第46話 やたらアニメ声のイラストレーターがぐいぐい部屋に誘ってくる件
「どうしてここにマスターくんはいるの? もしかしてマスターくんも春からここに住むとか!?」
期待に胸を膨らませ目を輝かせながら詰め寄ってくるナズナさん。
うっ、そんな嬉しそうにキラキラした瞳を向けないでください。そうじゃないと――
「………………」
今にも眼力で呪い殺しそうな子が貴方の後ろで臨戦態勢を取り始めていますので。
ナズナさんの肩に手を置いてとりあえず落ち着かせるために少し置いた。
「ち、違いますよ。友達がここに住むことになったので遊びに来ただけです」
「なーんだ。残念」
本当に残念そうに肩を落とすナズナさん。
ブブブっ!
左手で持っていたスマホが軽く震える。
ポップアップには『すずな』の文字。
『ナズナちゃんの肩に触った 殺す ナズナちゃんを落ち込ませた 殺す』
どうしろっっちゅーねん!
ナズナさんにバレないように鈴菜さんと目を合わせるが、その瞳からは殺意しか読み取ることしかできなかった。
とりあえず鈴菜さんの殺意を広げないように当たり障りのない日常会話を繰り出してみることにした。
「ナズナさん達はこの綺麗なマンションにお住まいになっているんのですか?」
「そ――」
「そうなんですよぉ。私とお姉ちゃん二人で一部屋に住んでいるんですぅ」
ナズナさんに話しかけたつもりだったが鈴菜さんがインターセプトしてきた。
なるほど。意地でもナズナさんとの接点を持たせたくないんだな。ナズナさんと話しかけることすらやめろと。
「そうなんですか。相変わらず姉妹仲よろしいんですね」
「そうなんですぅ! ナズナお姉ちゃんは鈴菜と世界一仲がいいんですよぉ。二人の間には誰も割り込めないレベルで仲がいいんです」
姉妹仲に割り込んでくるな、と。
いや割り込むつもりなどないのだが、ここまで拒絶の意を示されると少し僕も傷ついてしまう。
だが、鈴菜さんはそんなことお構いなしに僕を遠ざけようとしてくる。
鈴菜さんの底知れぬ圧に僕はズリズリと後退させられていた。
遠くに追いやられたナズナさんは僕らの様子を見て『?』マークを浮かべている。
この距離なら小声で話せばナズナさんには聞こえないな。
「(その腹黒性格はナズナさんにバレてないの?)」
「(はっ! この私がそんなミス犯すわけないでしょう? 侮ってんの?)」
「(侮っているつもりは毛頭ないけど。疲れない? ナズナさんに男が近寄ってくるたびにキャラ変更して脅してきたんでしょ?)」
「(余計なお世話。ナズナちゃんの貞操が守られるのであれば私はなんだってするわ。あんたも諦めなさい。今後一切このマンションに近づくの禁止だから)」
「(そういうわけにはいかないよ。言ったでしょ? 僕の友達もここに住んでいるんだって)」
「(じゃあ、アンタの友達も脅すまでよ)」
この子、雫にまで手に染める気か。
時間帯構わず迷惑チャット超連打攻撃を雫にまで広げられるのは駄目だ。
僕なら全然平気だけど雫は病み体質だし。
「(友達ってのは女の子だから勘弁して。鈴菜さんの攻撃は僕が一身に引き受けるから)」
「(アンタ、雨宮さん以外の女の子も連れまわしてるの? 女の敵ね。友達さんには同情するわ。よし決めた。言う通りアンタにだけ集中攻撃してあげるから)」
さすがに女の子相手にはあの陰湿な攻撃はしないか。
鈴菜さん思っていたより筋は通っているみたいだ。
「ね~! 二人とも何話てるのよ~!? 私も仲間に入れてよ~!」
追いやられていたナズナさんが近寄ってくる。
鈴菜さんは見事な切り替えでぶりっ子モードの顔に切り替えていた。
「なんでもないよナズナちゃん。弓さん女の子の知り合いがたくさんいるみたいだからモテるんですね~って話してただけだよ」
語弊が……! いや、女の子の知り合いはたくさんいるから語弊ではないけど……!
「ていうか二人はいつの間にそんなに仲良くなってたのよ? 鈴菜が男の子を名前で呼ぶ所初めてきいたわ」
ナズナさんが僕らの仲を疑っている。ちなみに僕も鈴菜さんに『弓さん』なんて言われたの初めてだ。チャットでは『くそ弓』とか『弓畜生』とか『うんこ弓』とか呼称されるし。
鈴菜さんはナズナさんに見えないように、チッ! と心底迷惑そうに舌打ちを繰り出していた。
ここでちょっぴり悪戯心が芽生える。
普段の仕返しするチャンスかもしれない。
「僕と鈴菜さんはちょくちょくチャットを交換する仲だったりするんですよ」
「なっ!?」
ギョッとした表情でこちらに振り返ってくる鈴菜さん。
おーおー、初めてみた、この子の慌てた顔。なんだこれ、ちょっと気分良い。
ナズナさんはニヤケ顔を浮かべながら僕と鈴菜さんを交互に見てくる。
「あらあらあら。それは気づかずに申し訳なかったわ。お姉ちゃんお邪魔だったかしらね~。ここから先は若い者同士の時間ということで」
手でにんまり顔の口元を隠しながらゆっくり後ろ歩きで玄関外へ歩んでいく。
鈴菜さんは慌てて追いかけていた。
「いや、違うから! ナズナちゃん! 本当に違うんだってば~!」
一瞬だけ鈴菜さんは悔しそうな顔をこちらに向けてくる。
僕は意地悪気に口元で笑い返したのだった。
あとで絶対にチャットで文句言われまくられるだろうけど、普段の仕返しが出来て少しだけ気分が晴れた。
「――私、瑠璃川さん、雨宮さんだけでは飽き足らず、知らない女の子に意地悪して楽しむっと。ふーむ。これが私の親友かぁ」
「うぉわぁ!!?」
いつの間にやってきていたのか、玄関奥の階段から雫がヒョコっと顔だけ出してジト目を繰り出してきていた。
「アレかな。ちっちゃい方の子――妹さんだったのかな? なーんかあの子の方が私より親友っぽい雰囲気だったね」
「ち、違うよ! アレは悪友――いや、友達かどうか怪しいレベルの知り合いで!」
「友達かどうか怪しいレベルの子と知り合ってチャット送りあってたんだ。ふ~~~~~ん」
やばい。どう弁明すればいいんだ。正直に『鈴菜さんには普段から脅されているんだ』と伝えるべきだろうか。
でも鈴菜さんの裏の性格を言いふらすのはさすがに悪いしなぁ。
「あ、あの子達とは入試の時にちょっと知り合っただけなんだ。僕達と同じく春からノヴァアカデミーに通う子達でね。二人とも声優科なんだ」
「ほほ~。声優科かぁ。確かに可愛らしいアニメ声だったもんね。お姉さんの方はキュウちゃんの好みど真ん中の声なんじゃない?」
「――いや僕はどちらかというと雫の声の方が好きだけど」
「~~~~~!!?? きゅ、急に何!?」
前々から思ってはいたけれど雫こそ中々のアニメ声をしていると思う。
そして個人的な好みを言えば雫の声が一番好きだった。
「前にも言ったけど雫は声も可愛いもんだから人気者なんだろうなってずっと思ってたよ。僕も最初の方はかなりドキドキしていたし。最近は慣れてきたせいか『聞いていると落ち着く声』って感じになってきているけど」
「~~~~~っ! も、もう! 調子のいい事言っちゃって! で、でも可愛いって言ってくれたお礼に雫ちゃんちょっと機嫌直しちゃおっかな!!」
なんかよくわからないけどお許しがでたようだ。期限直してくれてよかった。
「ほら。私の部屋いこ? ここの2階なんだ♪」
僕の手を取って引っ張ってってくれる。
久しぶりに会った親友は相も変わらずスキンシップが多いようだった。




