在であると認識した途端、彼に友好を持ち掛けていった。
何様よ私は。
そもそも和泉君のことを『一般人』と分類していたことに上下差別が生じているだろうと内心で気づく。
ラブくりのメインCVを獲得したことで天狗になっていた自分を恥じる。
「とにかく謝ろう! そして今度こそ友達になるんだ!」
和泉君が動画投稿者だからとかじゃない。
ラブくりが好きな者同士で語り合う為に。
でもどうやって話をしよう?
昨日と同じようにまず謝罪から……よね。
その後、ラブくりの話を……ん~、でもいきなり慣れ慣れすぎ?
今日は謝罪だけにすべきかしら。
でもアニメの話したい。
せめてラブくりの推しキャラだけでも知りたい。
そんなことを悶々と考えていると和泉君が登校してきた。
もう私のことを一切見ようとなんてしてこない。当り前よね私が遠ざけたのだから。
よ、よし! 勇気を出して話しかけ——
「——鶴彦。いるかしら?」
話しかけようと手を伸ばした刹那、和泉君は別の女の子に呼び止められていた。
和泉君はひどく驚いた顔を女の子に向けていた。
他クラスの子だ。えっ、知り合い? 和泉君を呼び捨てしている。
とにかく今は私が話しかけるタイミングではない。
仕方ないので着席し、二人の会話に耳を傾ける。
「藍里!? 俺の教室に来るなんてどうした? なんか用か?」
女の子は藍里さんというらしい。
二人の会話には緊張が奔っているようにみえる。あまり仲は良くないのかな?
「アンタ、進路決めた?」
「進路? 専門学校に通うつもりだが」
「音楽系?」
「おう音楽系」
和泉君、専門学校にいくんだ。
私も専門学校に通って知見を深めるつもりだ。
声優科のあるノヴァアカデミー。
あれ? そういえばノヴァアカデミーにも音楽科があったような。
もしかして……もしかする?
「エデンアカデミーって都内の専門学校だ」
もしか——しなかった。
エデンアカデミー。ノヴァアカデミーのライバル校であると聞いたことがある。
同じクリエイター専門学校であり、人気はエデンの方が上らしい。
「駄目よ」
「はっ?」
「ノヴァアカデミーにしなさい」
「「!?」」
藍里さんの提案に私と和泉君は同じ表情で驚愕を表す。
「いや、なんで?」
「私がノヴァアカデミーに入学するからよ」
「いや、意味わからん」
「……アンタ、私と一緒の専門学校に通いたくて仕方がないって顔しているわね」
「微塵もそんな表情していないが」
「いいから! 鶴彦は私と一緒にノヴァアカデミーいくの! 決定事項なの!」
なぜか急に駄々っ子みたいになった。
可愛い。
「幼馴染の言うことくらい聞いたらどうなの!?」
お、幼馴染!?
幼馴染って本当に存在するんだ。
一種の都市伝説みたいに思ってたわ。
「っていってもそんなに仲良くなかっただろ? お前の方からこんな陰キャと一緒にいると自分の価値が下がるから、みたいに言って消えていったんじゃないか」
「ふっ、そうよ。そんなクソみたいな性格をしているからクラスで居場所がなくなってここに足を運んであげたの。感謝なさい」
「すがすがしいほどの屑だな!? なんで得意げなの!? お前!」
和泉君のツッコミが教室内に轟いた。
和泉君、気づいてないと思うけど、キミ今クラス中の注目の的だけど大丈夫?
「一周回って私の面倒を見れるのはアンタだけという結論になったわ。てなわけで私のお目付け役として一緒にノヴァアカデミーにきなさい」
「俺はお前の執事かなんかか!?」
「お願いよ~、鶴彦~。このまま私一人で専門学校に行ってもまた問題を引き起こすとしか思えないのよ~、お願い~、私を守って~!!」
「急にしおらしくなるな!? じゃあお前がエデンアカデミーに進路変更したらいいじゃないか」
「駄目よ。私が今イラストを付けている原作者がノヴァアカデミーに行くの。私もそれに合わせないといけないのよ」
「じゃあその原作者様に守って貰えよ!?」
「無理無理無理無理!! 氷上さん強面系で超怖いんだもん! 何考えているかわからないし、仕事の話以外で話したことないし!」
「なんでそんな奴の原作に絵を付けてんの!? お前!」
「だって……色々あって……! 原作者の性格はともかく、あの人の作品『エイスインバース』は間違いなく名作なのよ。こんなチャンス逃す手はないと思ったんだもん」
「エイスインバース? なんか聞いたことあるようなないような……。まぁ、いいや。とにかくお前はノヴァアカデミーに行きたい。そして俺についてきてほしい。そういうわけだな」
「そういうわけ!」
「……はぁ。しゃーねーな。せっかくエデンで推薦取れてたのに。そんなに言うならノヴァの一般枠受けてやるよ。感謝しろよ」
「ありがとう! 恩に着るわ! 私はノヴァで推薦取れているけど鶴彦は一般入試頑張ってね!」
「お前本当にいい加減にしろ!?」
「じゃこの話はおしまいね」
和泉君、怒っているけど表情は優しいままだ。
『しょうがないなぁ』といった優しい表情が垣間見えている。
なんか理不尽を感じる。
藍里さんの方が私より酷いこと言っている気がするのに、彼女は許されて私は許されていない。
幼馴染と単なるクラスメイトの差ということだろう。
「ねえねえ。アンタのことだからラブくりは勿論視聴しているわよね?」
「当然だ。ラブくりは義務教育だ」
……!?
ラブくりの話!?
えっ、ちょっと待って。その話は私がしたかったのに。
「どのキャラが推し? 私はカミナ様推しなんだけど」
私が聞きたかったことを藍里さんが代弁して聞いてくれる。
カミナ様、やっぱり人気あるなぁ。男性ファンが多い印象だったけど藍里さんみたいな女の子も好きなんだ。
「俺は珊瑚推しだ」
「(~~~~!?)」
さ、珊瑚推しなんだ。
私の声のキャラが推しなんだ。
私のこと嫌っていると思っていたのに私のキャラは好きと。
嬉しいような複雑なような、何とも言えないモヤモヤが私の脳裏を支配する。
「意外ね。アンタツンデレクール系好きだった?」
「んー、ていうか声が好きでな。あとライブ曲。初見の時、神曲過ぎて震えた。ボーカルも素晴らしいんだよ。キャラ声であそこまでの歌唱力を出せるのはガチで実力だと思う」
「(~~~~~~~~っ!?)」
本人がすぐそこにいるのに声優をべた褒めするこの男。
分かってて言ってる? 赤面しまくっている珊瑚のCVがすぐ後ろにいることわかってて言ってない? 私が赤い顔しているの面白がっていってたりしないでしょうねこの人。
「出たわね。ガチ恋勢。アンタの悪い癖よ。声優に惚れるなんて身の程を知りなさいよ」
「うるせ。俺が誰に惚れようがお前には関係ないだろうに」
「(~~~~~~~~~~~~~~!!!???)」
ほ、ほほほほ、惚れ、惚れ!?
和泉君がわたしに惚れ……!
そ、そうよね。ちょっと前まで私のことをじーっと見てたってことは、その、そういうこと……よね?
やばい。
言葉にして言われるとちょっと破壊力がありすぎる。
ていうか、私、もしかしてここにいちゃ駄目なんじゃ……
「大体、珊瑚タソの声優なんて新人じゃないの。なに? この声優を知っているのは俺だけ、みたいな優越感に浸りたいの? 人気出てきたら『俺は最初から目を付けてた』みたいに威張り散らしたいの?」
「んな失礼なことするか! 俺は純粋に珊瑚の声が好きなだけなんだよ。いいか? 珊瑚は単純な萌え声なんかじゃないんだ。淀みのない透きとおったソプラノボイス。それにブレスが耳に残らないように細心の注意を払っていることも伺える。何よりあのライブの完成度! 相当練習を積んでいる。音楽に疎いお前でも分かるだろ? あの曲を歌うのめっちゃ難しいんだ。カラオケ通の奴でもあの曲で90点以上取ることは至難の業だろうな。俺がいうんだ間違いない。それだけ珊瑚のCVは努力の人ってことだ。尊敬するのは当たり前だ」
「うわ。急にたくさん喋るわねアンタ。わかったわかった。アンタの珊瑚愛は充分わかったわよ。めっちゃ好きなのね」
「ああ。俺もいつかあんな曲を作ってみたいな。声優さんに歌ってもらうのが俺の夢——」
「——歌います!!!!!」
「「——!!!???」」
和泉くんがあまりにも私のことを誉めてくれるものだからついその場に立ち上がってしまい、感謝の意を込めて約90度の綺麗なお辞儀を繰り出していた。
「私で良ければ歌う! 絶対歌う! もっともーっとレッスン重ねて歌上手くなるから!」
「だ、誰!? 何事!?」
急に登場した私の存在に藍里さんが目を丸くしながら驚きを示している。
和泉くんも私の割り込みに飛び震えるように驚いていた。
「ちょ、ちょちょ!? 春海さん居たの!?」
「最初から後ろに居たわ! あと初めまして藍里さん! 春海ナズナです!」
「は、はぁ。淀川藍里です。ん? 春海ナズナ? どこかで聞いたような……」
「あっ、珊瑚の声優やっています」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「そんなことより! 和泉くん! 今の話本当よね!? 和泉君が曲を作って声優に歌ってもらうのが夢って!」
「あ、ああ。そうなれば至極光栄の極みではあるが」
「わかったわ! 私、和泉君の作った曲を歌う!」
「ちょ、ちょっとまって春海さん。『声優さんに歌ってもらいたい』とは言ったけどそれが春海さんだとは——」
「私も声優よ!?」
「そ、そうだな!?」
「じゃあ歌う権利あるわよね!?」
「そ、そうだな?」
「よし! 決まり!」
「あ、あれ……?」
どこか納得のいっていない様子の和泉君。
藍里さんもその隣でポカ―ンとしている様子だった。
「私の当面の目標が決まったわ。和泉君の作った曲を唄えるようにもっと名声を高める! そのためにはノヴァアカデミーで猛勉強よ! あっ、二人とも春からも同じ学校よね、よろしく」
「「えええええええええええええっ!!??」」
今日何度目かわからない叫びが教室内に木霊する。
ちょっと強引だったかもしれない。
でもそれが私。
力技でもいい。無理やりでも約束にこぎつけることができたのは大きかった。
あとは——
「和泉君。私が貴方の曲を歌う権利を勝ち取れたら、その時は私を友達と認めてください」
「どうしてそんな話に!?」
「いやなの!?」
「ぜ、全然嫌ではございませぬ。はい」
「そう。良かったわ」
自分でも言っていることがめちゃくちゃだとわかる。
でもこれはチャンスだと思った。
どうやって彼と友達になれば良いのかちょっと途方にくれていたからね。
「あと、昨日は本当にごめんなさい。和泉君の言葉は私に深く刺さったわ。『クリエイティブな人が好き』って言葉は確かに失礼な言い方だった。でも信じて。今の私はラブくり好き同士で語り合いたいから友達になりたいだけなの!」
「あー、まぁ、俺もラブくり対談するくらいなら別に……」
否定はされなかったがどこか言い淀みがある。
ラブくりの話はしてもいいけど、だからといってすぐに友達になるつもりはない、そんな意思が言葉の節々から感じ取れる。
でも今はそれでも良い。
和泉君と友達になる権利は勝ち取ればいいのだから。
私はクルッと首だけ回転し、藍里さんの方に振り向いた。
「藍里さん! 私とお友達になってください! ラブくりの話しよ?」
和泉君はともかく、この子とは友達になることになんの制限もないはずだ。
何より私がそうしたかった。
ラブくり好きに悪い人はいない。
無条件で友達になりたい。あとめっちゃ美人だし。
「え、ええ、もちろん構わないけど。ていうか貴方こそいいの? 私結構クズ性格よ?」
「大丈夫よ! クズさでは私も相当なものだから! 昨日和泉君にもひどいこと言っちゃったし」
「あっそ。ねね。例のアプリのID教えて。私の絵の批評してくれないかしら?」
「藍里さん。絵を描いてるんだ! ラブくり描ける? 珊瑚描ける?」
「あー、ごめん。二次創作系はあまり描いたことがないの。でも春海さんの為にラブくり描いてもいいわ」
「おぉぅ! めっちゃいい子ね! どこがクズ性格なのよ? あと私のことはナズナで良いから」
「あ、ありがとう、な、ナズナ」
「和泉君もナズナでいいからね」
「お、おう。了解した春海さん」
「何を了解したのよ!? キミは!」
そんなこんなで急遽私に目標と女友達が増えた。
ちなみに藍里さんのイラストはどれも完成度が凄まじく高く、素人の私ですら一目でプロの物であると分かるほどだった。
後に判明したのだけど藍里さんはすでに大ヒットの原作にイラストを付けている本物のプロであるという。
和泉君もだけど、どうして現時点で実力がプロ並みの人が専門学校に通おうとしているのか疑問だった。
とにかく3人の中で一番遅れを取っているのが自分だということが分かり、私は心の闘志に火が灯るのを感じた。
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和泉鶴彦編はこれにて終わります。
彼の次の活躍は2章で!
次話からは雪野弓視点に戻ります。
《キャラクター紹介》
◆和泉鶴彦
ピアノ界の新星。過去に全国的なコンクールで最優秀賞を受賞。
ピアノのみならず、ギターやヴァイオリンなどの技術も高い。
アニメ・ゲームなどの大衆娯楽の場で活躍することが夢。
演奏してみた系の人気動画投稿者であり、収益化もしている。
◆春海ナズナ
大人気アニメ『ラブリーくりむぞん』の新キャラ『珊瑚』の声優。
長期のオーディションの末、自身初のメイン級キャラとなる珊瑚役を勝ち取った。
長身で中性的な魅力が人気を集めている。
◆淀川藍里
大人気ライトノベル『エイスインバース』の担当絵師。
劇画風のリアルイラストが得意。
キツメな性格故に中々友達ができにくい特性を持つ。




