第126話 ユキ先生が ウラオモテメッセージ を投稿しました
『ユキ 先生が ウラオモテメッセージ 最新103話 を投稿しました』
自室に帰った氷上与一は震える手でPCを立ち上げ、小説家だろぉのユーザーブックマークページを開く。
ある。
前話から2年以上間が空いた今日、未読の最新話が投稿されている。
投稿してくれた。
心の底から湧き出る感情が涙となって流れていた。
その感情は歓喜。
再び前を向いてくれたユキ先生。
氷上与一はウラオモテメッセージを見る時、決めていることがある。
それは必ずPCで閲覧すること。
スマホではたまに不自然な箇所で段落が施されてしまうことがある。
氷上与一はそれが許せなかった。
憧れの先生の文章ならそれはなおさらだ。
氷上与一は椅子の上で正座をし、この世で最も大好きだったお話の最新話を拝読した。
流れていた涙の量は気づけば小さな水たまりを作っていた。
◆
『ユキ 先生が ウラオモテメッセージ 最新104話 を投稿しました』
停滞してしまっていた名作が2日連続で更新が行われている。
そのメッセージに瑠璃川楓は驚愕しながらも小さく微笑んでいた。
「貴方の考えは手に取るようにわかるわよ」
彼とは高校時代からの交友だった。
しかも高校3年の半ばという高校時代の終わり頃に仲良くなれた人。
付き合いは浅い。
それでも瑠璃川楓は雪野弓に対して多大な信頼感を抱いていた。
理由は簡単。
この人は自分に似ていると思ったから。
思考が似ていた。
好きな物も、目指すべき道も、友人を大切に思う心も。
自分がこうしようと思った時、同じ志をもった彼が必ず隣にいた。
思考が似ているからこそ彼の考えていることもわかる。
瑠璃川楓は昔から抜群なリーダーシップを持っており、常に皆を先導する存在として親しまれてきた。
でも内心でそれを嫌に思うこともあった。
自分に付いてきてくれるのは嬉しい。自分を信頼してくれているのがわかるから。
でも、距離があった。
憧れの存在にはなれても友人にはなれない。
尊敬する先輩を見ているような視線を同級生から向けられることもあった。
でも雪野弓は、自分で考え、自分で動き、そして自分を曲げない。
それは瑠璃川楓のリーダーシップと同質の物。
そんな彼だからこそ瑠璃川楓と肩を並べて……いや、前を歩むことができていた。
だからこそわかる。
彼が今、誰の為に書いて、誰の為にウラオモテメッセ―ジを復活させたのか。
「これはあの子も勇気づけられるでしょうね。さすがだわ。雪野君」
◆
『ユキ 先生が ウラオモテメッセージ 最新105話 を投稿しました』
雪野弓の連続投稿は3日連続で行われていた。
——ウラオモテメッセージ。
和泉鶴彦はユキ作品は異世ペンから入った。
心の支えだった異世ペンという作品は鶴彦の心のバイブルになっていた。
この作品を超える小説はもう今後お目にかかることはないのだろうなとすら思うほどの心酔っぷりだった。
その考えを一瞬で払拭させてくれたのがこのウラオモテメッセ―ジという作品だった。
読書家は2パターンに分かれるという。
一冊読んだら次の作品を求めて探す多種読書派と同じ本を繰り返し読む少種読書派だ。
異世ペンという作品は和泉鶴彦や瑠璃川楓といった後者パターンの読書家に刺さる作品なのだ。
だから人にオススメはすることは難しかった。
でもウラオモテメッセ―ジという作品は多種読書家にも少種読書家にもどちらにも刺さる大衆作品のお手本のような作品だった。
誰が読んでもおもしろい、そんな作品が存在しうることを知れたのはウラオモテメッセージに出会うことが出来たからだ。
この作品は多くの人に見てもらうべき名作だ。
だからウラオモテメッセ―ジと作品が戦う舞台はweb小説大人気サイト『小説家だろぉ』こそがふさわしい。
戦う——
「——そうか。だから雪野君はウラオモテメッセ―ジを更新し続けているのか」
小説家だろぉのランキングには今も宿敵の作品がランクインされている。
対してユキ先生のウラオモテメッセ―ジは更新が止まっていた故にほぼ最下位からのスタート。
でも連日更新の効果や元々のファンの支えによって、ウラオモテメッセ―ジはぐんぐんとランキング順位を上げてきている。
この勢いなら——届くのかもしれない。
「雪野君は小説家だろぉで池照男の作品と戦おうとしているんだな」
和泉鶴彦は仲間達と共にスターノヴァの舞台で池照男を蹴落とそうとしている。
そして雪野弓は小説家だろぉの舞台で同じことをやろうとしているのだ。
更新され続けているウラオモテメッセ―ジを見て改めて思う。
自分はとんでもないやつと同世代に生まれてしまったのだなと。
◆
『ユキ 先生が ウラオモテメッセージ 最新106話 を投稿しました』
ウラオモテメッセ―ジの4日連続投稿。
しばらくは毎日更新が止まらないのだろうなと雨宮花恋は確信している。
繋がっているベランダからチラリと覗き込むように雪野弓の様子を見守る。
雪野弓はダイニングテーブルで執筆を行っている。
椅子に座りながらの方が執筆が励むからと以前本人が言っていた。
「(……すごいなぁ)」
雨宮花恋——否、桜宮恋は純文学小説界で頂点に立ったことのある存在。
桜宮恋の輝かしい実績からすれば雪野弓など遥か下に居るべき存在のはず。
しかし、雨宮花恋は雪野弓を『下』に見たことなどただ一度もない。
むしろ自分よりはるか上に居る存在。自分が目指すべき指標。そんなふうにすら思っていた。
現に、雪野弓が更新し続けているウラオモテメッセ―ジという作品はどう自分が足掻いても届かない面白さであると自覚してしまった。
自分の目標となる人がすぐ近くにいる。その嬉しさを感じながらも雨宮花恋はどこか寂しさを憶えてしまっていた。
このままではどんどん突き放されてしまう。
手の届かない場所へ一人で行かないでほしい。
「(私を——貴方の傍に居させてほしい……)」
ダイニングで執筆している雪野弓を見ながら桜宮恋は一滴の涙をこぼす。
同じ目線で、同じ実力で、同じ高みで、彼と笑い合いたい。
処女作『才の里』は確かに大成功した。
でもそれだけ。
大衆向け作品『転生未遂から始まる恋色開花』の執筆は難航している。
4月、5月にスターノヴァで投稿した短編2作はランキング圏外だ。
つまりは才の里だけの一発屋。
過去の栄光でしか自分を語れない底の浅い小説家。
対して雪野弓は『大恋愛は忘れた頃にやってくる』、『異世ペン』、『クリエイト彼女』、『絶望リクリエ』、それに『7000文字小説』や現在彼が執筆をしている『ウラオモテメッセージ』と、何作も面白い作品を生み出し続けている。
自分との実力差など明白だった。
それに彼が何のためにウラオモテメッセ―ジの執筆を再開したのかを雨宮花恋は知っている。
それは小説家だろぉランキングに君臨している池照男を超えて精神的ダメージを与える為。
そして彼が誰のためにウラオモテメッセージの執筆を再開したのかを雨宮花恋は知っている。
それは——この物語を最も好きでいてくれるたった一人の女の子の為。
雨宮花恋は分かっていた。
雪野弓の気持ちは自分ではない人の方へ傾き始めていることを。
恋で——水河雫に遅れを取っていることを。
敗者。
何もない自分。
「(……嫌……)」
このままでは取り返しのつかないことになる。
小説でも、恋でも、自分は無価値の存在となってしまう。
「(……そんなのは……嫌です!)」
小説で雪野弓に勝つために。
恋で水河雫に勝つために。
雨宮花恋は何かを変える必要があるのだと自覚した。
「(その第一歩として……)」
己のやるべきことをまず全うする。
即ち——スターノヴァで池照男の上をいくことだ。
「(…………)」
スターノヴァで池照男に対抗する手段として、雨宮花恋の手元には『2作』の自作小説が存在する。
どちらで勝負すべきなのか……
自分の中で答えは出ているのだか一応他者の考えも聞いてみたいと思い、雨宮花恋は友人に電話を掛けた。
「……夜分遅くに申し訳ございません。ちょっと瑠璃川さんに相談したいことがございまして……」