第50話 Refrain
【main view 和泉鶴彦】
俺の人生は音楽一色に包まれていた。
幼少時代からピアノを習わされ、音楽にドップリハマった俺は他の楽器も学びたいと親にせがみ、音楽教室に通わせてもらっていた。
ピアノ以外にもギター、ヴァイオリン、チェロ等弦楽器を中心に音楽を身に着けていった。
俺は中学生の頃、全国的なイベントでピアノ部門の最優秀賞を取得した。
ヴァイオリンもコンクールで優秀賞をもらっている。
でも俺は気づいてしまった。
俺が奏でたい音楽はクラシック界にはないということに。
俺には音楽と同じくらい好きなものがある。
アニメとゲームだ。
アニソンは俺が最も好きな音楽だ。ゲーム音楽は2番目かな。
俺は大衆娯楽で音楽に携わることが夢になっていた。
「おっ、あの動画600万再生行ったのか。嬉しいなぁ」
ミーチューブでの音楽活動もその一環だ。
好きなアニソン、好きなゲームソングのカバーを奏でる動画の投稿始めたのだが、これが多くの同士に刺さってくれたようだ。
たまにオリジナルの楽曲も投稿している。
アニソンカバーほど伸びないが一定数評価してくれていることが嬉しかった。
収益化もされ、貯金も溜まってきた。
これだけ貯金があれば親に迷惑かけずに専門学校に通えるかもしれないな。
「おっ、『平凡小説家~異世界に渡りペンで無双~』の最新話更新されてるじゃん!」
アニメだけじゃなく、小説も好きだ。もはやクリエイティブなものはなんでも好きかもしれない。
正直異世界転生ジャンルは今まで俺には刺さらないのだが、この異世ペンだけは違う。
世界観は作りこまれているし、キャラ同士の掛け合いが本当に面白い。毎回鬼クオリティの挿絵を上げてくるし。
即座に作者をフォローし、高評価を付けて支援した。
作者が感想を受け取らない設定にしているのがもどかしかった。
俺の異世ペン愛を作者に伝えられないのが本当に悔しい。
「最新話のバトルシーン。もしBGMを付けるとすると……こんな感じかな」
俺はギターを手にし、即興で曲を奏で始める。
物語をなぞり、楽器を触るのが好きだった。
異世ペンのおかげで俺は何曲作り出せただろう。
ほんと、いつかユキ先生に感謝を伝えたい。今の俺があるのは絶対この人のおかげだ。
「ていうか春海さんを思う気持ちよりユキ先生に対する想いの方が強い気がしてきた」
えっ、俺、新たな恋見つけちゃった?
顔も知らない小説家にトキめいちゃった?
ユキって名前から女性であることは間違いないだろう。文章から見える感性から年も近い気がする。
「もし同い年だったりしたら……うわー。ガチ惚れするかも俺」
勝手にファンになり、勝手に曲を作り、そして勝手に恋をする。
うん。誰がどう見てもキモすぎるな俺。
「えー。唐突ですが今日は席替えをするぞー」
本当に唐突だった。
ていうか今まで席替えなんてしたことなかったのに、急に担任が席替えを提案してきたことが気になる。
もしかしてだけど、俺が春海さんを見つめすぎていたことが関係してる?
「「「「(にやにや)」」」」
ど――――もそうっぽい。
意味深な笑みを浮かべたクラスメイト達が俺の方を見つめていた。
俺が春海さんを見つめ続けていたことがクラスメイトにバレ、誰かがそれを先生に密告したって所か。
あっ、でも清水君だけは心配そうに見てきている。なんていいやつなんだ彼は。
「(視線ってこんな感じにぶっ刺さるものなんだな)」
今さらながら自分のしていたことを深く後悔した。
心の中で春海さんに深く謝罪する。
決して彼女を視界に入れないよう細心の注意を払いながら。
失恋はあまり尾を引かなかった。
ていうか告白したわけじゃないし、言うならば推していたアイドルが引退したときみたいな感じ。寂しいけど次を見つければいいかなって考えだ。
そういう考えに切り替えられたことで俺はもう春海さんを視界に入れることはなくなっていた。
さらに僥倖というべきか席替えによって俺は一番前の席に配置され、逆に春海さんが俺の斜め後ろとなっていた。
よかった。これで彼女に迷惑をかけることはなくなったわけだ。
心を入れ替えて真面目に授業を受けるとしよう。
「(じ——————————————————)」
見られてる……よなぁ?
後ろを振り返らなくてもわかる。俺は今春海さんにめっちゃ見つめられている。
春海さん、いつもこんな視線に耐え続けていたのか。本当の本当に今まで俺は愚かなことをしていたんだな。
それにしても春海さんはどうして俺を見つめてくるのか。
今までの恨み! って感じで俺に嫌がらせを始めたのか?
いや、春海さんはそんな卑屈なことをする人じゃない。
「(まっ、気にしないことにしよう)」
もはや修復不可能なレベルで俺は嫌われてしまったのだから。
それに今の俺は新たな恋を始めている。
ああ。愛しのユキ先生。今日も異世ペン更新してくれないかな。
「あの……ちょっといいかしら?」
愛しのユキ先生に想いを寄せていると春海さんがいつの間にか俺の席の前に立ち、俺を呼んでいた。
「ど、どうした? 春海さん」
突然に出来事に多少驚きはしたが、昨日ほどきょどったりはせず、冷静に受け答えすることができた。
その手にはスマホがある。
「まず、昨日はごめんなさい。ちょっと言い過ぎたかなって思っていたの。和泉くんは別に悪いことをしていたわけじゃなかったのに」
申し訳なさそうな顔で急に謝罪してくる春海さん。
周りのクラスメイトも『なんだなんだ?』と言わんばかりにこちらの様子を伺っていた。
「あの、顔を上げて春海さん。その気持ちは物凄く嬉しいけど俺は悪いことをしていたんだ。謝るのは俺の方で春海さんが頭を下げる必要は一切ない」
自身の態度を気にして俺に声を掛けてきてくれたことは嬉しい。
だけどどう考えても悪いのは俺なのでそんなに自分を卑下してほしくなった。
それにしても恋心が無くなった途端にこんな殊勝なことをしてこられても困る。また惚れたらどうするんだ。
「そ、そのね、昨日あんなことがあったばかりだけど私キミと友達になりたいんだ。だ、駄目かな?」
「はぃ?」
どういうつもりだ? 春海さん。昨日は『迷惑だからもうするな』的に突き放していたのに……
春海さんは恐る恐るスマホの画面を見せてくる。
見覚えのある動画サイト。
それは昨日600万再生を達成した俺のピアノ演奏動画だった。
「知らなかったよ! キミがこんなにすごい演奏家だったなんて! どうして隠してたのよ! こんなすごいこと出来る人だって知っていたら昨日突き放したりなんてしなかったのに!」
「……っ!?」
「私が声優やっているからかもしれないけど、私クリエイティブな人とは積極的に関わりたいと思っているの。キミの演奏聞いて本当に感動した! もっと話を聞きたいと思ったの!」
目を輝かせて詰め寄ってくる春海さん。
俺のこと褒めてくれている。
俺の演奏について褒めてくれている。
演奏について『だけ』褒めている。
——『さぁ、弾け。お前には弾くことだけにしか価値のない男なのだから』
今は亡き父親の言葉がリフレインされる。
嫌な昔を思い出してしまった。
気分が悪い。
「ありがとう。褒めてくれて。でもごめん。俺はキミとは友達になれない」
「——えっ?」
「今まで俺のことを見下していたのに、俺が有名動画配信者だと分かった途端態度を変える人なんて信用できない」
「わ、私、そんなつもりじゃ——!!」
「とにかくごめん。もう見ないし話しかけないから。ほんとごめん」
居たたまれなくなり、俺は自分からその場から離れていった。
クラスメイトも俺の方見ながらざわついている。
居たたまれない。どうして春海さんは人がいっぱいいる教室で話しかけてきたんだ。
残り3か月の高校生活、俺は後ろ指を刺されながら過ごすことが決定した瞬間だった。
先日春海さんに呼び出された体育館裏のデッドスペース。
俺はそこに一人で陣取って昼食を取っていた。
「んほぉ。最近異世ペンますます面白いな。でもいかにも終盤! って展開だけど、もしかして最終回近いんじゃないか? 勘弁してくれよ」
クラス内に居場所がなくなってしまい、楽しみだった異世ペンまでなくなってしまったら俺は何を糧に生きていけばいいんだ。
あっ、そういえばユキ先生ってもう一作『だろぉ』に投稿していたよな。
未完のまま放置しているみたいだから興味沸かなくて未読のままだったけど、異世ペン終わっちゃったら読んでみるのもいいかもしれない。
「——あなたが和泉鶴彦ね?」
「!?」
スマホで小説を読んでいる俺の背後から冷たい声が降りかかる。
驚きと共に振り返ってみると、そこには春海さん——をそのまま小さくしたような子が見下すように立ちふさがっていた。
「子供の頃の……春海さん!?」
「双子の妹の春海鈴菜よ」
「あっ、そう……」
タイムスリップしてきた春海さんが俺に接触してきたのかと思ったが全然見当違いだった。
双子の妹か。
確かに顔は似ている。
この子にもっと身長と胸があればお姉さんと瓜二つになるだろう。
「てや」
「あいた!」
いきなりチョップを繰り出してくる妹さん。
な、なんだ?
「身長と胸がなくてわるかったわね」
「エスパー!?」
「あんたの目線が頭頂部とおっぱいに行っていたから何を考えているか一瞬でわかっただけよ」
「誠にごめんなさいぃっ!」
無意識のうちに俺の視線がセクハラをしていたみたいであり、慌てて謝罪する。
「許さないわ」
「ひぃぃっ!」
この子怖い。本当に春海さんの妹だろうか? 性格正反対もいいところだ。
「ナズナちゃんに近づかないと誓うなら許してやらないこともない」
「はぁ?」
「どうなの? 誓うの?」
「あー、うん。ていうかついさっき俺から友好を断ってきたところだし」
「はっ? どういうことよ?」
「あっ、えっと——」
昨日俺が失礼かことをして春海(姉)に呼び出され、叱られたこと。
それと先ほど春海(姉)に声を掛けられ『友達にならないか』と誘われたが断ったこと。
その理由まで事細かに俺は春海(妹)に語ってあげた。
「と、いうわけなんだ」
「てや!」
「あいったっ!」
なぜか再度頭を叩いてくる春海妹。
「なにすんだ!?」
「ナズナちゃんを悲しませたクソ野郎に制裁しただけよ」
「アンタ、春海さんに近づくなみたいなこといってたじゃないか! 俺はその通りにしていたぞ?」
「その点は褒めてあげるわ。でもナズナちゃんを傷つけたことは許さん」
「どないせーっちゅーねん!?」
俺にどうして欲しいんだ。このいきなり現れた妹様は。
「アンタ、まだナズナちゃんのこと好きなの?」
「…………」
言われ、腕を組んで深く考える。
昨日呼び出されるまでは確かに好きだった。
毎日後ろ姿を見ていたいと思えるくらい彼女に惹かれていた。
でも——今は——
「好きじゃないな」
「本当でしょうね?」
「本当だ。自分でも驚くくらい彼女への気持ちが霧散している。今やどちらかというと『嫌い』まである」
俺は曲を奏でることが好きだ。
承認欲求で動画投稿までしているくらいだ。
だけど……
俺は俺のことを『演奏家』としてしか見ない人が苦手だった。
演奏を止めた途端、俺をゴミみたいな扱いをし出す人が許せなかった。
俺の——父親みたいに。
春海姉の昨日までの態度と今日の態度の差。それは俺の父親を髣髴とさせていた。
「なら、私から言うことはないわ。今後もナズナちゃんにちょっかい掛けるんじゃないわよ」
それだけ言うと春海妹は去って言った。
「アイツ——」
売店で買った昼飯に視線を移す。
ちょっと減っている。
「去り際に俺のサンドイッチ盗んでいきやがった」




