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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第38話 モテモテの小説家さん!

休み明けの登校。

 教室は異質な雰囲気で満たされていた。


「(な、何事だろう?)」


 教室の戸を開けて席に着くまでの間、僕は教室内に居たクラスメイトほぼ全員の視線を集めていた。

 少しだけ静まり返ってもいる。


 僕は先に到着していた隣の席の瑠璃川さんに事情を伺うことにした。

 声を出さず、彼女の瞳をじっと見る。

 彼女も無言で見つめ返してきた。


「――ああ。この空気のことね。理由は二つあるわ」


 さすが瑠璃川さん。言葉いらずに僕の聞きたいことを察してくれた。

 もはやテレパシーじゃない? 僕らの相性がすごいのか、単純に瑠璃川さんの読みがすごいのか。


「一つは黒滝の件よ。雪野くんと黒滝の対決はもはや学校中に広がっているわ。普段大人しい人があのイカレヤンキーを撃破したなんて注目されないわけないじゃない。ほら。別クラスの女子も貴方のことを見ているわ」


「わわ! 本当だ!」


 えっ、ナニコレ。そんな学園のアイドルみたいに注目されてもどうすれば良いのかわからない。無意味に手でも振った方が良いのだろうか。うん、やめておこう。できなかった。


「そういえば黒龍の処分って結局どうなったのかなぁ?」


「文化祭の放課後に緊急職員会議が開かれたらしいわ。黒滝は一ヶ月の停学処分になったそうよ」


 停学か。軽くはないけど物足りない処分でもある。


「1ヶ月ってことは2学期中は登校できないってことだね……あっ、いや、違うか」


「さすが雪野君気づくの早いわね。私たち3年生は3学期は実質自由登校よ。あの黒滝が自由登校で学校に来るとも思えないし、実質アイツの高校生活は昨日で終わりよ。まっ、それでも用心するに越したことはないけど」


 確かに。

 自由登校の日を狙ってアイツが報復に来ないとも限らない。

そもそも停学処分を素直に受け続ける保証もない。

 3学期は引き続き雨宮さんにはなるべく僕らと一緒にいてもらった方が良いのかもしれない。


「確か卒業式の日は基本全員参加だったはず。最も警戒しなきゃいけないのはそこかも」


「卒業式……盲点だったわ。よく気付くわね貴方。黒滝が卒業式をサボってくれれば問題ないけれど、確かに気を付けなければいけないわね。私の方でも対応策を考えておくわ」


 瑠璃川さん、なんて頼もしいんだ。姉御とお呼びしたい――なんて思っていたら思いっきり睨まれたので自重する。


「――あ、あの、雪野君!」


「えっ?」


 瑠璃川さんとの会話中、突然のクラスメイトからの割り込みが入った。

 糸井さん。

 文化祭の時一言だけ会話をしたクラスメイト。

 その両手には一冊の本が握られていた。

 って、その本は――!


「こ、これ、大恋愛は忘れた頃にやってくる、買いました! クラスメイトがどんな小説を書いているのか気になって……とても面白かったよ! こんな壮大で心に響く純愛小説初めて読んだ!」


 そうか。昨日この教室で自分が小説家であることを明かしたんだった。

 それでわざわざ買ってくれたのか。なんていい人なんだ糸井さん。めちゃくちゃ嬉しい。


「あ、ああ、う、うん。ありがとうごじゃいます! よく見つけましたね。出版されたのかなり前なのに」


「うん。昨日頑張って探し回ったっ。そ、それで雪野くんにお願いがあるんだけど」


「は、はい。僕に出来ることでしたらなんでも」


「じゃ、じゃあ、サインください!」


「ええええええっ!?」


 ぼ、僕のサイン?


「背表紙にお願いします!」


 小糸さんからペンと小説を渡され、しばし困惑する。

 なんだこれ? 本当どういう状況? 夢?


「――雪野くん。これが二つ目の理由よ。ようやく貴方の小説が大衆の目に留まったの。これからは尊敬の目で見られるかもね」


 瑠璃川さん、絶対困惑している僕の様子をみて楽しんでる。


 緊張で手を震わせながらペンのキャップを外す。

 サインっぽくなるべくグニャグニャ丸っこくさせながらそれっぽい印が背表紙に描かれた。


「わぁぁぁ。ありがとう雪野君! 大事にするね!」


「ちょっと糸井ちゃんずるいわよ! ね、雪野君! 次私にもお願い!」


「あたしも!」


「みんな持ってるのかよ。ていうかどこで売ってんの? 俺が回った書店全然なかったぞ」


「俺、ネットで注文した。ていうかプレミア価格ついてるのな。すげーよ雪野」


 押し寄せるクラスメイトの波。

 わ、わわわ。

 こんな風にクラスの中心になったことなかったので困惑が半端なかった。

 だけどこんな風に囲まれるのは、こそばゆいけど嬉しさもあった。


「――弓野ゆき先生。私にもお願いします」


「あ、はい――って、雨宮さん!?」


「おねがいします」


「は、はい」


 なぜ小説を持っているのか。

言われた通り、雨宮さんが持ってきた大恋愛は忘れた頃にやってくるの背表紙にサインを付けた。

 サインを描いた途端、すごく緩んだ顔を見せてくれた。一応喜んではくれているのかな?


「花恋ちゃんおはよう」


「おはようございます。瑠璃川さん。それとモテモテの小説家さん」


「モテモテ!?」


 瞬時に雨宮さんの目が細くなる。


「女性ファンが多いようで何よりですね。確かに大恋愛は忘れた頃にやってくるは女性読者層の方が多いですもん。それに文化祭の日はとてもとても格好良かったですもんね。そういうギャップに女の子って弱いですもんね! 女の子は放っておかないですもんね!!」


 こ、怖え。

 これでもかってくらい顔を近づけてきて不機嫌な様子を露わにしている。

 昨日あんなにはしゃぎまわっていたドールちゃんと同一人物とは思えないほどだった。

 雨宮さんは僕の両頬をギュムっと抓んでくる。


「それじゃあ私は自分の教室に戻ります。雪野さんは授業始まる前にこの緩み切った顔を直した方がいいですよ。それじゃ!」


 怖かった。

 2回目の転生未遂の時ほどではないが、アレに近い迫力が今朝の雨宮さんには在った。


「花恋ちゃん、いつもと少し様子が違っていたわね」


「や、やっぱりそう思う? 昨日から性格が吹っ切れたような感じで」


「あら。日曜日に花恋ちゃんと会っていたの? やるじゃない」


「そ、そそそそ、それは、諸事情がございまして……!」


 しまった余計なことを言ってしまった。

 瑠璃川さんは愉快そうににやりと口元を緩ませている。


「デートじゃないの?」


「デートだけど! デートだったけど!」


「やっぱりデートなんじゃない。ふふ。その辺の話、詳しく伺いたいわね」


「か、勘弁してください」


 あのデートのことを他言する勇気は今の僕にはないのであった。







 あれから数日経った。

 2学期も今日で最後である。


 明日から楽しい冬休み――という雰囲気ではなく、周りは皆受験追い込みモードに入っている。

 僕達もノヴァアカデミーへの願書は提出済だ。


 ノヴァアカデミーの入試内容は志望理由書などの書類審査・小論文・面接・最後に筆記試験があるらしい。

 筆記試験といっても適正検査みたいなものであると雫から聞いている。

 学力はほぼ関係ないとはいえ、周りが勉強モードになっている中、自分だけ遊んでいるのは気が引ける。

 僕も明日からほどほどに参考書に目を通しておこうかな。


「あの、雪野さん。もしかしてですけど異世ペンってもう最終回近いです?」


 僕、雨宮さん、瑠璃川さんの3人で昼休みの食事をとっている最中、雨宮さんが不意に質問をなげてきた。


「うん。たぶん冬休み中には終わるかな」


「そうですか……残念です」


 雨宮さんは貴重な異世ペンリアル読者だ。

たまに生声で感想をくれる。とてもありがたい存在だ。


「異世ペンって?」


 あっ……

 そういえば瑠璃川さんには僕が『だろぉ』で執筆していることを知らないのだった。

 うーん。恥ずかしいけど一応言っておこう。


「小説家だろぉってサイトで僕が連載している小説だよ」


「だろぉ……私あのサイトそんなに好きじゃないのよね」


 あらら。アンチだろぉ派か。

 あのサイトは賛否がはっきり分かれているからなぁ。こういう人もいるのも仕方ないと思っている。


「とても面白いですよ。水河さんの挿絵も素敵ですし」


 雨宮さんがフォローを入れてくれる。


「今日中にアカウント作って全話見させてもらうわ」


 だろぉへの不信感よりも雫のイラストへの興味が勝ったようだ。


「瑠璃川さん、本当に雫のイラスト好きだね」


「当然よ。雫ちゃんのイラストの好きなところを10個はノンストップで言える自信あるわ」


「ふっ、その程度で雫のイラストファンを名乗るとは片腹痛いね。15個は最低ラインだよ」


「その挑戦乗ってあげるわ。交互に雫ちゃんの良いところを言っていきましょう。言葉に詰まったら負けよ」


「負ける気がしないね」


「わわ。なんか始まっちゃいました」


 そんなこんなで2学期最後の日が過ぎていく。

 今日の通話で昼休みこんなことがあったのだと雫に報告すると『キミら昼休みになにやってんの!』と軽く怒られてしまった。


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