第124話 格の違い
【main view 水河雫】
過去のことを皆に話したことで私は前に進めたと思っていた。
いじめ、痴態、不登校。それらのことは今でも思い出すと吐きそうになる。
でもキュウちゃんと出会ってから……生まれて初めて友達が出来てから……親友が出来てから……好きな人が出来てから……私は変われたと思っていたんだ。
でも、全然変わってなどいなかった。
池さんに再び痴態をさらされて逃げ帰った自分。これでは高校時代と同じだ。
脅されても、叩かれても、私はもう折れないつもりだった。
でも高校時代に私が池さんに渡したラブレター。
アレだけは駄目。
キュウちゃんの目の前でアレを読まれることだけは耐えられない。
過去に『キュウちゃん以外の人の作品に絵を描こうとした事実』を突きつけられるのだけは耐えがたかった。
あんな人を過去に好きになりかけていた自分への嫌悪に耐えられなかった。
「しずく! 大丈夫!? しずく!」
聞き覚えのある声。
キュウちゃんだ。
キュウちゃんが私を追いかけてきてくれたんだ。
学生食堂の一番隅っこの席で蹲っていた私をキュウちゃんが心配そうに見てくれている。
安心感と自分への情けなさで再び瞳に涙が浮かぶ。
私は人目憚らず彼に抱き着いた。
「ぅ……ふぐ……ふぇ……!」
自分の涙で彼の上着を濡らす。
彼も黙って私の背中に両手を回してくれて抱き返してくれる。
「私……駄目だった。キュウちゃんの為に勝負を受けて、池さんをやっつける気だったのに全然だめだった! ごめん。こんなに弱くてごめんね……!」
池さんが怖い。
あんな酷いことを平気でするあの人が怖い。
勝負に負けた時、裸になるのが怖い。
裸にされた後、何をされるのか、考えただけでも身の毛が逆立つ。
彼は抱きしめたまま私に優しい言葉を——
掛けてくれてはくれなかった――
「……雫は何を恐れているの?」
「えっ?」
「池が雫を上回っている所なんて何一つないのに、どうして雫は勝負に怯えているの?」
「そ、そんなこと……ない……」
私には大した実績はない。
唯一私が出した結果があるとすれば『大恋愛は忘れた頃にやってくる』のイラストレーターを担ったことがある事実くらい。
それだけで小説家だろぉでランキング入りしている池さんに勝っているとは言えるのだろうか。
「池の暴挙なんて無視すればいい。アイツが何を言ってきても気にしなければいい。だって——クリエイター水河雫は格が違う。下々に位置する池が何を言ってきても鼻で笑っていいんだ」
「そ、そんな……こと……」
「格の違いを見せつけてやれ雫。池が二度と立ち直れなくなるくらい圧勝してやれ」
彼は強い言葉で私を励ましてくれる。
水河雫のイラストの力を信じろと水河雫に鼓舞してくれる。
でも、それでも、私には自信がない。
つい、『もしも負けてしまったら』という考えが過ってしまう。
「——わかった」
「えっ?」
「先に僕が池に格の違いを見せつけてくる」
彼はそんなことを言ってきた。
どういうことかわからず、私は彼の胸の中でクエスチョンマークを浮かべていた。
彼はゆっくりと私を引き離し、クルッと来た道を引き返していく。
立ち去ってしまう直前、キュウちゃんはとびっきりの笑顔で言葉を残していった。
「それが出来たら次は雫の番だ。僕に続いてアイツに圧倒するイラストを描くんだよ」