第45話 部屋選び 確認すべきは ネット環境
「えっ!? 雫も明日引っ越しなの!?」
「そうだよ。ていうか荷解きはもう終わっているんだ。あとは雫ちゃんが移り住むだけなのだ」
いつもの雫との通話。今やビデオ通話が当たり前となっていた。
正直未だに慣れてはいないが。
画面いっぱいに美少女を移しながら会話するってどうすれば慣れるのって話だ。
「あっ、通話ってこれからも出来そう? ネット環境とか隣人との騒音トラブルとか」
「大丈夫だよ。ていうかキュウちゃんとの通話ができなくなったら泣くよ! そんなんなったら明日引っ越しだけど明後日更に別の場所に引っ越すよ!」
「そっか。通話は問題なさそうで安心した。たぶん雫との通話できなくなったら僕も泣くから」
「お、おおぅ。どしたキュウちゃん。いつになく嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「なんだかんだで雫との通話も僕の生活の一部になっているからさ。あっ、いつも僕の相手してくれてありがとう」
「ほ、本当にどうしたの!? もしかして今日はキュウちゃんが病んでない!? 話聞くよ!?」
ちょっと素直になっただけでめちゃくちゃ心配されてしまう。
普段の僕ってそんなにスカしていたりする? もっと素直な心で人に優しくならないと。
「雫みたいに病み属性はないよ。僕も明日引っ越しだからセンチメンタルになっているのかもしれないかな」
「人をヤンデレみたいにいうのやめい。それよりも! キュウちゃんこそネット環境とか大丈夫?」
「特に確認してないけど大丈夫だと思うよ」
あんなに良い住まいなのにネット環境が無いなんてことはまずないだろう。ネット環境もない住まいを月見里先生がおすすめするとは思えないし。
「こら! 確認してないんかい!」
「う、うん。まぁ」
「うわ。心配だ。この男変なところでいい加減だった」
雫は逆に神経質すぎるんじゃないかなぁ。
「キュウちゃん。新住所教えて」
「どうしたの急に。別にいいけど」
元々教えるつもりではあったので、特に抵抗なく雫に住所を教える。
「ついでに私の新住所コレね」
雫も僕の真似るように住所をチャット欄に送ってくれた。
って、ちょっと待て。
「いやいや、僕が教えるのは別に良いとしても。成人女性がそう易々住所教えるのはまずくない!?」
「ん? 何がまずいの?」
「いや、男に住所教えるのって、ほら、さ。アレじゃない?」
「キュウちゃん以外の男の人には絶対教えないよ。雫ちゃん。そこまでチョロくない」
「なんで僕にはあっさり教えるのさ?」
「親友だからだよ。お互いの家に遊びに行き合ったりしてあそぼーよ!」
「う、うーん」
お誘いは嬉しいし、雫を部屋で遊べるのは楽しそうだけど――
よく考えると女の子の一人部屋に行くってことだし、自室に女の子を招くってことなんだよな。
「キュウちゃん的には生雫ちゃんと遊びたくない?」
生雫ちゃんって言い方がまた妙な背徳感を生んでいた。
「もちろん遊びたいけど、ほら僕らって一応男女じゃん? しかも雫って超美少女じゃん? 可愛い子と一緒に居るってことは間違いが起きないとは限らないのが怖いというか」
「えっ!? あっ……うっ……! えぇっ!?」
「いや、どういう反応!?」
「いや、その、キュウちゃんが雫ちゃんのこと美少女って思ってくれていたのが意外で」
「初めて会った時そういったじゃん」
「そ、そうだけど! そうだけどぉ……!」
何を今さら照れているんだ。雫ほどの美少女なら可愛いなんて言われなれているだろうに。
あっ、いや、そうでもないのか。
いつも元気キャラだから忘れかけていたけど、学校での雫はぼっち生活が続いていたんだっけ。
僕らグループチャットメンバー以外とは全然会話もできていないと聞いたこともある。
「と、とにかく! お互い異性に耐性が無さ過ぎるのも良くないと思うんだ! だからそういうのに慣れる為にも互いの家に遊びに行くことが決定しました。はい決定!」
なんか勝手に決定された。
雫が良いのであればいいけど、僕も間違いがおきないように最大限の配慮をすべきだろうな。
「明日は私の部屋に来ること! いいね!? 夕方なら引越しもある程度落ち着いているでしょ?」
「わ、わかった」
その後、いつものように他愛のない雑談を繰り返して今日の通話は終了した。
明日は引っ越しに加え、雫の部屋を訪問か。色々忙しい1日になりそうだ。
でも雫のおかげで引っ越しの不安感が少し薄れたのは感謝しかなかった。
引っ越し当日。
僕は早々に不動産屋と新住居へ赴き、諸々の手続きや説明を受けた。
ガランとした1DKの綺麗な部屋。 やはり学生の一人暮らしとしては贅沢すぎる部屋だ。ちなみにネット環境はしっかり充実していた。ていうか実家の回線より高速だった。
ダイニングに運び込まれていた荷物を一つずつ荷解きして生活環境を整える。
荷物を解いている最中にも次々と搬入があるものだから終わりない作業のように思えてくる。
途中、荷解きに飽きたので近くのホームセンターで生活用品の買い出しに出た。
洗剤とか食器とかを購入したのは生まれて初めてであり、これから一人暮らしが始まるという実感がじわじわ滲み沸いてくる。
帰った後、大家と同アパートの方に引っ越しの挨拶を行って回った。
といってもほとんどの部屋が留守だった。人の入れ替わりの時期だから仕方ないのかな。
ついでに隣の部屋の202号室のチャイムも鳴らしてみたがここも留守であった。
花恋さんが引っ越してくるのはもうちょっと先なのかな。
14時を回り、最後の荷物搬入が終了した。
荷解きはまだ終わっていないが明日でいいだろう。
それよりも約束通り雫の部屋の訪問を優先することにした。
地図アプリを開き、雫の部屋の住所を打ち込む。
「あれ? 近い」
まさかの徒歩12分の距離だった。
まぁ、同じ学校に通うんだもんな。住まいも近くはなるか。
電車を使うことを覚悟していたが嬉しい誤算である。気軽に行き来できるの嬉しい。
僕は身なりを少し整えてから地図アプリを頼りに歩みを始める。
さっき買い物したスーパーを通り過ぎ、更に5分ほど歩いたところに――
雫の新住居があった。
「うっそぉ」
マンションじゃん。
綺麗で立派なマンションの205号室。そこに雫は住み始めるという。
いや、僕の新住居も中々贅沢な部屋だけど、雫はそれ以上だ。
僕は恐る恐るマンションの内部に侵入する。
「――えっ!? マスターくんじゃないのよ!?」
「――な、なんで貴方がここにいるのよ――いるのですか!?」
「へっ!?」
玄関先で見知った人物2人と鉢合わせする。
春海ナズナさん。
そして――
「お久しぶりです。ナズナさん。それに――鈴菜さんも」
「やっぱり! マスターくん! 受験の時以来ね」
ナズナさんが嬉しそうに近寄ってきて僕の右手が彼女の両手に包まれる。
うぉぉ!? 柔らかい。暖かい。そして距離近い!
……って、この距離感はやばい。心臓がやばいのもあるが、それ以上にやばいのが――
「………………」
今にも刺し殺してきそうな視線を送ってきている鈴菜さんの存在だった。




