第37話 描き手 ②
白状するととっくの昔に好きだった。
初めてお話した日から気になっていたのは事実だった。
異性と初めて弾む会話をしたから興奮しているだけなのかなとも思ったけど。
違った。
この人は素の私を引き出してくれる。
素の自分をさらけ出せば出すほど会話が楽しくなった。
『学校での私』と『キュウちゃんと通話するときの私』は全然キャラが違う。
学校では喋らず、絡まず、教室の隅でいつも絵を描いている根暗な女の子。
楽しいことなど一つもあったことがない。
だけど、それでも頑張ってこられたのは帰宅後にキュウちゃんと絡むことができるから。
彼とお話することが毎日楽しみになっていた。
キュウちゃんは私に生きる楽しみを見出してくれた存在だった。
そして本当の私を見つけ出してくれた人だった。
同学年の異性でそんな存在が現れたのだから――
好きにならない方がおかしい。
だけど私とキュウちゃんはネットだけの友達なのは事実だった。
しかも私は学校での自分をキュウちゃんに知られたくなくて素性を隠しまくっていた。
それでも関係の進展が欲しくて無理やり親友関係にしたり、文化祭に凸ってみたりした。
関係値が上がれば上がるほど私はキュウちゃんの存在が気になっていった。
昨日初めて彼と対面した。
想像通りの人だった。
優しそうな顔立ち。安心できる雰囲気。
実際会ってみると緊張で話ができないかもと懸念はあったけれど杞憂だった。
キュウちゃんはいつものキュウちゃんだった。
話すのが楽しい。からかうのが楽しい。たまに照れたように目をそらすのがくっそ可愛い。
旧友に会えたかのように迎えてくれたのも嬉しかった。
収穫もあった。
彼の知らない一面を見ることができた。
強面で横暴なドラゴンさんに全くひるまず挑んでいった勇敢な姿。
それどころかキュウちゃんは終始イニシアティブをとって応対していた。
すごかった。
格好良かった。
――見惚れてしまった。
友達を助ける為にあんな格好良い姿を見せられるのは私にとって致命的だった。
実際に会うのは初めてなのに、この人が好きなのだ、と改めて確信した。
『好き』という器に収まらないくらい惹かれていた。
あとちょっと『好き』が膨れ上がる出来事があれば、気持ちの器は決壊する。
昨日はその器を蹴っ飛ばされたみたいに落ち込んでしまったけれど……
今日再びあふれ出した想いはついに決壊を迎えてしまった。
もうあふれ出した気持ちを汲んでくれる器はない。
あふれ返った『好き』の気持ちは全身を巡り、蝕み、この人のことしか見えなくなってしまう。
それはもう『愛』と呼べる症状なのだ。
私のイラストの好きなところ、14個目を語ろうとしていた所でさすがに待ったを掛けた。
ずっと聞いていたい気持ちはあったけれど、それはさすがに申し訳ないという気持ちと、私の心拍数と血圧数値が恐らく耐えられなくなるだろうという判断のもと今日の通話は完了した。
さて、問題は私のこのあふれ出してしまった気持ちの在処だ。
『好きです』と伝えることで一旦収まりそうな気もするが――
「その前に私は描かなきゃ駄目だ」
イラスト付きの小説とイラスト無し小説の対決。
ちゃんとこの対決で勝利をする。
恋に現を抜かしてイラストのレベルを落として、あっさり負けてしまう。それは最悪のシナリオだ。
恋愛が成就してもイラストレーターとして見捨てられてしまえば私はまた病んでしまうだろう。
だからこそ溢れる気持ちをなんとか留めて、今は全力で画力をあげる。
キュウちゃんに恋をしながら、画力を上げ、対決でも勝利する。
その二つが実践出来た時に告白しよう。
「その前にキュウちゃんから告白されたらどうしよ! どうしよ!」
言っていて自分で悲しくなった。
そんな未来が一切想像できない。
あの男が小説よりも恋を優先するとは到底思えない。
ていうかこちらから気持ちを伝えないと絶対親友止まりのままあることは明らかだった。
恋人よりも親友の方が格上、みたいなことを言っておきながら、愛を自覚した途端、恋人になりたがっている自分に笑えてくる。
おっと、いけない。まずは画力をあげるために私は描き続けないと――
と、決意を新たにしたところでディスプレイ右下にポップアップが浮かび上がる。
『小説家だろぉ ゆき 先生が小説を更新しました』。
たった今通話を切った相手がどうやら最新話を更新したようである。
『投稿しました』ではなく『更新しました』ってことは投稿済み作品にイラストを差し込んだということだろう。
キュウちゃん。私のイラスト使ってくれている。
嬉しい。
今さらながら自分のイラストが挿絵になっている喜びを嚙みしめる。
ありがとうキュウちゃん。
そうだ。6枚の内どのイラストを使ってくれたのかな。
個人的には5枚目に描き上げたイラストが力作なんだけど、選ぶのはキュウちゃんの自由だ。
ポップアップをクリックし、最新話のページに飛ぶ。
「あ――」
色取り取りのイラストが並び立つ。
追記された投稿者メッセージが目に入る。
『今回の挿絵は贅沢にも6枚あります! 感動という言葉だけでは言い表せません。皆様も僕が尊敬する絵師様の神業に惚れてください』
6枚とも……使ってくれた。
全く。なーにが神業に惚れてください、だよ。
「惚れているのはこっちだっつーの」
この男はあふれ出した気持ちを留めることすら許してくれないのか。
こうなったら我慢比べだよキュウちゃん!
小説対決に私が勝利して告白できれば私の勝ち。
溢れた気持ちが止まらなくなり、対決待たずに先走って告白させたらキュウちゃんの勝ち!
「うぅ、勝てる気がしないよぉ~」
見えないところでの戦いは始まったばかりなのであった。




