第123話 醜悪
放課後。
ノベル科の教室にて和泉君達も含めたいつものメンバー集まってくれた。
講義室の隅っこに固まって僕達は作戦会議を行う。
「花恋さん。雫。どうして池に勝負なんて仕掛けたの? 二人にとってはデメリットしかないことなのに……」
花恋さんはこれ以上池が僕に絡んでこないよう立ち向かってくれた。
でもそれは僕に対するメリットであって、花恋さんは本来なんの関係もない。
むしろ負けた時のリスクを考えると勝負なんて行わない方が良いに決まっている。
「弓くん。それに水河さん。二人は私の大切な人です。その大切な人を傷つけたあの人を……私はどうしても許せなかった」
「花恋さん。でも——」
でも負けたら花恋さんはあんな奴に……
「私があの人の彼女になってしまったら悲しいですか?」
「悲しいに決まっているよ! いくらイケメンでもアイツは駄目だ! 付き合ったら絶対に後悔する」
「やった。弓くんが独占欲を見せてくれました。心配しなくてもあんな人こちらこそごめんです。死んでも嫌です」
「か、花恋さん」
「つまり負け=死。私は『全力』であの人を打ちのめします。だから、信じてください」
「……わかったよ」
花恋さんの実力は本物だ。
それを今さら疑ったりしない。
だけど、ノヴァアカデミーに入学してからの彼女の成績は事実良い物ではない。
何かを試している感じだけど、その試みが上手くいっているのか僕にはわからない。
でも彼女は信じろといった。
ならば僕に出来ることは不安な顔をせず、彼女を信じ抜くこと。そう思うことにした。
「雫の方はどうして勝負を仕掛けたりしたの? 負けた時、キミは、ぜ、全裸に——」
「勝つ自信があるからだよ。絶対に負けない。100%負けないから」
雫も花恋さんと同じように強い言葉で返答してくれた。
雫の腕は僕が一番知っている。現に5月のスターノヴァでは雫が圧倒して勝っていた。
客観的にみても雫の価値は揺るぎない。
でもクリエイト勝負に100%はないと僕は考えている。
「仮に負けちゃったときは潔く脱ぐよ」
「どうして……!?」
「雨宮さんと理由は同じ。キミを馬鹿にしたあの人を許せないと思ったから。だから圧勝してアイツの方を全裸にさせてくるよ」
「雫……」
「雫ちゃん安心して。もし仮に、有り得ないと思うけど万が一負けてしまったその時、貴方を脱がせたりなんかさせない。アイツに指一本触れさせたりしない。なんなら私が大暴れして裸の件なんてうやむやにさせてみせるから」
「瑠璃川さん、僕もその件に乗るよ。一緒に大暴れしてやろう。例えそれで退学になったって、警察に捕まったってかまわない。雫をそれで守れるならその方が断然いい」
以心伝心。
今回も瑠璃川さんが僕と同じことを考えてくれていて嬉しかった。
僕らしくない方法だってことはわかっている。また黒竜に怒られてしまうかもしれないことだってことも。
でもゲームセンターの時と違うのは雫が負けるわけがないという信頼があるということ。
雫は困ったように笑いながら『こりゃあ絶対に負けるわけにはいかないなぁ』とつぶやいていた。
「雪野君聞かせてくれ」
今まで黙っていた和泉君が入ってくる。
鈴菜さん、ナズナさん、淀川さんも心配そうに僕らを見つめてきていた。
「忖度抜きにして、客観的に二人が池くんに勝てる可能性はどれくらいあると考えている?」
「そうだね……」
正直池の実力が見えないのが不気味だ。
2カ月連続でランキング入りしているのも伊達じゃない。
だけど、それでも僕は思う。
この二人が圧倒していると。
「花恋さんは——70%くらいの確率で勝つと思っている。本来の実力を発揮すれば負けるはずはないんだ。この場に居る誰にも負けないポテンシャルが彼女にはある」
「むぅ。それでも70%なんですね」
「現に2ヶ月連続で負けているからね。でも次は本気でやるんでしょ?」
「当然です!」
「なら勝率は2割増しって感じかな。それで雫の勝率は——」
「——せいぜい5%ってところじゃねーか?」
不意に憎らしい声が僕らの会話に割り込んでくる。
この嫌みったらしい言い回し。顔を見るまでもない。
「お前が勝てる確率が5%ってこと? じゃあ勝負なんてするまえに投了したらどう? 池」
「俺じゃねえ! その芋女が勝つ確率が5%って言ってんだよ」
どうしてこいつはこんなに自信満々なのだろうか。
雫のイラストの腕を知らないのか?
「あなた程度が水河様に勝てるわけないじゃないですか」
ずいっと割り込んできたのは淀川さん。
「あなた……『程度』だと? この俺がこんな芋女に負ける要素がどこにある?」
その言葉に今度はナズナさんが割り込んでくる。
「普通に負けてるじゃないの。5月のスターノヴァで。はいこれ順位表。5位の所と10位の所見なさい。どっちが勝ってる? ねえどっちが勝ってるって聞いてんの。言ってみなさい」
凄い圧だナズナさん。
そして頼もしい。
池は表情を歪めながら負けじと言い返してきた。
「は、はん! 水河雫、お前もどうせ盗作なんだろう!? ネットに転がっていたそこらの画像を拾ってスターノヴァに応募したんだ。そんなんでランキング入りして嬉しいか? 芋女。あ!? なんとか言ってみろよオイ!!」
池は淀川さんとナズナさんを押しのけて雫に顔を近づけて目いっぱい脅してくる。
氷上与一がこの場に居ないのを良いことに好き勝手言ってくる。
僕と瑠璃川さんが二人の間に入り混むが、片手で跳ね除けされてしまった。
自分の非力さを呪う。
「わ、私、盗作なんて、し、していない、よ! もちろん、キュウちゃんだって、し、していない!」
明らかに怖がっているのに、雫は精一杯池に反論していた。
今の高校時代とは違う。彼女の目が力強くそう訴えかけている。
「はん。ビビり散らしながら何吠えてんだか。今も俺が怖くてしかたねーんだろ? にげだしてーんだろ? いいぜ逃げても。勝負からも降りろよ芋女。俺が興味あるのは桜宮恋だけ。最初からお前との勝負なんてどうでもよかったんだ」
「……ぐっ」
「俺様は優しいからな。勝負する前に降りる権利をやるっていってんだ。全裸は嫌だろ? まっ、だれもお前の裸なんて興味はねーだろうけどな!」
殴りたくて仕方がない。
でもそうしない。
その行為は戦いの舞台に上がってくれた二人の覚悟を踏みにじる行為になってしまうから。
「……裸になるのは確かに嫌だよ。嫌に決まっている。好きな人にならともかく貴方なんかに裸に見せるなんて死んでも嫌だ」
「じゃあ降りろ」
「降りない! 私は戦う! そして勝つんだ! あの時の私とは違うってことを——」
「あー、まーた盗作して勝つのか? 盗作魔が勝負に参加することが白けるっていってんの。お前の決意とかどうでもいいんだわ。お前に勝負の舞台に立つ資格がねーっていってんの」
「だから盗作なんてしていない!」
「証拠は?」
「しょ、証拠?」
「そうだ。証拠だ。お前が盗作していないって証拠を見せてくれたら勝負の応じてやんよ。でもそんなことできねーだろ? なら降りろ」
「そ、そんな……!」
やたら雫を勝負の舞台から下ろしたがっている池。
なるほど。
ようやくわかった。
雫が池のことを怖がっているように、池も雫のことを怖がっているんだ。
花恋さんには2ヶ月連続でスターノヴァで勝っている。でも雫には直近で1敗している。
だから脅して雫を勝負の舞台から下ろそうとしているのだ。
悔しそうに唇を噛む雫。
勝負すると決意したのに、その根本から崩させていく。
負けないのに。
クリエイト勝負ならば雫は負けたりしないのに。
悔しさで表情を歪めている僕らに池はニヤリと口角を上げる。
「認めろよ。自分は盗作してましたって。自分は下手くそな絵しか描けませんでしたって。大体おかしいと思っていたんだ。おい! みんな! 傑作を見せてやる! この芋女が高校時代に描いていたへったくそな絵をよ!」
池はカバンの中から10枚近くのイラストを乱暴に取り出した。
それを1枚ずつホワイトボードに張り付けていく。
「ぶはははは! ウケるよな!? こーんな下手くそが同学年にいるんだぜ!? ぶは! 羞恥やば! おいいいのかよお前ら!? こんな下手くそなやつがランキング入りしていいと思うか!? こんな下手くそなやつがランキング入り出来るって信じられるか!? 可能性としては盗作くらいしかねーんだよ!」
池はホワイトボードをバンバン叩きながら狂ったように大声を張り上げる。
「ひ、ひどい。ひどいよ。あの頃の絵を持ち出してくるなんて……」
「お前がさっさと勝負からおりねーからだよ。まだまだあるぞ。お前が過去に俺に送ったラブレターとかな」
「……!?」
「よみあげまーす! 池照男様へ。突然のお手紙申し訳ございません。同じクラスの水河雫です。今まで話したこともなかったのに困惑させてしまったでしょうか。どうしても伝えたいことがありまして、手紙をお渡しさせて頂きました~~」
「やめて!!!!」
悲痛な叫びを挙げて、雫は池から手紙を取り上げようとする。
しかし、身長差のせいで手紙を奪い取ることは出来ずにいた。
代わりにホワイトボードに張り出された10枚のイラストを全て回収し、雫はその場から走り去ってしまう。
「雫!!」
僕は慌てて彼女を追いかける。
池とすれ違う時、最大級の殺意を込めて睨みつけてやった。
【main view 和泉鶴彦】
走り去っていった水河さんを雪野君が必死に追いかけていく。
「ぶひゃはははは。やーっぱり変わってなかったな水河雫。あの程度で逃げ出すなんて所詮俺の敵じゃなかったみたいだな」
ひでえ。
ここまで人に嫌悪感を抱いたのは初めてだった。
その気持ちは皆も同じらしく、藍里も春海姉も鈴菜も表情を歪ませながら池君を睨んでいた。
その中でも特に怒りをあらわにしていたのは瑠璃川さんだった。
震える拳を必死で抑えている。
目の前の男をぶん殴りたくて仕方ないのだろう。
だけど必死で耐えている。
ガタッ。
その中で最初に動いたのは鈴菜だった。
きっと池に制裁を加えるつもりなのだろう。
だめだ。
一番悔しいはずの瑠璃川さんが耐えているのに、他の人が制裁を加えるのは駄目だ。
俺は鈴菜の肩に手を置いて引き寄せた。
「……アイツを殺してくるだけだよ? 放して」
「暴力は駄目だ」
「……そう……ですわ……暴力は駄目よ。鈴菜さん」
「…………」
「鈴菜。アンタの気持ちは私もわかる。腸が煮えくりかえりそうなくらい怒っているのは私も同じ」
「…………」
藍里と春海姉に説得されて、鈴菜の震えが少し収まった。
でも怒りが消えたわけではない。
俺に——俺達に何かできることはないのか?
そんな風に考えていると、雨宮さんが無言で立ち上がり、ずんずんと池の前に歩み寄っていく。
「あ? どうしたんだ桜宮恋。まさかお前は勝負を降りたりしねーよなぁ?」
煽る池くんをスルーして雨宮さんは彼の横を通り過ぎた。
出ていく間際、この言葉だけを残して。
「貴方だけには絶対に負けませんから」
「はんっ! やってみろランキング選外の天才さん? 言っておくが俺はこの場にいる無能集団とは違うぞ? ランキングこそが全て! ランキング選外の雑魚共に思い知らせてやるよ。俺様の偉大さをな」
ランキングランキングうるさいな。
それだけがすべてなわけないだろ。
こういう笠に着るやつ、心から軽蔑する。
「…………」
雨宮さんは何も言い返さず、無言でこの場を出ていった。
この場に残ったのは馬鹿笑いする池と若干名のノベル科生徒、そして怒りで涙を滲ませている瑠璃川さん。
「場所を移しましょ皆様。あの男と同じ部屋にいるってだけで吐き気がしますわ」
「賛成。このままだと無意識に殴りかかるかもしれないから」
「……ドールちゃんと水河さん、大丈夫かな」
「その二人は雪野君に任せよう。瑠璃川さん、歩けるか? 俺達と一緒にいこう」
「……ええ」
俺達はゆっくりと教室を後にする。
心の底から湧き上がる憎悪と仲間の為に何もできなかった悔しさを胸に抱きながら。