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第19話 文化祭はフィクションならば面白い

「そういえば雨宮さんの作品が見当たらないけど」


「あっ、私は別のクラスですので」


「なるほどなるほど。別クラス……小説友達……ふふーん。そういうことだったのかぁ」


「??」


「ごめんごめん、なんでもないよ。いやー、雨宮さん愛されてるねー」


「????」


 雫が意味深なニヤケ顔を僕に向けてくる。

 僕は気づかないふりをして会話に割って入った。


「さて、んじゃ、文化祭回ろうか。どこのクラスから回っていく?」


 といってもどのクラスがなんの催し物を出しているのかわからないので適当にブラブラ回るしかないのだけれど。


「あっ、その前にやらなきゃいけないことがあるの。キュウちゃん、数分だけ付き合って」


「ん? 僕も?」


「うん。というわけで雨宮さん、瑠璃川さん、またあとでね。キュウちゃん、雫ちゃんミッションで必要な道具は集めてくれた?」


「うん。一応全部持ってきてあるけど……」


「じゃあそれ持ってきて。仕上げちゃうよ~」


「仕上げる??」


 雫の言っていることが良くわからないが、僕は言われた通り雫に用意してほしいと言われたものを引っ掴み駆けつける。


「出来たら人目に付きづらいところに連れてって欲しいかな。いい所ない?」


「あー、心当たりはあるかな」


「じゃ、そこに行こ♪」


 雫が僕の左手を力強く引っ掴む。

 そのまま引きずられるように僕らは教室を後にした。




    ****




「行っちゃったわね。まるで嵐のような子ね」


「…………」


「花恋ちゃん。呆けてる場合じゃないわよ。確かにあの子は強敵だけど、花恋ちゃんに勝ち目がないわけじゃないわ」


「…………」


「花恋ちゃん?」


「……あっ、ごめんなさい! そ、その、雪野さんと水河さんを見てたら……なんか……」


「なんか?」


「理想的なキャラクター同士の掛け合いだなぁって」


「キャラクター? えっと、小説の話?」


「私。ノンフィクション小説に挑戦したいんです」


「それはまた、作風変えてきたわね」


「ノンフィクションの『恋愛』小説を書きたいんです」


「…………」


「あの二人、主人公とヒロインのモデルにしちゃおうかな」


「駄目よ」


「……えっ?」


「私から言えるのはそれだけ。あの二人を主人公にした小説を花恋ちゃんが書いちゃだめ」


「は、はぁ……駄目ですか」


「ええ。だめ」


「駄目なら仕方ない……ですね」


「花恋ちゃん、その小説定期的に私に見せてくれる?」


「えっ、で、でも……」


「ひょっとしたら最初に見せたい相手が居るのかしら? でもその人に見せる前に私に査定させてほしいの」


「さ、査定って。瑠璃川さん編集さんみたいですね」


「ええ。そのノンフィクション恋愛小説に関しては私が担当編集よ。私が納得しない限りは誰にも見せないわ」


「お、お手柔らかにお願いします」


「任せといて」




    ****




 雫の用事を終え、僕、雫は雨宮さん、瑠璃川さんと再び合流し、校舎内を適当に回ることにした。


「雪野さん、雪野さん、1―Dがメイドカフェやっているようですよ! 行きましょう! すぐに行きましょう!」


「い、いいけど。雨宮さんメイドカフェ好きなの?」


 瑠璃川さんの冗談でメイドカフェの話題が出たときは自分はメイド服を着ることを断固拒否していたのに。


「学園物の作品では定番のメイドカフェ。でも実際にそんなのやっているクラス稀じゃないですか! これは取材の為に行くしかありません! 絶対小説のネタになります! さ、行きますよ! 作者取材です!」


「それ休載するための常套句だから……って、わわ、引っ張らないで! 行くから! ちゃんと行くから! あと廊下で手を繋ぐの恥ずかしい」


「雨宮さん急に元気になったね」


「そう見えるかもしれないけど、焦っているのよ花恋ちゃん」


「焦り?」


「いいえ、なんでもないわ。それより水河さん。私、貴方に聞きたいことがあったのよ」


 瑠璃川さんは真剣な面持ちで雫に向きなおす。

 ただならぬ迫力を感じ取ったのか、雫は目を見開きながら一歩左足を後進させていた。


「『大恋愛は忘れた頃にやってくる』。あの作品のイラストレーターが貴方というのは本当なの?」


「う、うん。本当だけど」


「――握手してください!」


「うぇぇ!?」


 了承を得る前に瑠璃川さんは雫の両手を包み込んでいた。


「貴方のイラスト。特にあの表紙を見た瞬間から一目ぼれしていたの。いつか私もあんな風に人を引き付ける絵を描いてみたい。今までなんとなく絵と文章を書いていた私に目標を与えてくれたのが『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の表紙だった」


「い、言いすぎだよぉ。イラストを誉めてくれるのは嬉しいけど、人の目標になるような大それたものじゃないって」


「あまりに見惚れすぎて本屋さんで3時間立ち呆けていたわ」


「さすがに嘘だよね!?」


「ちょっと盛ったわ。実際は2時間50分くらいよ」


「誤差の範囲内!」


「それだけ貴方の絵にはインパクトがあったのよ」


「あ、ありがとう。褒めてくれることは本当に嬉しいよ」


 雫のイラストは正直プロ顔負けである。瑠璃川さんが呆けてしまったのは頷ける。

 『大恋愛は忘れた頃にやってくる』。その人気はイラスト8:シナリオ2で売れたのだと僕は思っている。


「ねぇ。初対面で図々しいかもしれないけど……雫ちゃんって呼んでいい?」


「もちろんだよ! えへへ。同年代の子に名前で呼ばれたのキュウちゃん以外で初めてだ」


「あら。意外ね。雫ちゃんみたいな明るい性格だったらきっと人気者だったでしょう」


「全然そんなことないよ。むしろ一人で居ることが多いんだよ。なんていうか……私、ちょっと学校に行けてなかった時期があってさ。復学した頃には皆はグループ作り上げているし、そこに混ざっていく勇気なかったんだよね」


「……色々と複雑な事情がありそうね」


「ま……ね。たぶん私キュウちゃん以上にぼっち時代は長いと思う。でもその時間を使ってずーっとお絵描きしていたから結構上達したと自分でも思っているよ」


「普通にプロ級よ貴方。ていうか出版作があるのだからプロか。イラストの技術は全て独学で?」


「うん。本読んだりネット記事参考にしたり努力努力の日々でござんした。でも最近は独学じゃ限界感じちゃっててさ。高校卒業したら専門学校で絵を学んでみようと思っているんだ」


「専門学校……そうよね。その道で食べていくのだったら行くべきよね……ふむ」


「瑠璃川さんも興味ある? キュウちゃんも誘っているんだけど『ノヴァアカデミー』お勧めだよ」


「ありがとう。ちょっと私も真剣に考えてみるわ」


 以降、瑠璃川さんは思考に耽るように黙ってしまい、後方の二人は無言で僕らの後をついてくる。

 こっそり聞き耳を立てていたけど、衝撃の事実が二つ。

まず、雫がぼっちであったこと。

 雫が学校に行けていなかった事実があったなんて知らなかった。

 以前雫は成績優等生であることを自慢していたので、勝手に順風満帆な学園生活を送っていたのだろうなと、浅はかな考えを持っていた。

 どういう理由で不登校になっていたのか、親友とはいえそれを聞いて良いものなのか、様々な思考が渦巻いている。

 それに雫が不登校だった時期がもし『あの事件』と同一の時期だったとしたら……

 彼女自身が大変な状況下であったにも関わらず、僕を励まし続けてくれたことになる。

 そう考えると『自分だけが不幸者』と思い込んでいた過去の自分を殺したくなった。


次に、雫のイラスト技術が独学だったってことにも驚いた。

 独学であんなに上手くなるものだろうか。

 僕には想像もつかないほど努力した末に身に付いた技術なのだろう。

 雫に比べて僕はどうだ。

 たぶんクリエイト能力はこの中で一番下だろう。

 雨宮さんと雫が飛びぬけており、その下に瑠璃川さん、更にその下に僕。

 文章力だけでみたら僕は瑠璃川さんより上かもしれないが、彼女には『イラスト』という大きな武器がある。二刀流はいつの世も強いのだ。


「(置いて行かれたくないな)」


 ここにいるメンバー達と対等で居たい。

 そんなことを考えながら僕も瑠璃川さんと同じように自身の進路について思考する。


「雪野さん。学園物小説では食べ物屋さんがズラリ並んでいるイメージなのですが、実際はそれほど飲食系の催し物って少ないんですね」


 ついつい暗いことを考えていた僕を現実に引き戻したのは、雨宮さんのほんわかとした文化祭感想の言葉だった。


「今って飲食系は中々認めてもらえないらしいよ。保健所の衛生監査とか通さないといけないみたい」


つまりメイド喫茶を認めてみらえた1-Dは物凄い苦難を乗り越えたということだ。

 そう考えるとかなり楽しみになってきた。


「そうなのですね。ところで着ぐるみを着ている生徒とかプラカード持って校内を回っている人とか全然いませんね? なんででしょう?」


「雨宮さん、小説の見過ぎだよ。実際は着ぐるみなんて借りられないし、プラカード宣伝するほど熱量もってやっている人なんてそうはいないと思う。ついでに言うと超ハイクオリティのお化け屋敷もないだろうし、男女逆転ロミオとジュリエットの演劇もやってないし、後夜祭のキャンプファイヤーも普通に危ないからやらないよ」


「ええええええっ!? 文化祭の代名詞全つぶれじゃないですか! ノンフィクションの文化祭つまらなすぎません!?」


「雨宮さん、文化祭に夢を持っちゃだめだよ。実際の文化祭っていうのはね図書室に引きこもったり、人手の少ないところで一生ぼーっとして過ごすものなんだ」


「た、確かに! 過去の文化祭の記憶と言えば補習室で永遠と勉強しながら『文化祭早く終われ!』『終われ!』と神に願うだけのイベントでした! うぅ、私の小説では文化祭イベントは全カットするしかないのでしょうか」


「ノンフィクション恋愛小説ならそうせざるを得ないね。フィクションなら文化祭は面白い、ノンフィクションなら文化祭はクソ! 結論が出たね」


「うぅ。私の小説が駄作になっていく……雪野さんどうにかなりませんか?」


「そう言われてもなぁ。僕自身過去2年間の文化祭は灰色だったから、残念ながら参考意見は出してあげられないよ」


「過去2回が灰色でもまだ最後のチャンスがあります! 私の小説を面白くするために今日楽しませてください! お願いします!」


 確かにぼっちで過ごすしかなかった過去2年間の文化祭時と今とではまるで状況は違う。現に僕は図書室引きこもりを行っていない。

 友達と過ごす文化祭。恐らく一生に一度のラストチャンスだ。

 雨宮さんの言う通り、過去に囚われすぎずこの最後のチャンスを楽しんでみよう。


「う、うん。分かったよ! やってみる!」


 雨宮さんのノンフィクション小説が面白くなるか否かは今日にかかっている。

 桜宮恋の作品を駄作にしないためにも今日を目いっぱい楽しもう。


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